「うっま~~い!! いちごと抹茶とチョコレートを組み合わせた人、口座を教えて!! お布施を入金したい!!」
「ドーナツを買うお金すらないのに、ですか?」
「それはそれ、これはこれ!」
 ベンチに座って、ふたりでドーナツを食べる。
 ご希望のドーナツを嬉しそうにかじったアキラ先輩は、満面の笑みで嬉しそうに体を揺らしていた。
 風が強く吹き、アキラ先輩の短い髪がゆっくりと揺れる。
 ふわっと髪の隙間から覗く横顔は、どこか一宮先輩に似ている気もする。
 そういえば、一宮先輩に部活の引き継ぎのことを聞かなければいけない。でも3年生は学年閉鎖となっている。聞くなら、学級閉鎖明けかな。
 アキラ先輩は最後のひとくちとなったドーナツを、名残惜しそうに口に含む。しっかりと口内で味わい飲み込むと「美味しかった、ありがとうなぁ神崎!!」と言って、俺の肩を強く抱きかかえた。
 偶然、横断歩道で出会ったこの人は、いつのまにか俺の懐に入り込んでいた。
 楽しそうで、明るくて、よく食べて、お金は持っていない。
 でもどこか憎めない笑顔に、つい俺も笑いが零れてしまう。そんな先輩に、俺はずっと抱いている疑問を投げかけてみることにした。
「……アキラ先輩、先輩は……どうして横断歩道はシマシマなんだと思いますか?」
「なんでって、車から見てわかりやすくするためとかじゃない?」
「じゃあ、先輩のリュックはどうしてシマシマなんですか?」
「んー、なんか可愛いから?」
 そんなことどうでもいい、とでも言いたげな先輩は、ベンチから立ち上がってまた俺の腕を引っ張った。嬉しそうな表情のまま「カラオケ!」と叫ぶ。次こそはカラオケに行くらしい。
 前回は沢渡の邪魔が入って、なかったことになっている。それを今度こそ成功させたいんだと、先輩は意気込んだ。

「学生2名。1時間でお願いします」
「2名? お連れ様は、後から来られますか?」
「え、隣にいますよ?」
「え?」
 以前も抱いた違和感が再来する。
 前もそうだったけれど、俺以外の人にはアキラ先輩の姿が見えていないように思う。
 今もそうだった。
 カラオケの受付で人数を言うも、どうやら店員には俺しか見えていないらしい。
 どういうことかとアキラ先輩を問いただしたけれど、先輩は笑うだけで何も言わない。
 店員の顔は真っ青になっていた。

「ちょっと、アキラ先輩。何か様子がおかしいんですけど」
「良いじゃないか。君ひとり分の料金で入れたわけだし!!」
「それは良いと言えないんですよ!」
 3階の角部屋に通された。
 平日の昼間だ。カラオケ店にあるまじき静けさが、このフロアを包み込む。
 アキラ先輩は笑いながら真っ先に部屋へ入り、端末を操作する。
 俺になんの断りもなく曲を入れ、マイクを握っていた。
「え、先輩。もう歌うんですか?」
「歌っちゃうよ~!」
 マイク越しに言葉を発し、無駄に決めポーズをする。
 曲は最近流行りのロックバンドのものだった。
 吹奏楽部の中でも、好きな人多かった気がする。それこそ、一宮先輩もこのロックバンドが好きだ。
 俺はよくわからなかったけれど、先輩が好きなら聞いてみようかなって思って、たったそれだけの理由でアルバムを買った。
 いい曲だったけれど、好きというほどにはなれなかったことを、ふと思い出す。
 アキラ先輩が曲のイントロに合わせて笑った、その一瞬。
 明るい満面の笑顔に、ほんのすこしだけ寂しさが混ざった気がした。