滅多に友達を呼ばないせいか、盆を持って現れた母さんは凪に興味津々だった。五分ほどは部屋にいたと思う。
「母さん、僕たちこれから勉強するから」
異様に弾む二人の会話に割って入って、僕は母さんを部屋から追い出した。
なぜか、凪は不機嫌そうに頬を膨らませる。
「勉強なんて聞いてなーい」
「別に、するつもりないから」
「あれあれ、もしかして――」ずいっと、凪の顔が近づく。「俺と二人っきりになりたくてお母さんのこと追い出したの?」
「なわけないだろ」
人差し指で眉間を押し返せば、大袈裟すぎるくらいに後ろへと倒れ込んだ。
その格好がなんだかおかしくて、思わず笑ってしまう。
「あ、笑ったー」
「笑うだろ、人間なんだから」
悲しそうに微笑む凪の顔を見て、あっと思った。
そういえば、ここ最近あまり笑えていなかったかもしれない。凪と出会ってから、突発的な行動に呆然としたり怒ったりするだけで、友達として笑い合ったことはなかった。
そう考えると、凪には申し訳ないことをしている気がしてくる。
「ごめん」
「えっ、なんで謝るの?」
「僕は面白い人間じゃないから、凪が欲しい反応とかできないし、凪を笑わせるようなこともできない」
ベッドに寄りかかり、天井を眺めながら言葉を探す。
いままで、ぼんやりと生きてきた――気がする。
相手のことなんて考えず自分のことばかりで、そんな僕には気の利いた言葉なんてはなから持ち合わせがなかった。
そんな自分に、嫌気がさす。
もしかしたら僕の記憶も、嫌気がさしてしまったもう一人の僕が盗んでいってしまったのだろうか。もしそうなのであれば、そんな記憶、取り戻す必要はないのかもしれない。
自らが発した重苦しい空気が部屋に充満し、押しつぶされそうになる。
「陽太、何言っちゃってんの」
鬱々とした空気を蹴り飛ばすように、凪からスキップのような声が放たれた。
寄り掛かっていたベッドがわずかに沈む。横を向いてみれば、凪も僕と同じように天井を見つめていた。
「別に俺、陽太にこんな反応してほしいとか、笑わせてほしいなんて一ミリも思ってないけど?」
「……僕と一緒にいて、凪は楽しいの?」
何がおかしかったのか、凪がふはっと笑う。
くるりとこちらを向いた顔は、芸術作品のような存在感と同時に、儚さも兼ね備えている。センスも才能もない僕とは、まるで住む世界が違うように思える。
凪から放たれる光度をひしひしと受け、疑念は深まる一方だ。
「もちろん、楽しいよ」
「どうして」
「俺はね、陽太が楽しそうに笑ってくれるだけで、それだけでいいんだ」
恥ずかしげもなくそう言ってのけた凪に、僕は思わず目を逸らしてしまう。
「……本当に、変な奴」
「それってもしかして、誉め言葉?」
「なんでもいいよ」
素直に「うれしい」と言葉にすればいいものを、我ながら可愛げがないと思う。
凭れていた体を起こし、スナック菓子に手を伸ばす。凪も、何もなかったかのようにジュースを一口飲むと、いつもの調子で軽口をたたき始めた。
そのあとはSwitch2で対戦ゲームをした。何度対戦をしても凪が勝ってしまうため、意地になって「もう一回!」を繰り返しているうちに日は沈んでいた。
結局、何度対戦をしても凪に勝つことはできなかった。
「ちょっと休憩……」
投げるようにしてコントローラ―を置くと、僕はベッドにダイブした。
「陽太、寝ちゃうの?」
「うん。ちょっとだけ」
そっと目を閉じる。
暗くなった視界にわずかな光を感じながら、眠りについた。


