会いたい。けど、会えない。

(俺って本当に馬鹿だ……。もし、佑真さんに嫌われたら……)
 
 パソコン前の椅子の上で膝を抱えて何時間も塞ぎこんでいた俺は、深い溜め息とともに目元が熱くなる。
 
(あれから返事もないし……俺、どうしたら……)
 
 佑真さんに言われた通り、俺は佑真さんに住所を送ったが返事は未だになかった。
 
「ああ……もう……」
 
 涙が一度零れてしまうと、我慢しているものが全て一緒に溢れ出しそうで、俺は慌てて天を仰いだ時、ドアチャイムの音が部屋に響いた。
 
(こんな時間に誰だろう……? 宅配便にしては時間が遅すぎる気が……。それに、何か注文した覚えもないけど……)
 
 椅子から立ち上がり、壁掛け時計で時刻を確認すると、もう少しで日付が変わる時間を指していた。
 
 引きこもりの俺の家を尋ねてくるのは宅配便かデリバリーぐらいのため、突然の来訪に不安になりながらも、俺は目元を擦りながら速足で、インターホンに近づき画面を確認した。
 
 だが、インターホン画面に映し出されたカメラの映像は真っ暗だった。
 
(故障? 仕方ないか……)
 
 俺は画面が暗いことを不思議に思いながらも、誰が訪れたのか確認するため、ボタンを押して恐る恐るスピーカーに話しかけた。
 
「あのー……どちら様でしょうか?」
 
「オレ……だけど」
 
(えっ、この声……)
 
「ゆ、佑真さん?!」
 
(ま、まさか。そんな……!!)
 
 俺は慌ててリビングから飛び出し、無我夢中で玄関に向かって走ると、鍵を開けてドアノブを握った。
 
(あっ……)
 
 だが、握りしめたドアノブから金属の冷たさを感じると、俺は途端に現実に引き戻された。
 
「……ッ」
 
 自分が何をしようとしていたか気付いた俺は、慌ててドアノブから手を引っ込めた。
 
(俺……)
 
 引っ込めた手は指先が震えていて、俺はその手を見ると息が詰まりそうになる。
 
(無理だ……。俺にはここを開けられない……)
 
 俺は身体の力が抜けたようにドアへ額を当てると、静かに目を閉じた。
 
(この向こうに佑真さんが……。本物の佑真さんがいるのに……)
 
 たった一枚の金属の板越しに、ずっと会いたかった人がいると分かっていても、開けることさえできない自分自身に俺は絶望した。
 
(ああ……俺はやっぱりダメな人間なんだ。さっきまで、あんなに後悔していたのに……。こんな俺に……)
 
「千隼……? オレの声、聞こえる……?」
 
 玄関のドア越しに、ずっとヘッドフォンでしか聞いたことのなかった佑真さんの声が直にオレの耳に届く。
 
 少し低めの声であるが聞き取りやすく心地良い、どこか色気を感じる佑真さんの声。
 
 マイクを通していないせいか、いつもと少しだけ違うと気付いたと同時に、今聞こえている声が本当の佑真さんの声だと思うと、オレの胸は静かに弾んだ。
 
「佑真……さん……」
 
(あっ……!)
 
 俺は無意識に、佑真さんの名前を口に出してしまう。
 
 ドアに預けていた額を離し、慌てて口を手の平で抑えたが、そんなことをしても意味がないことに気付くと、俺は首を大きく横に振って静かに息を吐き出した。
 
(だ、大丈夫。顔は見えてないし、だから……)
 
 そう自分に言い聞かせて気持ちを落ち着かせた俺は、口元から離した手を胸元で握りしめた。
 
 そして、飛び出しそうなほど高鳴り始めた心臓の音を抑えるように、握りしめた手を胸に押し当てた。
 
「ど、どうして。ここに……」
 
 胸元で握りしめていた手に俺は必死に力を込めたが、緊張して声が上擦ってしまう。
 
 すると、頬が熱くなり、身体全体に血が巡り始めたような火照りと足の震えを感じた。
 
 あの時の感覚を思い出しそうになり、俺は必死に抑えるように握りしめた手にさらに力を込めた。
 
「そんなの決まってるだろ。千隼に会いたかったからだ」
 
(……。会いた……かった……)
 
 迷いのない佑真さんの真っ直ぐな言葉に、俺は思わず胸が締め付けられ、涙が込み上げそうになる。
 
「千隼に会って、謝りたくて……ちゃんと伝えたかったんだ」
 
「俺に……会いに……」
 
 俺は自然と佑真さんの言葉を口に出して繰り返していた。
 
(会いたかった……謝りたかった……?)
 
 もう一度、今度は心の中で佑真さんの言葉を繰り返すと、胸の奥底に抑えていた感情が取り止めもなく湧き上がってきた。
 
「……ッ!」
 
(俺、バカだ……。佑真さんにここまでさせて……。なのに……)
 
「千隼……?」
 
(俺だって、ずっと言いたかった。会いたいって……! ずっと、ずっと……! けど……!)
 
「千隼……?」
 
 もう一度、ゆっくりと耳に優しく響く俺の名前を呼ぶ佑真さんの声は、俺の胸につかえていた何かを溶かした。