「解離性健忘——な、気がします。もちろん私は医者ではないから、断定はできないけど」
「つまり、医者に診てもらった方がいいということですか?」
「そう思います。早い方がいいですよ」
また翌日、学校に着いた瞬間、関本先生の手によって保健室に連行された。
中にいた保健室の先生は、俺に複数の質問をして、小さく溜息をつく。その行動が、冒頭の言葉へと繋がるのだった。
「目の前で起きた事故から心を守ろうとする、防衛反応です。たぶん——って、私では推測しかできませんけれども、よくない状況であるのは間違いないです」
保健室の先生も関本先生も、悔しそうに顔を歪めた。
ふたりの会話が理解できなくて、ただ小さく首を傾げる。その様子を見た関本先生は、さらに表情を歪ませた。
——アキラ先輩って、苗字なんですか?
なんで、気になる?
——俺の尊敬する先輩は、一宮晃っていうんです。
奇遇だね、オレもそうだよ。同じ名前だね。
——でも、髪型が違います。
まぁ、そうかも。すこし昔のオレだからね。
なんだか、悪い夢を見たような気がする。
一宮先輩とアキラ先輩のふたりが、真っ暗闇の中で浮いている。
ふたりのあいだには横断歩道のシマシマがあって、ふたりは同じシマシマのリュックを背負っている。
シマシマ、シマシマ。
横断歩道はなぜシマシマなのか、ふたりのリュックはなぜシマシマなのか。
シマシマを盾と蓋にして、思い出したくない記憶をシマシマで防御する。
——一宮先輩とアキラ先輩って、どういう関係ですか?
そうだね、簡単に言えば……オレたちふたりとも、一宮晃ってことかな。
「ところで、神崎。あの日、オレと一緒に帰っていたよね。まさかさ、青信号なのに車が突っ込んでくるとは思わなかったけれどさ、あのとき、どうして君はオレを見捨てたの?」
「……違う、あのとき俺は……一宮先輩と帰っていません」
「そうやって見たくない現実に背を向けて、事実を改変する。もし君があのとき、気づいてすぐに助けてくれたら……もし君があのとき、車の存在に気づいて引き止めてくれていたら……」
死なずに、生きられたかもしれないのにね?
「……違う、俺は……俺は先輩と帰ってなんか——」
そう言いかけた瞬間、耳の中で何かがぱちんと弾けたような音がした。
一宮先輩か、アキラ先輩か。どちらなのかわからないけれど、オレを責め立てる声が、途中でふっと途切れる。
あれほど鮮明に聞こえていた声が、急に遠ざかっていった。
視界の端で、白と黒が揺れる。
横断歩道のシマシマが滲んで、世界そのものがストライプ模様に崩れ始める。
「……やめてください、先輩」
自分でも驚くほど弱い声だった。
先輩は笑う。いつもの無邪気な笑顔だったけれど、どこか薄くて、含みのある笑いだった。そんな笑顔が、光の中でゆらりと歪んだ気がした。



