「おっはよー!」
「あ、英里、おはよ!」
「……1時間目って、何だっけ?」
「古典」
「星野先生かぁ……だるぅ」

春から2年生になり、教室の場所が変わった。1年生の時は……3階だったから、晴れてる時はベイブリッジも見えたけど……今の3組の教室からは、木しか見えない。憂鬱な授業の時に、目をやる場所が無くなってしまった。

「真帆は良いよねぇ……古典、得意で」
「あんたね……国立大学受けるんだったら、理系でも国語……いるんだよ?」
「……」
「古典は、単語と文法やっとけば、何とかなるよ」
「……そもそも好きじゃないし」
選択授業の関係で、3組は理系に進む生徒が多い。そう。私の悩みの一つは……古典や社会が全然できないってこと。……そもそも興味が無い。

「てかさ、東京科学大って……共通テストで国語無いの?」
「……分かんない。てか、調べてない」
「知―らない。 後で『古典の点数足りない!』とかいっても」
「まっ……まぁ……ちゃんと調べるってば……」

栄ケ丘高校は、一応地域ではトップ高。智花もそうだけど……この真帆も、いや、学校全体のレベルも高い。私は数学や物理のような理科は得意だけれど……文系教科は、全然ダメ。

(そうなんだよなぁ……)
1年の時は、「好きな科目だけ伸ばせば良いじゃん!」と思っていたけど、2年生になって、皆の雰囲気が少し変わってきた事に、気付き始めていた。

(苦手なやつも……何とかしないとなぁ……)

「よし、じゃ……ページ……開け……」
先生の声が遠くなっていく。木しか見えないけど……窓側の席から見える、外の景色は私の意識を、遠いどこかへと……連れて行く。

(あぁ……退屈だ)

将来、勉強したい内容はあるけど……暖かい日差しの中で、ずっと穏やかな生活を送れれば良いのに……と思いながら、私はうとうとと、夢の中へと誘われる……。

「おい! 藤本っ!」

(……っ!)

一気に教室の中に、意識を戻された。バレないように寝ていたはずなのに……流石、先生だ。

「お早う。藤本」
「あっ……お早うごさいます……」
「ん? 何だ、退屈だったか?」
「いえっ……そういうわけじゃ無いんですけど……ははっ」

ちょっと首をすぼめて笑ってみるけれど、先生は細く光る目で私に視線を送っている。いつもにこにこしている先生だから……きっと問題無いだろうと思っていた。

「まぁ……気持ちは分かる」

私だけに向けられていた視線を、先生はクラス全体に移した。

「お前達も、もう2年生だからな。ちょっと話でもしとくか?」

いつも淡々とした口調で授業を進めていく先生が、教科書をトン……と机に置いた段階で、クラス中が一瞬ざわつく。怒られていたような気がした私でさえも、先生がいつもと違う事に気が付いた。

「……大学受験」

先生がおもむろに話を始める。「やっぱりいつも違う」という空気感を醸し出しながら、先生の話に耳を傾ける、教室のみんな。

「どうするんだ?」
「東大……科学大……早稲田、慶応。目指して頑張る事は、良い事だ。そのまま頑張れ。で? 入ってどうするんだ? 卒業後に大手企業か? それとも大学院に行って研究職にでも就くのか?」

私は口をぽかんと開けたまま……先生の話を聞いていた。熱く先生が語っている事も、もちろんそうだけれど……まさか大学受験の事について話をするなんて、思ってもいなかったから。

「言いたい事は。もっと色々やっておいた方が良い」
「……若いうちに」
「ボランティアでも、短期留学でも……何でも良い。君たちは、机の上でだけ頑張り過ぎる。偏差値を追うのは良い事だけれども……それだけじゃ、勿体無い。16歳、17歳の季節は……もう2度と戻って来ないから」

結局、1日中、星野先生の言葉が頭から離れなかった。「将来は研究者になる!」と決めているし、行きたい大学だってある。そこに向けて努力もしているし、勉強自体は好き。

(でもなぁ)
(……足りないような気がするっちゃ……気がするな)

カバンに数学と物理の教科書を詰め込んで、智花がいる6組へと向かって走り出した。