16歳、先生になる―女子高生社長の挑戦―

「英里」
「……わあ!」
ドアに向かって歩いている私の目の前に、智花が突然にゅっと顔を出す。「部活に行ってるはず」と思い込んでいる私は、思わず声を上げて驚いてしまった。

「何……? 驚かさないでよね……てか、部活じゃないの?」
「……今日は行かない。帰るんでしょ? 帰ろうよ」
「あっ……休むんだ。じゃ、帰ろっか」

昇降口までの階段をゆっくりと下りながら、「告白したのは今朝だったなぁ」と急に思い出す。休み時間はずっとスマホで色々なサイトを見ていて、あっという間の1日だった。

「いやぁー……今朝、智花に思いを告白してさぁ……私はずっとご機嫌だったよ? 何ていうか……すっかりしたっていうか」
「……そう」
「うん! 今日は休み時間さ、ずっと色々検索しちゃって」
「ふぅん……」
「何よ……何か言いたげじゃん」

靴を履き替え、桜の散っている絨毯の上を歩いて行く。昇降口から校門までは、長く続く一本道。両脇では陸上部の人たちがストレッチを始めている。

「いや。私も興味あって」
「なるほどねぇ……って!? 何!? 何に!」
さらっと聞き流していた、その瞬間。私は耳を疑った。

「いや……今朝、英里が言ってた事」
「塾!? 私が『塾、良いな』って言ったヤツ!?」
「そう。てか……ちょっと声、大きい。うるさい」
「……ちょっとぉー……嬉しい事言ってくれるじゃないのー……智花ちゃんー!」
「そこまでじゃないよ……」
「いやいやぁ! やろうよ! ね! 2人でやろ?」
「……」
「何よ!」
「いや。何ができるのか……考えないとなって思ってね……」
「だねだね! 磯子駅のさ、カフェあるじゃん? 改札のトコ」
「あぁ……あるね」
「そこ行ってさ、作戦立てようよ!」
「まぁ、良いけど……」

学校から山手駅まで続く坂道を、こんなに笑顔で……晴れやかな気持ちで歩いたのは、入学してから初めてかも知れない。「きっと面白い事が始まる!」私の心は、今までに無いくらい、ときめいて……そしてどきどきしていた。

「いらっしゃいませ」という女性の声。そしてアイスコーヒーを手にしてガムシロップを選ぶ感覚。あまりにも狭い……地下へと下る階段。磯子駅のカフェは、全てが私をどきどきさせる。「窓の近くが良い」という智花に従って、私たちは一番奥の窓側の席に腰を下ろした。

「いやぁ……智花が同じ事を思ってくれていたとはねぇ……」
ストローをアイスコーヒーに差し込んで、氷と一緒にかき混ぜた。智花は白い湯気をゆらゆらと上らせているホットココアを口に持っていく。

「まぁ……楽しかった。というか……何だろうね」
「教えるの、新鮮で良かったよね? ね?」
「そうだね。やりがい……っていうのも変だけど……」
「やっぱり? 智花もそう感じた? ……だよねぇー……不思議な感覚だったよねぇ」
「……」
「……? どうしたの」
急に智花がしゃべるのを止めて、じっとココアに視線を落としている。私は「何かまずい事でも言ったかな……」とさっきの会話を振り替えったけれど、思い当たる所が無い。

「……私さ」
「あっ……うん」
静かに智花が話始めた。私はごくりと唾を飲んで……智花の言葉を待った。

「部活……辞めようと思ってんだよね。この前も言ったけど」
「えっ……? 決めたの?」
「そう。ちょっと厳しいかなって」
「この前、言ってたもんね……」

うちの高校の吹奏楽部は強い。県のコンクールではいつも金賞を獲っていて……毎年全国大会に出場しているくらい。練習も土日だってあるし、朝練はもちろん毎日。昼休みに練習している人だっているくらい……。

そう。智花が部活に全部出ていたら、帰宅部の私と一緒の時間に帰れるなんて、絶対に無い。私は自分の事ばかり考えていたけど……智花も部活の事で悩んでたんだ……。

「あの練習、残り1年以上は……ちょっとキツイかなって。3年生になったら……本格的に勉強もしたいしね」
「なるほどねぇ……確かに、そうだよね……大変だったんだねぇ……」
「そうよ? 私だって色々考えてるんだから」
智花は「ははっ」と笑ってから……両手で持っているカップをまた口元にゆっくりと運ぶ。