「おい、大丈夫か?」

 牢の外から声をかけた。

 奴隷商人は奇妙な悲鳴をあげながら逃げていった。
 図体のわりに素早く、鍵を回収しそこねた。
 追いかけてもいいが、エルフをここに残していくのも不安だ。

「えっと、あの……」
「ユナ、騙されちゃダメよ! こいつ、人間なんだから!」

 なにか答えようとしてくれたのだけど、もう一人がそれを遮る。
 こんな目に遭って、人間不信に陥っているみたいだ。

「俺は連中の仲間じゃねえよ……って言っても、信じてもらえないか」
「ふんっ、信じられないわね! 甘い言葉をかけて、あたし達を油断させて、なんかこう……いやらしいことをするつもりでしょう!? あたし達、エルフは希少だからね! きっと薄暗い部屋に閉じ込められて、首輪をつけられて、ベッドの上で乱暴に……はわわわっ!?」

 妄想がたくましすぎやしないか……?

「そんなことするか。ってか、俺の守備範囲はもっと上だ」
「なっ……し、失礼なこと言わないでくれる!?」
「うるせえな。とりあえず、牢の鍵を開けるから離れてろ」
「無理よ。それ、とても頑丈だから、鍵がないと開けることは……」

 カチャン。

「……え? 開いた?」
「俺、ピッキングスキルを持っているんだよ」
「なんでよ!? あんた、治癒師なんでしょ!?」
「一人暮らしの人が部屋の中で倒れて、でも鍵がかかっていて中に入れず、救助できない、っていう痛ましい事件がたまにあるだろ? そういう時に備えて、ピッキングスキルを身に着けているんだよ。これくらい、治癒師の間では常識だぞ」
「嘘つきなさい!? そんな話、聞いたことないわよ、非常識よ!?」

 元気な子だ。
 これだけ元気なら、あまり心配はいらないかもしれない。

 気になるのは……

「……ぅ……」

 もう一人の子だ。
 さきほどから、とても静かだ。

 ……けっこうまずいかもしれないな。

「おい、早く外に出ろ」
「な、なによ、その言い方……まあ、せっかくのチャンスを不意にするバカはいないわね。こいつは口が悪いから信用できないけど、せめて外に……ユナ、出るわよ」
「うん……」

 最初に元気な方の子が降りて。
 次は、おとなしい子が……

「……ぁ……」
「っと、大丈夫か?」

 降りようとしたところでふらついてしまう。
 慌てて駆け寄り、受け止めた。

「ユナ!? ちょっと、大丈夫!?」
「やっぱりか……この子、熱があるな」
「えっ」

 額に触れる。
 この感じ……40度前後か?

 呼吸も荒い。
 顔は青白く、生気というものを感じられない。

「やはり、ただの風邪じゃないな」
「な、なにか知っているの!?」
「お前達がつけている、奴隷の首輪の影響だな。その首輪には、主に逆らえないような魔法が込められている。悪質な魔法だろ? 呪に等しい。そんなものを身につけて、間近で影響を受け続けていたら、魔力が汚染されてこうなる、ってわけだ。このままだと、正直、けっこうまずいな」
「そ、そんなことが……でも、それじゃあ、あたしは!?」
「単純に、体力の差だな。心当たりはないか?」
「それは……この子はおとなしくて、ちょっと病弱なところもあって。それに、捕まってすっかりまいっていたから……」
「なるほどな。病は気から、って言うが、この場合はピタリとあてはまるな」

 ま、問題ない。

 呪いも治癒師の担当だ。
 そして俺は、今まで何度も呪いを解呪してきた。

「……」

 ユナと呼ばれているエルフの少女をしっかりと観察する。
 呼吸、意識の混濁具合、熱、筋肉の張り、魔力の流れ……それらを総合して、やはり魔力汚染と判断した。

 その原因は……奴隷首輪だな。
 この首輪があるせいで、体内の魔力が乱されて、汚染されている。

 まずは、原因である首輪の除去。
 それから、体力などの回復だな。

「おい、治療するが問題ないな?」
「えっ、できるの!?」
「できる。この首輪が残りの引き金になっているから、破壊してしまえばいい。ま、それだけで体力とかは戻らねえから、ちと、アフターケアーは必要だがな」
「なにをバカな……! それこそ不可能よ! これは、鍵もなにもない。解除するには、契約者の同意が必要なのよ。それに、無理に破壊しようとしたら、それこそアウト。仕込まれている毒が流れ出て、奴隷を殺すわ」
「ちっ、胸糞わりいものを作りやがる」

 ただ。

「俺なら、助けることができる」
「……え……」
「絶対だ、絶対に助けることができる」
「ほ、本当に……?」
「嘘じゃない。気休めでもない。断言できる。ただ……100パーセントと断言はできねえな。完璧に成功する、なんて言うやつがいたら、そいつは詐欺師か神様のどちらかだな」
「な、なら、何パーセントで……?」
「99パーセント」
「……」
「ってなわけで、治療するぞ」
「ま、待って!? あたしは、まだ、それを許したわけじゃ……あんたのことだって、信用したわけじゃ……」
「いいから黙って治療させろ」
「で、でも、あたし、お金なんて持ってないし……」
「んなものどうでもいい。俺は治癒師で、病人を治療したい。それだけだ」
「ボランティア、っていうわけ……?」
「んな上等なものじゃねえ。治癒師としての在り方を曲げないために、そうしているだけだ。俺の生き方、みたいなものだな」
「……」
「悪いようにはしない、俺を信じろ。ガキの頃からやってきた治癒師の誇りに賭けて、この子を助けると約束しよう。失敗した場合は、俺の命で償ってやるよ……癒しは甘えじゃねえ。命と向き合う覚悟だ」

「……っ……」

 女の子は俺を見て、手を伸ばそうとして、止めて……
 迷うように視線を揺らして……

 最後は、そっと俺の手を取る。

「お、お願いっ……ユナを……あたしの大事な妹を、助けて……」

 涙を流しつつ、そう願う。

「任せろ」

 この子は絶対に助けてみせる!
 固く決意して、上着を地面に敷いて、その上に寝かせた。

「さあ、オペを始めるぜ」