16歳、先生になる―女子高生社長の挑戦―

土曜日のお昼。私と智花は遠藤先生にお願いして、話を聞かせてもらう事にしていた。磯子駅で智花と待ち合わせをして、先生の塾に向かう。智花の顔が、いつも以上に明るい。

「どうだった? ……話できた?」
「うん! 英里のお父さんが電話してくれたみたいで……」
「で? で? どんな感じ?」
「ん? 『やってみたら良いんじゃないか』って言ってくれてた」
「おぉー! さっすが! 智花のお父さんじゃん!」
「いや……スゴイのは、英里のお父さんだよ。うちのお父さんも言ってたもん」
「だてに家で仕事してるわけじゃ無いってことかぁ」
「……関係無くない?」
「ははっ! ま、そういう事にしとこうよ」

スズミヤで買ったケーキを片手に、光成塾に向かって歩く。確か土曜日は午後三時から生徒さんが来るはずなのに……私たちに来て良いって言ってくれた先生には感謝しか無い。私は先生に聞きたい事が、色々とある。

「……せんせーい……?」
まだ電気の付いていない、道路沿いのテナント。「テナント」っていう言葉も、最近覚えた。要するに、「お店!」って感じの建物の事。貸店舗っていう事もあるらしい。私が先頭になって、そっとドアを開ける。

「どっか行ったのかな……」
「お昼の買い物かもね」
少しずつ整理された机の間を進み、電気の消えた教室を歩く。「ジャァー……」と音がして、ドアを閉める音が聞こえた。

(あ。……トイレか)

「おぉ! ごめんごめん! 来たかぁ。ま、座ってよ」
壁にある電気のスイッチを入れながら、先生は私たちに座るよう促す。私と智花は、お土産のケーキを渡して1番前の座席に腰を下ろした。

「この前は……ありがとね。助かったよ」
「あ、生徒さん……大丈夫でした? 『もうやだ』とか言って無かったですか?」
智花が焦ったように先生に尋ねる。先生はケーキをガサゴソと取り出しながら、笑って答えた。

「……大人気だったぞ? バイトで雇いたいくらいだ」
「あっ……」
智花がバツが悪そうに、私に視線を送る。私は少しおどけてみせた。

「で? どうしたの今日は。遊びに来たって感じ?」
私たちにもケーキの乗ったお皿を「はい」と渡してくれた。私たちはまた目くばせをする。

「実はですね……」
「……? どうした?」
「実は、私たち……塾をやる事になりまして」

この時の先生の顔を、私は一緒に忘れる事は無いと思う。フォークを口に入れたまま、目だけをカッ!っと見開いている。「目が飛び出そうだなぁ」と思った。

「……塾を、やる? どういう事……?」
「はははっ……ですよねぇ。驚きますよねぇ……」
私に代わって智花が、これまでのいきさつを先生に話してくれた。「英里だと……先生、誤解するかも知れないから」って。有難い話だけど、軽くディスられている気もする。

「そっか。あの時の……学校の先生の言葉がねぇ……」
「はい! そうなんですよ。やる事になりまして……」
「そっか、そっか……」
お父さんの時と同じく……遠藤先生も天井を見上げたまま、少し考え込んでしまった。私はショートケーキに乗っているイチゴを先端だけかじった。

「良いんじゃない? きっと……良い経験になるよ」
「おぉー……! さっすが先生だぁ!」
「お父さん、ちゃんとされてるなぁ。流石だよ」
「えへへ……」
「いや、藤本の事じゃ無い。お父さんの事を言ってるんだ」
「……何ですか、それ」
ぶすくれる私をよそに、智花もショートケーキに夢中になっていた。

「何か困った事があったら、言いなね? できる事は手伝ってあげる」
「……本当ですか!?」
「うん。僕はね……卒塾生には甘いんだよ」
「やったぁー! さっすが先生だ!」
そう。私と智花が先生の所を訪れた、1番の目的は……アドバイスをもらう事だった。とにかく知らない世界。お父さんが「遠藤先生に聞ける事は聞いておいで」と言ってくれたから……連絡を取った。

「どうすれば良いですか?」
「おいおい……質問が抽象的過ぎるだろ。ま……藤本らしいっちゃ、らしいか」
「違います。……何をどう聞いて良いかすら、分かってないんですよ」
「大丈夫か? そんなんで。……そうだなぁ、教材はどうするんだ」
「……教材? ですか」
「そう。お前達も通ってくれていた時、塾でテキスト配ってたろ?」
「あ……確かに。そう言われてみれば……どうしよ」
「そういう感じか。ま……今、決める必要は無いんだけど、教えておくよ」
遠藤先生も、塾の世界の事を何一つ知らない私たちに、基本的な事を色々と教えてくれた。塾で配られていたテキストは、本屋さんには売っていない事。黒板よりはホワイトボードの方が良い事……そしてどんな資料を作っておいた方が良いか、などなど。

「でもまぁ、お父さんの言う事は、正しいと思う」
「……やっぱり、そう思いますか?」
「うん。2人だと『成績を上げます!』的な事を売りにはできないからね。お父さん、良い事言うな」
「やっぱり……若さと情熱ですね!!」
「悪かったな。おじさんで」
生徒さんのいない教室に、3人の笑い声が響き渡る。「先生の所に相談に来て良かったな」と心から思った。

時間も午後1時半を回り、「そろそろ先生も準備だよね……」と智花と目を合わせる。私たちは先生にお礼を言って、帰る事にした。

「何かあったら……いつでも言いなよ? 教材会社も紹介するから。お父さんに伝えておいて。直接塾に電話してもらって大丈夫ですからって」
「ありがとうございます!」
「色々と大変だと思うよ。僕はいつもにこにこしていたと思うけど……これから大変な事がいっぱいあると思う。……いや、絶対にあるから。でも二人なら……乗り越えられると思うから。頑張って」

最後、私たちが塾を出る時に先生が言ってくれた「期待しているよ」という言葉。帰り道、ずっと私の心に残っていた。……そしてもう一言「絶対に2人、喧嘩しない事。何かあったら、必ず相談する事。分かった?」と言ってくれた。「そんなの当たり前でしょぉ!」と思いながら、私たちは家路に着いた――