*
凪がその扉を開いた瞬間、ぶるっと体が震えた。
冷たい風が頬を刺し、思わず肩をすくめる。
そんな僕とは打って変わり軽い足取りで進んでいく凪の背中に、声をかけた。
「なぁ、ここじゃなくてもいいんじゃないか?」
「え、どうしてー」
「寒い」
「でも、サボりといえばここじゃなーい?」
渋る僕をさらりとかわし、凪は曇天が広がる屋上へと寝ころんだ。
見ているだけで寒そうだったが授業をサボった手前引き返すわけにもいかず、凪の横に腰を下ろした。
サボりを提案してきたのは、もちろん凪のほうからだった。
授業開始一分前というときに突然クラスに顔を出して「ついてきて!」と、手を引っ張られた。何が何だかわからないまま階段を駆け上っているうちに、授業開始の本鈴が鳴り、凪がしようとしていることに察しがついた。
いままでサボりなんてしたことがなかったから、背徳感に襲われた。その中に、わずかな高揚感があったのも否定できないけれど、悪いことをしているという胸のつかえのほうが大きかった。
そんな僕の心情を見透かしたのか、凪が「平気だって一回くらい!」と、なんとも説得力のない言葉で僕を励ます。
「たまにはこうやって息抜きしないと、やってらんないっしょ」
「……凪は常に息抜きをしているように見えるけど」
「あ、バレたぁ?」
へへっと笑う凪に、僕もつられて笑う。
最近は、笑うことが増えた気がする。
記憶を失くすは、変な同級生に絡まれるはで最初は混乱していたけれど、いまはそんなことが気にならないほど日々が満たされている。
それもこれも凪のおかげだけれど、本人には照れ臭くて伝えられないし、これからも伝えることはないだろう。
突然、仰向けで横たわっていた凪がむくっと起き上がった。
そして、僕の顔を覗き込んできたかと思えば、何度か小さく頷く。
「いい顔になってきたじゃん」
「えっ?」
「会ったときはつまんなそーな顔してたけど、いまの陽太は生き生きしてるよ」
よかったよかった、と凪が肩を組んでくる。前の僕だったらすぐに振り払っていたけれど、いまは凪の温度感が妙に心地よかった。寒い場所にいるからかもしれない。
「ねえ、陽太」
「ん?」
「学校、楽しい?」
「ふはっ、なんだそれ。母さんみたいなこと言うなよ」
笑って返す僕に、凪は珍しく真顔で僕を見つめ返してきた。真面目に答えろ、ということだろうか。
「楽しいよ」
凪がいるおかげで、とは口が裂けても言えなかったけれど。
それでも凪は、満足そうに微笑んだ。
「それなら、よかった」
「なんだよ、急に」
「なんでもなーい」
「凪が真面目なことを言うなんて、なんでもあるだろ」
そう指摘すれば「ちょっと失礼じゃん」と、けらけらと笑った。
そしてまた、真面目臭い表情に戻る。
嫌な予感がして、そっと目を逸らした。
「もしもの話、だけどさ」
「……何」
「この世界から突然、俺がいなくなったらどうする?」
「急にそんなこと言われても……想像できないな」
できないというよりかは、したくない。
凪がいなくなるということは、僕のいまの日常が崩れるも同然だ。
「そういう凪はどうなんだよ。僕がいなくなったら、どうする?」
ちらりと、凪の顔を盗み見る。
心なしか、ガラス玉のような瞳が揺れた気がした。
「どうもしない、かな」
思いがけない返答の素っ気なさに、心をスプーンのようなものでえぐり取られる感覚に襲われる。
凪は、僕がいなくてもいいのか?
そんなメランコリーな言葉を口にできるはずもなく「ひどいな」と、あたかも傷ついていないように短く返した。
しかし、凪の次の言葉には驚愕した。
「むしろ、陽太がここからいなくなればいいって――そう思ってる」
凪がその扉を開いた瞬間、ぶるっと体が震えた。
冷たい風が頬を刺し、思わず肩をすくめる。
そんな僕とは打って変わり軽い足取りで進んでいく凪の背中に、声をかけた。
「なぁ、ここじゃなくてもいいんじゃないか?」
「え、どうしてー」
「寒い」
「でも、サボりといえばここじゃなーい?」
渋る僕をさらりとかわし、凪は曇天が広がる屋上へと寝ころんだ。
見ているだけで寒そうだったが授業をサボった手前引き返すわけにもいかず、凪の横に腰を下ろした。
サボりを提案してきたのは、もちろん凪のほうからだった。
授業開始一分前というときに突然クラスに顔を出して「ついてきて!」と、手を引っ張られた。何が何だかわからないまま階段を駆け上っているうちに、授業開始の本鈴が鳴り、凪がしようとしていることに察しがついた。
いままでサボりなんてしたことがなかったから、背徳感に襲われた。その中に、わずかな高揚感があったのも否定できないけれど、悪いことをしているという胸のつかえのほうが大きかった。
そんな僕の心情を見透かしたのか、凪が「平気だって一回くらい!」と、なんとも説得力のない言葉で僕を励ます。
「たまにはこうやって息抜きしないと、やってらんないっしょ」
「……凪は常に息抜きをしているように見えるけど」
「あ、バレたぁ?」
へへっと笑う凪に、僕もつられて笑う。
最近は、笑うことが増えた気がする。
記憶を失くすは、変な同級生に絡まれるはで最初は混乱していたけれど、いまはそんなことが気にならないほど日々が満たされている。
それもこれも凪のおかげだけれど、本人には照れ臭くて伝えられないし、これからも伝えることはないだろう。
突然、仰向けで横たわっていた凪がむくっと起き上がった。
そして、僕の顔を覗き込んできたかと思えば、何度か小さく頷く。
「いい顔になってきたじゃん」
「えっ?」
「会ったときはつまんなそーな顔してたけど、いまの陽太は生き生きしてるよ」
よかったよかった、と凪が肩を組んでくる。前の僕だったらすぐに振り払っていたけれど、いまは凪の温度感が妙に心地よかった。寒い場所にいるからかもしれない。
「ねえ、陽太」
「ん?」
「学校、楽しい?」
「ふはっ、なんだそれ。母さんみたいなこと言うなよ」
笑って返す僕に、凪は珍しく真顔で僕を見つめ返してきた。真面目に答えろ、ということだろうか。
「楽しいよ」
凪がいるおかげで、とは口が裂けても言えなかったけれど。
それでも凪は、満足そうに微笑んだ。
「それなら、よかった」
「なんだよ、急に」
「なんでもなーい」
「凪が真面目なことを言うなんて、なんでもあるだろ」
そう指摘すれば「ちょっと失礼じゃん」と、けらけらと笑った。
そしてまた、真面目臭い表情に戻る。
嫌な予感がして、そっと目を逸らした。
「もしもの話、だけどさ」
「……何」
「この世界から突然、俺がいなくなったらどうする?」
「急にそんなこと言われても……想像できないな」
できないというよりかは、したくない。
凪がいなくなるということは、僕のいまの日常が崩れるも同然だ。
「そういう凪はどうなんだよ。僕がいなくなったら、どうする?」
ちらりと、凪の顔を盗み見る。
心なしか、ガラス玉のような瞳が揺れた気がした。
「どうもしない、かな」
思いがけない返答の素っ気なさに、心をスプーンのようなものでえぐり取られる感覚に襲われる。
凪は、僕がいなくてもいいのか?
そんなメランコリーな言葉を口にできるはずもなく「ひどいな」と、あたかも傷ついていないように短く返した。
しかし、凪の次の言葉には驚愕した。
「むしろ、陽太がここからいなくなればいいって――そう思ってる」


