別れさせ屋のアイツは、愛が重い


 世の中には【別れさせ屋】という仕事があるらしい。もしかしたらアイツは、竹下 直斗専用の別れさせ屋なのかもしれない。


 ゴールデンウィーク明けの登校日。朝、久しぶりに教室のドアを開けると1番見たくない顔が目の前に来た。というより俺を見下ろしている。
「……」
「…邪魔」
「…テメェが避けろよ」
「は?オメェが避けろって」
「あ?」
「直斗ー、阿比留ー、おっはよー!」
 廊下から和馬が元気よく挨拶をしてきた。朝とは思えない表情で睨み合う俺たちに驚くことはなく、普通に話しかけてくる。
「なに、お前らまたケンカ?ほんと仲良しだなぁ!」
「喧嘩するほど仲がいいって言うもんねぇ」
教室の中から乾も話に加わってくる。
「仲良くねーよ!!誰がこんな奴と…」


 俺を睨む男、阿比留 音緒との出会いは中3の時。当時、俺には付き合っているラブラブな彼女がいた。しかしある日、好きな人が出来たから別れほしいと振られてしまった。二股ではなく、あくまで片想いだと言い張る彼女に相手が誰なのか聞くと“阿比留くん”と珍しい名字を口にした。

 それからしばらくして、放課後に彼女が男と歩いているのを偶然見かけた。彼女の表情からして、その男が阿比留だとすぐに分かった。隣町の中学の制服を着ている阿比留は、正直同じ男から見てもカッコよくて、背もあるし、モテそうだなと思った。

 その後、数人の女子と付き合ったが、毎回好きな人ができたと振られてしまった。驚くことに、彼女たちの好きな人は全員、阿比留だった。

 阿比留との面識は無かったものの、ここまで彼女を奪われると腹が立ち、文句を言いに行ってやろうと隣町の中学校の門で寒い中待ち構えた。

 男子数人と校門前で別れ1人になった阿比留に声をかけた。
「…おい!」
俺の声に気付き、目が合った阿比留は、一瞬驚いた顔をしたように見えたが、真顔で言ってきた。
「…俺になんか用?」
不機嫌そうにただ突っ立ってるだけなのに、それすら無駄にカッコよくて余計ムカついた。
「俺になんか言うことねーのかよ」
「は?意味分かんねぇ。つーか、誰?」
「竹下 直斗だよっ。知らねーわけねぇだろうが」
「いや、知らねぇよ。校門で待ち伏せとか暇なヤンキーだな」
「…っ、オメェのことぜってぇ許さねーからな!」
咄嗟に出たくそダサい捨て台詞を叫び、その場から走り去った。


 心機一転迎えた高校の入学式。俺は驚愕した。
「……嘘だろ」
 貼り出されたクラス名簿に阿比留の名前があり、しかも同じクラスだった。
 教室内で顔を合わせた俺たちが、ばちばちと睨み合ったのは同級生の間では有名な話。


 そして、現在に至る。
「人の女横取りするような奴と話すだけで、吐き気がすんだよ」
「はぁ?いつ俺がテメェの女に手出したんだよ」
「あ?どうせオメェから声かけたんだろーが」
「何勘違いしてんだ。俺は誰とも付き合ってねーんだよ」
「嘘つけ。こっちは仲良く歩いてんの見てんだよ!」
「それは告られて断ったら、1回だけ遊びたいって言われたやつだから。男女が並んで歩いてるだけで、付き合ってると思うなんてテメェの脳みそお花畑だな」
「あ、何だって?もういっぺん言ってみろや」
「はいはい、そこまでー。ドアんとこで止まってたら邪魔になるからさ」
乾に宥められ、仕方なく言い合いをやめ、和馬たちと教室に入って行く。

 「つうかさ、同じグループなのにそんなに仲悪りぃのウケるよな!」
阿比留がトイレに行っている間、和馬が明るい口調で言ってくる。
「ほんとだよねぇ。相性悪いなら別の人といればいいのにー」
「…仕方ねぇだろ。お前らと一緒がいんだから」
 本来なら俺と阿比留は別のグループで過ごすべき関係だと分かってる。元々、俺は同中の武藤 和馬と仲が良く、その和馬と知り合いだった乾 洸平ともすぐに仲良くなった。そして、乾と同中で仲が良かったのが阿比留。つまり同中仲良し2人組が合わさり4人グループになったわけだ。

 「音緒は、中学の頃からモテてたけど誰とも付き合ってなかったよ?だから竹ちゃんの元カノと付き合った事実はないんだから許してあげてよー」
「二股かけられてたわけじゃねーし、1ヶ月一緒に居てみて、阿比留が悪りぃ奴じゃないって分かってんだろ?」
「…でもおかしくね?元カノのほとんどが阿比留を好きになるなんて。アイツがわざと俺の彼女に近づいたとしか思えねーんだよ」
 同じ中学ならまだしも、隣町の阿比留と接点持つ機会なんてそんなにねーだろうし。


 4時間目は中間テスト明けにある球技大会の種目決めをするため、10分休憩中に和馬たちと何に出るか相談していた。
 「女子にかっこいいとこ見せるチャンスだな!」
和馬はノリノリだ。
「目的そこかよ」
「たしかに行事の後は、カップル増えるよねー」
「直斗だってそろそろ彼女ほしいだろ?」
「…まぁな」
 あの捨て台詞以降受験に追われ、気づけばずっと彼女がいない。
 「阿比留はもっと告られて大変になるな!」
「んなことねーよ」
 阿比留は入学して以降、すでに上級生含む5人以上に告白されている。ま、全て断っているらしいけど。
「阿比留ほどじゃなくてもいいから、可愛い子に好きとか言われてぇー。つうか、隣のクラスの山根さん可愛くね?」
「あ、俺もそれ思った」
「竹ちゃん、カズくん、その話は後でいいから。何出るか決めた?4人で出るならサッカーかバレーかな?」
「待て待て。何で俺が阿比留とおんなじチームになんなきゃいけねーんだよ」
「あ?俺だってテメェと一緒に出たくねーよ。足手纏いになりそうだし」
「はぁ??」
「いやいや、2人とも同じクラスなんですけど。張り合う相手間違ってるからー」
「あはは!お前らほんと似たもの同士だな!」
「「似てねぇよ!!」」

 結局、コート内で近づかなくていいという理由で、4人でサッカーに出ることになった。



 2週間後、中間テスト前日を迎えた俺は、放課後の教室で絶望に満ち溢れていた。
「あぁー、今日だけ48時間になんねーかなー」
「おい、直斗。お前、倍になったところで勉強すんのかよ」
「……寝るな」
「だろ?もう潔く天に召されようぜ!」
「おう!赤点どんと来いだな!!」
「いや、2人とも何でもう諦めてるのー。初日は2教科だけだし、残りの2日間は土日挟むじゃん」
 俺と和馬のやりとりに乾は呆れていた。その横で阿比留はスマホをいじっている。
「出たよ、優等生。良いよなぁ、お前らの中学頭いいじゃん。元々の基礎が違うんだよ、ウチとは」
「仕方ないなぁ。1時間だけ勉強付き合ってあげるー」
「まじ!?乾、神ー!」
「持つべきは、頭が良くて優しいダチだな!」
「音緒はどうする?先帰る?」
「放課後までコイツと一緒にいるとか無理」
阿比留は俺を見ながら言い放つ。
「それはこっちのセリフだわ。さっさと帰れ帰れ」
「武藤、あんま渡辺に迷惑かけんなよ。じゃあ明日」
「任せろって!阿比留、お疲れ」
「音緒、また明日ねー」
「…。」
 彼女取られまくった俺が敵対視するのは分かるけど、そもそも何で阿比留まであんなに攻撃的なんだよ…。


 テスト最終日。最後の試験を終えた俺たちは、開放感でいっぱいになる。
 「だぁー…やっと終わったぁ…脳みそ使いすぎて死ぬ…」
「糖分…俺に糖分をくれぇ…」
「チョコあるけど食べる?」
「食う!!」

 乾から恵んでもらったチョコを和馬と頬張った。
「くぅーうめぇー!」
「あ、それもしかして新作のやつ?」
近くの席にいた女子の本田が話しかけてきた。
「新作かは分からないけど、美味しそうだなと思って」
「SNSで、沼る美味しさってバズってたのよ」
「へぇー、女子ってスイーツに詳しいよな。あ、スイーツ男子になったらモテんのかな!?」
「なるほど、甘党男子か!」
「いや、別に甘いもの好きだからモテるとかじゃないから。あくまでギャップ萌えになるかどうかだからね?」
「ギャップ萌え…?」
本田の言葉に俺と和馬は首を傾げる。
「例えばさ、阿比留みたいなクールな人がスイーツ好きだとギャップ萌えなの。阿比留、甘いもの好き?」
「…結構好き。パフェとかテンション上がる」
「はい、そのギャップ最高!…あ、言っとくけど竹がスイーツ好きでも何のギャップにもならないからね?」
「は!?何でだよっ!?」
「甘いの好きそうな顔してるもん」
「え、まじで?…おい、阿比留!バレンタイン勝負だからな!ギャップ萌えのオメェか甘顔の俺、どっちが多く貰えるか!」
「いや、直斗。さすがにその勝負は結果見えてっから!つうか、甘顔ってなんだよ」
「2月なんてまだまだ先じゃん。竹ちゃん、その時には今日の話忘れてるんじゃない?」
「いいんだよ。何か一つでもコイツに勝たねーと気が済まねぇ」
 悔しいけど、容姿も、背も、頭脳も、全て阿比留に負けてる。俺が勝てるのって何だ…?



 数日後の球技大会当日。一回戦が始まるサッカーコート横の応援スペースには、阿比留目当ての女子が大勢いた。
「あの子たちがみーんな俺のこと応援してるって思えば…うん、俺頑張れる!」
和馬はお得意のポジティブを発揮し、やる気満々になった。
「まぁ、音緒の応援=俺たちチームの応援ってことだしね」
「せっかく応援してくれてんのに、もっと愛想振りまけよ」
そう言って阿比留を見たが「どうでもいい」と相変わらず冷めた態度だ。

 試合が開始され、女子たちは阿比留の活躍に見惚れている。
…クソッ、何でアイツ運動神経まで良いんだよっ。欠点ねーのかよ…。

 試合の合間は、クラス奴らのバレーやバスケの応援に行った。

 その後順調に勝ち進み、俺たちは決勝に残ることができた。対戦相手は3年生のチーム。

 試合中盤、パスを受け取りゴールに向かっていると
…ドンッ!
 体格のいい先輩に体当たりされ、勢いよく地面に転がった。
「いってぇ…」
 立ち上がり、砂を払う俺の元へ和馬と渡辺が駆け寄ってきた。
「直斗、大丈夫か!?」
「あ、うん、ちょい擦りむいただけ」
「保健室行く?」
「いや、終わってから行くから大丈夫」
「だから足手纏いになるっつったんだよ…」
側に来た阿比留は冷たい口調で言う。
…こいつに優しさは無いのかよ。
「…あ?」
「痛ぇならベンチで休んでろ」
「は?休まねーよ」

 0対0のまま残り時間は3分に迫っていた。俺はボールを足で止め、誰にパスを出すか考える。
…つーか、阿比留のやつずっとあの先輩マークしてんな。
 俺を突き飛ばした先輩は、阿比留の守備によって身動きを取りづらそうにしている。
「和馬!あと頼んだ!!」
ゴール付近にいる和馬に向かってボールを蹴った。
「あいよっ!…っしゃ、決勝ゴール決めてみせるぜぇ!!」
 和馬の放った豪快なシュートは見事ゴールネットを揺らした。終了間際の劇的勝利に、阿比留目当ての女子たちも大歓声を上げる。
「よっしゃーーっ!」
「和馬ー!!お前、最高!抱いてくれぇー」
「カズくんすごい!!」
「まぁ、これが俺の実力ってやつよ。やべーな、明日からモテ期来ちゃうかもな」

 無事に球技大会は終わり閉会式の後、各教室へ戻って行く生徒たち。
「直斗、保健室行く?」
「おう、先戻っといて」
「りょーかい」

 保健室に寄った帰り、誰もいないはずの校舎裏から女子の声が聞こえた。
 こっそり覗くと体操服のままの阿比留と山根さんがいた。
「あの…入学式で見た時から阿比留くんのこと良いなって思ってて…良かったら私と付き合ってくれませんか?」
 …うわー、アイツまた告られてんじゃん。しかも、あの可愛い山根さんに。これが行事マジックか。え、阿比留のやつまた振る感じ?
「ごめん。付き合うとかそういうの無理」
「…そっか。呼び出してごめんね。じゃあ…」
山根さんは気まずそうに立ち去って行った。

 えぇー…迷うことなく振るじゃん。試しで付き合ってみるとかねーわけ?俺の歴代の元カノたちもこんなあっさり振られたのか…。
ヴー…ヴー…
ポケットにあるスマホのバイブが鳴った。
あ、やべっ…!

 阿比留が俺に気づき近づいてくる。
「なに、覗きが趣味なわけ?」
「んなわけねーだろ。…たまたま通りかかったんだよ」
「…。」
「つうか、何で振ったんだよ。山根さん可愛いし、良い子そうなのに」
「テメェに関係ねぇだろ」
「…関係ねーけど、せっかく勇気出して伝えたのにバッサリ振ることねぇじゃん」
「好きでもねーのに付き合えって?思わせ振りな態度で弄ぶほうがひでーだろうが」
「そうかもしれねぇけど…ちゃんと人のこと好きになったことない奴には、あの子の気持ちは一生分かんねぇよ!」
「…テメェいい加減にしろよっ…」
「…っ!」
頬を片手でぐっと掴まれ、キスをされた。

……は?

 「…好きになったことぐらいあんだよ…」
「……。」

え、今…何が起こった……?