『ねぇ、神崎。オレらが部活を引退したらさ、神崎が部長になるわけじゃん?』
『そうですね』
『神崎が部長なら安心だよ。吹奏楽部、任せたよ』
『もちろんです。一宮先輩が守ってきた吹奏楽部、大切に引き継ぎます』
日曜日の昼間。3年生が主役のラスト演奏会が終わったあとだった。帰る方向が同じの俺と一宮先輩は、駅に向かって歩いていた。先輩には可愛がってもらっていたけれど、こうやって一緒に帰るのは久しぶりだった。
『あ、信号変わった』
『はいっ』
その瞬間、タイヤとアスファルトが強く擦りあう音が聞こえた。『なに?』と思い、立ち止まった俺と、気にせず歩き続けた先輩。
強烈な音が街中に響き、連動するように人の悲鳴が飛び交い始めた。
青空の元、あまりの騒ぎに鳥たちも飛び立ち、辺りは騒然とする。
俺よりもすこし前を歩いていた一宮先輩は、一瞬でその場から姿を消した。
俺は固まったまま動けなかった。
その場に立ち尽くしたまま、横断歩道の白を呆然と見つめた。
シマシマは、いつまで経ってもシマシマだった。
一宮先輩は、肩まで伸びた柔らかそうな髪が特徴的だった。
物腰が柔らかくて、穏やかで優しい。部員のことは苗字で呼び捨てしていたけれど、それすらも声に優しさが込められていた。
先輩はホルンを吹いていた。
別に俺は吹奏楽なんて興味はなかったけれど、部活紹介のときにステージ上でホルンを演奏していた一宮先輩が、あまりにもカッコよかった。
吹奏楽にどんな楽器があるのかすら知らなかったけれど、俺は一宮先輩に憧れて吹奏楽部に入部したのだ。
優しい先輩がたくさん教えてくれたし、俺も必死になって練習をした。
その甲斐あって1年の終わりころには上達したし、憧れの一宮先輩と演奏会に出られるくらいになった。
どんなときでも思い出す。
風に揺れた髪の奥で、一宮先輩はいつも優しく笑っていた。先輩と言えば、笑顔がほんとうに素敵だった。
一宮先輩は、ずっと俺の憧れだった。
『ちょ、誰か救急車!!』
『AEDも!!』
『早く、早く!!』
いつも通りの通学路が喧騒に包まれる。
近くを歩いていた人がみんな駆け寄り、車からも何人か人が下りてくる。
横断歩道から数メートル離れた車道上に、見慣れない人だかりができる。
なんだろう、何があったんだろう。
そういえば、一宮先輩はどこに行ったんだろう?
さっきまで一緒に帰っていた気がするけど、もしかして俺の夢だったのかな?
先輩、先輩。
一宮先輩、どこですか?
『君、あの子と一緒の学校!?』
『え?』
『君の前にいたよね、どうなの!?』
『あ、え、あ……えっと……』
——知りません。俺は、ひとりでした。
3年生が主役のラスト演奏会が終わり、俺は直帰せずに寄り道をしたんだ。
そうだ。
一宮先輩は一緒に帰ろうと言ってくれたけれど、まっすぐ帰らないのは申し訳ないから、別々に帰ろうって話していたんだ。
先輩、もう先に帰っているんだ。
先輩は、ここにいなかったんだ。
『俺は……何も知りませんね』
それだけを告げて、シマシマの上をまた歩き始める。
シマシマ、シマシマ。
横断歩道は、どうしてシマシマなんだろう?
シマシマ、シマシマ。
そうだ、明日こそは一宮先輩と帰ろう。そして、寄り道をするんだ。
先輩、期間限定の『いちご抹茶チョコレート』のドーナツが食べたいって言ってたよね。



