青春、リログイン


 *

「じゃあ俺、部活だから」

「うん。頑張って」

「じゃあ、また明日」

 LHRが終わると、田淵君はテニスラケットを背負って僕より先に教室を出た。

「また明日、か……」

 久しぶりの授業で、体はどっと疲れていた。
 それでも「また明日」という言葉が、これほどまで希望に満ちているものだとは思わなかった。

 今日の田淵君のことを母さんに話したら、また泣いてしまうだろうか。
 安堵の涙であるのなら、流させてあげたほうがいいかもしれない。

 そんなことを考えながら、僕は昇降口へと向かう。
 校門を出ようとしたところで、上からドンッ、と何かが落ちる音が聞こえた。

「え?」

 反射的に顔を上げると、そこは校舎の庇部分だった。
 何か落ちたのだろうか。

 校門を出て、庇の上を見上げる。
 心なしか、心臓がばくばくと音を立てていた。

「……なーんだ、猫か」

 そこには、庇の上でこちらを見下ろす白い毛並みの猫がいた。
 その美しい猫に、僕は誰かを重ね合わせていた。

 白金色の髪を揺らした、無邪気な少年のことを――。

「……そうか」

 あぁ……なんでいまのいままで忘れていたのだろう。

「そうだったのか」

 あれほど、忘れないと誓ったことなのに。

 じわりと、視界がぼやける。

「凪――、」

 にゃお、と応えるように猫が鳴いた。そんなはずは絶対にないのに「陽太」と、僕の名前を呼んだ気がした。

 自分勝手な都合のいい解釈に、涙腺はさらに刺激される。

「……凪、ありがとう。本当に、ありがとう」

 傍から見れば、猫に泣きながらお礼を言っているおかしなやつかもしれない。

 でもそんなこと、どうでもいい。

 凪、ありがとう。

 あのとき伝えられなかった言葉を、いまこうして伝えられている。

 とめどなく溢れる涙を拭って顔を上げれば、もうそこに猫はいなかった。

 誤魔化すように、空を見上げる。
 雲一つない快晴だった。

 この空は、僕の春の色だ。

 一度ログアウトしたこの世界に、僕は戻ってこられた。それは、もうひとつの世界で楽しみを教えてくれた凪のおかげだ。

 叶うことなら、この同じ空の下できみと高校生活をともに送ってみたかった。

 でももう、僕は戻らない。
 あの曇天と、きみと過ごした一週間には――。

 僕はもう一度、現実にログインした。

 一度きりの青春を、きみのように自由に掴み取ってみせるから。

「見ててくれよ、親友」