「うわっ!?」

 転んでしまい、視界がぐるぐると回転した。
 坂道も転がり落ちてしまったみたいだ。

「いててて……」
「おいおい、大丈夫か?」

 苦笑しつつ手を差し出してくれたのは、クライブだ。

 俺の幼馴染。
 いつも一緒に遊んでいる。

「ごめん……」
「違うだろ?」
「え?」
「そういう時は、ありがとう、っていうんだよ」
「……うん、ありがとう」

 クライブの手を借りて立ち上がる。

「ってかお前、なんかなよなよしてるよな」
「そうかな?」
「もっとこう、男は強気でいかないとダメだぜ? そうだな……まずは口調から変えてみるか。ほら、俺を真似てみな」
「えっと……俺は男気がたっぷりなんだ、ぜ……?」
「あははは! なんだよ、それ。バカみたいじゃねーか」
「むう、がんばったんだけどなあ……」
「ま、おいおい覚えていけばいいさ……って、セイル。お前、膝を擦りむいているぞ!?」
「ああ、道理で痛いと思った。でも、これくらいなら……ヒール」

 魔法で治療をした。

「よし、終わり」
「……相変わらず、セイルはすごいな。まだ6歳なのに、魔法を使えるなんて」
「そうかな? でも、それを言うならクライブもすごいじゃないか。この前、ゴブリンを倒したんだろう? 6歳の子供がゴブリンを倒すなんて、聞いたことがないよ」
「ま、俺は天才だからな!」
「うん、そうだね」
「いや、ツッコミを入れろよ。恥ずかしいだろ」
「でも、クライブは本当に天才だと思うよ? 色々なことをなんでもすぐに覚えることができるから。俺なんて、何度も何度も練習して、やっと……っていう感じだからね」
「……ま、それでいいんじゃねーか?」

 クライブはぶっきらぼうな感じで言い、明後日の方を見る。

「俺はなんでもできる天才だから……セイルくらい、俺が守ってやるよ」
「……クライブ……」
「だから、セイルも俺を助けてくれよ。回復魔法は、セイルの方がきっと上手いからさ」
「うん、もちろん!」

 ニカッと笑い、握手を交わす。

「俺達、冒険者になろうな」
「世界で一番の冒険者に!」
「誰も成し遂げたことのない偉業を達成して」
「最高の旅をする!」
「へへっ、相棒、頼んだぜ!」
「クライブこそ、頼んだよ」

 俺達は笑う。
 無邪気に笑う。

 思えば……
 この時が一番、幸せな頃だったかもしれない。

 守りたいものがあるから、俺はこの力を磨いた。
 徹底的に。
 しかし、今は守るものは……



――――――――――



「……夢か」

 目が覚めると、見慣れない宿の天井。
 部屋にいるのは俺一人だけ。

 その寂しさが、昨日、パーティーを追放されたことが夢じゃないと教えてくれる。

「……ちっ、胸糞悪い夢を見たな……」

 もう一度、ベッドに横になった。

「しかし……まさか、クライブにあんな風に思われていたなんてな……」

 同じ村で育った幼馴染。
 冒険者になって世界を旅しようと約束して、その通りにパーティーを結成して……

 ある日、クライブは勇者と認められた。

 思えば、その日が転換点だったような気がする。
 勇者になってから、クライブは変わった。
 自分勝手に行動するようになって、俺から距離を取り、時に疎ましそうに睨みつけてくる。

 一時的なもの。

 そう信じて、一緒に旅を続けてきたが……
 しかし、昨日、全てが終わってしまった。

 俺は、パーティーを追放された。

 まあ、元々、これはもうダメだ、と見限っていたところはあるが……
 それでも、幼馴染であるクライブの口から直接言われると、堪えるものがある。

「さてと……これからどうすっかな?」

 冒険者を辞めて、村に帰るか?
 それとも、どこかの店で働くか?

「いや……」

 思い返すのは、昔のこと。
 クライブと一緒に、吟遊詩人による冒険者の詩を聞いて。
 偉業を成し遂げた冒険者の著書を読んで。

 心をワクワクと踊らせていた。
 いつか俺も、と夢見ていた。

 こんなことになってしまったが、その夢は、今も俺の中で燃え続けている。

「追放? 上等だ。だったら、世界でも救って一人前と呼ばせてやるか」

 起き上がり、ベッドから降りた。

「起きたことは仕方ねえ。過去を振り返るのじゃなくて、これからを考えるか」

 凹んでいても仕方ない。
 無理矢理にでも前向きにならないとな。

「今日からは、ソロで活動する」



――――――――――



 勇者パーティーは特別な存在だ。
 冒険者ではあるものの、冒険者の枠に囚われない自由な活動が可能だ。
 ある程度の特権も与えられていて、下手な貴族よりも社会的立場は強い。

 そのため、勇者パーティーにランクは適用されていない。
 ランクで測ることはできない特別な存在、という扱いだ。

 それはパーティーメンバーにも適用されていたのだけど……
 追放された今、俺は冒険者ではあるものの、正式なランクを持たない。

 なので、改めて登録する必要があり、冒険者ギルドを訪ねた。

「えっ!? セイルさん、パーティーを抜けたんですか!?」

 顔なじみの受付嬢に事情を説明したら、ひどく驚かれた。

「それ、本当なんですか……?」
「ああ。クライブの方からも連絡が来てねえか」
「えっと……そのような報告は受けていませんね」
「マジかよ? そんなはずは……いや、そういうことか」

 パーティーにいた頃、雑務は全て俺の担当だった。
 だから、クライブ達は自分で連絡をする、ということに思い至らないのだろう。

 パーティーを追放された本人がその報告をしなければいけない。
 ……頭の痛い話だ。
 連中は、本当に大丈夫なのか?

「単に報告を忘れているんだろうな。ちょうどいいから、そんな感じで受理してくれないか?」
「しかし……いえ、わかりました。そういうことなら」

 受付嬢は新しい書類を作成しつつ、ため息をこぼす。

「それにしても、勇者様はなにを考えているんでしょうか? なんてもったいないことを……」
「もったいない、ってのは?」
「セイルさんを手放したことですよ。今後が心配です」
「問題ねえだろ。単に、口の悪い治癒師が一人、抜けただけだ。それくらいでガタつく勇者様じゃねえだろ」
「えぇ……そういう認識なんですか?」

 どういう意味だ?

「うーん……とても心配ですけど、でも、セイルさんに負担をかけさせるわけにはいかないし……前々から酷かったですからね。傍目でアレだから、中にいた時はもっと……うん、そうですね! やっぱり、このまま通した方がよさそうですね!」
「あ? よくわからねえが、パーティー脱退の手続きは問題ないか?」
「はい、問題ありません。後で処理しておきますね。それで、セイルさん、今後は?」
「ソロでやるつもりだ」
「そんなのもったいないですよ!!!」
「うぉ」

 前のめりに言われて驚いてしまう。

「セイルさんなら、引く手あまたですよ? Sランクのパーティーを紹介しましょうか? あるいは、将来有望のパーティーに入ってもらい、導いてもらうという手も……」
「い、いや。俺は、ソロでいい」

 そのようなパーティーに入っても、俺の扱いに困るだろう。
 クライブの時と同じように、また追放されるのがオチだ。

「将来的にパーティーは組むかもしれないが……今は、ソロでやるつもりだ」
「そうですか……でもでも、気が変わったらいつでも言ってくださいね? セイルさんなら、どこでも歓迎してくれると思いますから」
「俺のような適当なヒーラー、歓迎してくれんのかね?」
「私が冒険者だったら、大歓迎ですよ」
「ありがとな」

 受付嬢は世辞がうまいな。
 追放された俺に同情して、ありもしないことを口にしているのだろう。

 まあ、気にかけてくれるだけありがたい。

「じゃ、諸々の手続きは頼む」
「はい、わかりました」
「それと俺は……そうだな、なにか依頼を請けておくか」

 ソロの感覚を知りたい。
 そう考えて、適当な依頼書を探した。



――――――――――



 勇者パーティーを抜けてソロで活動することになり、俺は、改めて最低ランクからのスタートだ。
 でも、あまり苦労はしていない。

「ま、悪くねえな」

 最下級なので、薬草採取などの簡単な依頼しか請けることはできない。
 でも、これはこれで楽しい。

「薬草採取なんて、いつ以来だろうな。一人前の治癒師になるため、昔は、毎日のように薬草を摘んたが……ま、初心に戻るってのは、こういう気持ちなんだろうな」

 悪くない。
 良い感じに作業が進む。

 摘んで、籠に入れて。
 摘んで、籠に入れて。
 摘んで、籠に入れて。

「……なんだ、もういっぱいか」

 薬草が山盛りになっていた。
 夢中になって取りすぎたな。

 というか、しまった。
 あまり乱獲したら、後でギルドから怒られるかもしれない。

「悪かったな」

 半分の薬草を戻して……それから、魔法で治療。
 時間を巻き戻したかのように、薬草が元の大地に戻っていた。

 以前、これをした時は、クライブが大層驚いていたが……
 なんでだろうな?

「さてと、あとは納品をして……うん?」

 少し離れたところが騒がしいな?