16歳、先生になる―女子高生社長の挑戦―

みんなとっくに晩ご飯を食べ終わり、妹の香織はテレビを観て笑っている。「ハンバーグあるから。温めて?」とお母さんに言われて、コンロのスイッチを回す。

「どうだった?」
ソファから腰を上げて、テーブルに向かいながらお父さんが聞いてきた。

「……何だろ、めっちゃ楽しかったんだよねぇ……」
「そもそも何をしてきたんだ?」
「みんなの前で、ちょっと話をして……で、中3生に勉強教えてきた」

「え! お姉ちゃんに教えてもらったの? うわぁ……最悪―」
私とお父さんの話が耳に入ったのか、妹の香織がちゃちゃを入れてくる。香織も中3。私と同じ栄ケ丘高校を目指しているらしい。

「うるさいな。数学と理科なら完璧なんだから」
「あっそ。私は嫌だけどねぇ~。お姉ちゃんに教わるなんてさ」
「……お前には教えない」

可愛いヤツだけど……時々むかつく事を言う。しかも意外とそれが的を得ているから……言い返せない事が多い。

「ま、良い経験だったんじゃないのか?」
コーヒーを口に運んで、お父さんが優しく語りかけてくれた。お父さんはいつも優しい。昔から「無理だ」とか「止めておけ」なんて、否定的な事は……何一つ言われた事が無い。私の事をいつも応援してくれる。それはお母さんも同じ。

「うん。何かさ……学校で先生に『受験勉強も良いけど、他の事もやってみろ』って言われて……で、遠藤先生に呼ばれたんだよね」
「……なるほどねぇ。英里に色々と体験して欲しかったんだろうなぁ」
「たぶん。でも……上手く言えないんだけど、やりがいっていうか……気持ち良かったんだよね」
「……アルバイトだからな。遠藤先生は大変だよ。ま、でも……良い経験だったんじゃないか?」
「そう! 良い経験だった。私、向いてるかもね! ははっ!」
白く湯気が出始めたフライパン。私はコンロの火を止めて、ハンバーグをお皿に移し替える。

「……」
お父さんは何も言わずに、残っていたコーヒーを飲み干す。

「へへっ……お姉ちゃんに向いてんの? 教えるの」
「お前は……少し黙れ」
「ふふっ……飽き性だからなぁ。お姉ちゃんは」
ちょっといらいらしながら、私はこぶしくらいのハンバーグに箸を入れた。

(いや……結構向いてるんじゃないかなぁ……?)
(教えるのって……良いなぁ……)

遅い晩ご飯を食べ終わり、お風呂に入りながら……「ありがとう」って言われた時に、嬉しかった事が脳裏に浮かぶ。ずっと東京科学大に合格できたら、塾でアルバイトをしようと思っていたけれど……「もっと早くやりたいな」と徐々に思うようになっていた。

(智花、どうだったんだろう?)
(……楽しかった、とは言ってたけど……)

これまで毎日学校に通って、フツーに女子高生してたけど……「やってみたい!」と思える事が見つかった気がして……布団の中で眠りに落ちるまでに、いつもよりも少し時間がかかった。

4月の栄ケ丘高校の桜は、まだまだ散り終わらない。少しピンク色が薄くなった桜並木の下を、昇降口へと向かって歩いて行く。

「ね、智花」
「……何?」
ずっと自分の胸に秘めた思いを口に出すのは……ずっと仲が良い友達であっても緊張する。「告白する時って……こういう感じなのかな?」と思いながら、智花に話かけた。

「あのさ……この前、勉強教えたじゃん? 遠藤先生の所で」
「うん。教えたね」
「でさ……」
「……何よ」
「んー……上手く言えないんだけどさぁ……」
「……」
智花は何も言わずに、じっと私が言う言葉を待っている。……本当に告白をしているような雰囲気になってきた。言葉が続かない。

「何よ」
「えっと……何て言うか……もっと教えたいなって思ったんだよ。私」
「『教えたい』って? 何? 勉強をって事?」
「そう。ちゃんとしっかり……遊びじゃなくてっていうか」
「『遊びじゃなくて』って? ……どういう事?」
「全然イメージだけなんだけど……塾っていうか……そういうのやりたいなって。そう思った訳よ」
「……」
私は智花から「はぁ?」とか「お花畑ね」というような返事がくると思っていた。でも予想を反して、智花はいつも通りの鉄仮面になっていた……。

「なるほどねぇ。……ま、とりあえず行きましょ。遅刻しちゃう」
「……あっ、ほんとだ! 行こ行こ!」
昇降口での私の告白は、「遅刻しちゃうから」という理由で……智花には届かなかったらしい。階段を駆け上がって、私たちはお互いの教室に飛び込んだ。

「……英里にしては、遅いじゃん」
一つ前の座席の真帆が、小声で私に話しかける。ぜいぜいと息を切らしながら「ちょっとね」と、うきうき気分で真帆に答えた。智花に想いを告白できたからなのか……私の心は少し軽くなっていたから。

「想いを吐き出す」というのは、不思議だなぁ……と思った。結局、1時間目の授業から、なぜだか意識がはっきりとしていた。よく分からないけど「やり切った」という感覚になっていて、授業が終わる午後3時頃まで……私はずっとご機嫌でいる事ができた。

(……やりたいなぁ)
(どうやったら良いんだろう……?)

スマホの検索で『塾 高校生 始める』と検索して、いくかのタブを開いたまま、みんなに「バイバイ」と言いながら、教室を後にしようとした。