16歳、先生になる―女子高生社長の挑戦―

「この後……夜7時から、物件見に行く事にしてるから」
磯子駅のカフェで三人で作戦会議を立てている時に、突然お父さんが言った。「物件」という響きが……私たちに輝く未来を想像させてくれる。数日間、不動産屋さんに色々と電話で聞いてくれていたらしく、ちょうど良い「物件」が見つかったみたいだった。

「いやぁー……! いよいよって感じじゃない!? ねえ? 智花!」
「そうだね……ありがとうございます! 何から何まで……」
これから向かう物件は、築58年の2階建てアパートらしい。

「いやいや。でも、けっこう大変なんだぞ? 塾ができる物件を探すのって」
「そうなの?」
「あぁ。テナントでやる訳じゃ無いからね。普通の家でやる場合は、大家さんが許可してくれないとできないんだ」
「へぇー……」
「法律で決まってるんだ。不特定多数の人は、入っちゃいけない。大家さんが特別に許可してくる物件なんて、中々無いからね。このアパートだけだった」
「ついてるね! 1軒だけでも……あるだけスゴイじゃん!」

歩いて10分ちょっとかかるらしいから、カフェを早めに出て……国道沿いを3人で歩く。ゴールデンウィークに差し掛かろうとしている夕方は、風がとても心地良い。少し歩いて、国道から更に奥へと入り込んでいく。人気もだいぶ少なくなってきたように感じる。

「……静かだねぇ」
路地も細く、戸建てばかり。完全に住宅エリアに入り込んできた。

「ただな、かなりボロいからな」
お父さんが周囲をキョロキョロと見回しながら言った。

「……そんなに?」
「あぁ。でも、家賃は3万2千円。格安なんだよ」
にこりと私と智花に向かって笑った。

「……磯子区……磯子……」
住所を見ながら、お父さんがぶつぶつと呟いている。どうやらこの辺りらしいけど……と思ったその時。

「藤本様ですか?」
右前に立っていた、スーツ姿の男性が私たちに声をかけてきた。

「あっ、はい。藤本です」
「初めまして! 宮城不動産の宮城と申します」
「初めまして……藤本と言います。今日はよろしくお願いします」
50歳くらいの男性。髪もビシッと決まっていて……やり手な感じ。でも言葉遣いはとても丁寧でイヤミな感じはしない。私と智花も、お父さんに合せて頭を下げた。

「こちらの階段から、上がって頂いて……」
宮城さんは私たちに、正面の階段を上るように促してくれた。お礼を言いながら、宮城さんの前を歩く。どうやら203号室らしい。

(ドキドキするなぁー……)

本当にボロボロのアパート。もし「住んで下さい」と言われたら……こんな事を言ったら失礼だけど、私は絶対に住まないと思う。階段を上るとカンッ……カンッ……カンッ……と金属の音をがする。

「どうぞー……」
ギィ……とドアを開けて、スリッパを三人分足元に用意してくれた。少し陽も傾き始めていて、部屋の中は薄暗い。

「うわぁー……」
そもそも私は引越しをした経験がこれまでに無い。がらんとした2部屋の作りは、決して広くは無いけど……私の心を躍らせるには十分だった。智花もどこか嬉しそうに、家の中をキョロキョロしている。