気がつくと、朝。慌てて起きると、ローテーブルで祖父母がクラックロールを食べていた。
「まごまごのパンは、美味しいなあ」
「ばあちゃん言ったやろ。まごまごは、本当は料理が上手なんやて」
ふたりとも、涙ぐんでいた。
「じいちゃん、ばあちゃん、ありがとう」
俺も感極まりそうになったが、祖父母と一緒に朝食を摂る閑真を見て、涙が引っ込んでしまった。
「あ、おはようございます」
王子様の朝食は、郡上味噌を添えた納豆ご飯。彼が納豆好きなのは知っているけど、すんごいギャップ。でも俺は、この彼が好きなのだ。
「おはようございます」
この場に祖父母がいなければ、とびつきたいくらいに。
多治見は朝から暑い。エアコンの効いた家から出ると、熱気と日差しに体がおかしくなりそうだ。
「素敵な場所だね」
いつのことだか、彼が話してくれたことがある。地元の鬼瓦の工房から見えた窯の煙のことを。
「焼き物の会社を見ると、幼い頃を思い出す。あんな家庭だけど、地元は嫌いじゃなかった」
来たバスに乗り、山道を上ったり下ったりしてゆく。
多治見の笠原地区は、何の変哲もない山の中にタイルの窯が点在する。バスの向こうにタイルの工場を見つける閑真は、宝探しをする子どものように楽しそうだ。
モザイクタイルの美術館で降り、粘土を捏ね上げたような形の建物に驚いた閑真は、タイルアートが余程珍しいと見えて、スマートフォンで写真を撮りまくる。意外な光景だった。美術館自体は大きくないので、見学に1時間かからず、次の場所に向かう。そちらは、美濃焼の現代アートの美術館だ。
美術館の敷地でバスを降り、失敗したと思った。山を切り崩して建てた美術館へは、トンネルを通らないと入館できない。そのトンネルが、結構長いのだ。俺は迷わず、閑真の手を取った。
「走ろう!」
彼が恐怖を覚えないうちに、トンネルを一気に駆け抜ける。汗だくでトンネルから出ると、閑真は息を切らせながら笑った。
「言い忘れてた、かもしれないけど……昼間のトンネルは怖くないんです」
しまった。彼が怖いのは、夜だけだったか。
「あなたは、優しいですね。大好きです俺の隣に居てくれる、あなたが。怖いものを取り除こうとしてくれる、あなたが」
この王子様は、俺を熱中症で押し倒したいのか。でも、俺だって、自分の口から伝えたい。
「俺も、閑真が大好きだよ。俺に『大丈夫』って宥めてくれた閑真が。甘えてくれる、閑真が」
彼は大層暑そうにTシャツの襟をぱたぱたさせる。鎖骨が艶っぽい。暑いのは事実なので、口説き合いは中止して美術館の建物に入った。
「地元の美術館で陶芸がこんなに見られるなんて、良いですね」
「普通は、こんなに無いの?」
「うちの地元は、土器や埴輪ばかり」
「何それ、かえって興味が湧く」
「そのうち行きましょう」
「行きたい」
結局、他愛もない会話をして館内を一周し、退館。またあのトンネルを通る。誰も見ないだろうからって、手をつないで。
「そういえば、まだ教えてもらってない」
トンネルの中で、彼の声が綺麗に響く。
「一個人がどうとか」
「なんだっけ、それ」
それぞれが別個の一個人だから。数なんかじゃない。閑真は、閑真。閑真も、別個の一個人で、俺に必要なひと。
「……閑真は、俺に必要なひと」
本当は、忘れていない。恥ずかしくて、言えないだけ。
「カットし過ぎかと」
「結構肝心なところ言ったんだけど!?」
「思い出してもらおうかな」
トンネル内は、俺達以外誰もいない。俺はトンネルの土壁に寄せられてしまう。薄暗いトンネルの中で、彼の綺麗な顔が近づく。俺は自ら顔を寄せ、唇を重ねた。
「……昼飯に付き合ってくれたら、思い出す」
「昼飯」
「焼き肉か、しゃぶしゃぶか、お好み焼き」
「……付き合う」
「決まりだね」
不謹慎だが、トンネルを出るのが惜しいと思ってしまう。もう少し、ふたりきりで居たい。誰もいないのを良いことに、俺は彼の腕に抱きついて、つかの間の時間を味わった。
「まごまごのパンは、美味しいなあ」
「ばあちゃん言ったやろ。まごまごは、本当は料理が上手なんやて」
ふたりとも、涙ぐんでいた。
「じいちゃん、ばあちゃん、ありがとう」
俺も感極まりそうになったが、祖父母と一緒に朝食を摂る閑真を見て、涙が引っ込んでしまった。
「あ、おはようございます」
王子様の朝食は、郡上味噌を添えた納豆ご飯。彼が納豆好きなのは知っているけど、すんごいギャップ。でも俺は、この彼が好きなのだ。
「おはようございます」
この場に祖父母がいなければ、とびつきたいくらいに。
多治見は朝から暑い。エアコンの効いた家から出ると、熱気と日差しに体がおかしくなりそうだ。
「素敵な場所だね」
いつのことだか、彼が話してくれたことがある。地元の鬼瓦の工房から見えた窯の煙のことを。
「焼き物の会社を見ると、幼い頃を思い出す。あんな家庭だけど、地元は嫌いじゃなかった」
来たバスに乗り、山道を上ったり下ったりしてゆく。
多治見の笠原地区は、何の変哲もない山の中にタイルの窯が点在する。バスの向こうにタイルの工場を見つける閑真は、宝探しをする子どものように楽しそうだ。
モザイクタイルの美術館で降り、粘土を捏ね上げたような形の建物に驚いた閑真は、タイルアートが余程珍しいと見えて、スマートフォンで写真を撮りまくる。意外な光景だった。美術館自体は大きくないので、見学に1時間かからず、次の場所に向かう。そちらは、美濃焼の現代アートの美術館だ。
美術館の敷地でバスを降り、失敗したと思った。山を切り崩して建てた美術館へは、トンネルを通らないと入館できない。そのトンネルが、結構長いのだ。俺は迷わず、閑真の手を取った。
「走ろう!」
彼が恐怖を覚えないうちに、トンネルを一気に駆け抜ける。汗だくでトンネルから出ると、閑真は息を切らせながら笑った。
「言い忘れてた、かもしれないけど……昼間のトンネルは怖くないんです」
しまった。彼が怖いのは、夜だけだったか。
「あなたは、優しいですね。大好きです俺の隣に居てくれる、あなたが。怖いものを取り除こうとしてくれる、あなたが」
この王子様は、俺を熱中症で押し倒したいのか。でも、俺だって、自分の口から伝えたい。
「俺も、閑真が大好きだよ。俺に『大丈夫』って宥めてくれた閑真が。甘えてくれる、閑真が」
彼は大層暑そうにTシャツの襟をぱたぱたさせる。鎖骨が艶っぽい。暑いのは事実なので、口説き合いは中止して美術館の建物に入った。
「地元の美術館で陶芸がこんなに見られるなんて、良いですね」
「普通は、こんなに無いの?」
「うちの地元は、土器や埴輪ばかり」
「何それ、かえって興味が湧く」
「そのうち行きましょう」
「行きたい」
結局、他愛もない会話をして館内を一周し、退館。またあのトンネルを通る。誰も見ないだろうからって、手をつないで。
「そういえば、まだ教えてもらってない」
トンネルの中で、彼の声が綺麗に響く。
「一個人がどうとか」
「なんだっけ、それ」
それぞれが別個の一個人だから。数なんかじゃない。閑真は、閑真。閑真も、別個の一個人で、俺に必要なひと。
「……閑真は、俺に必要なひと」
本当は、忘れていない。恥ずかしくて、言えないだけ。
「カットし過ぎかと」
「結構肝心なところ言ったんだけど!?」
「思い出してもらおうかな」
トンネル内は、俺達以外誰もいない。俺はトンネルの土壁に寄せられてしまう。薄暗いトンネルの中で、彼の綺麗な顔が近づく。俺は自ら顔を寄せ、唇を重ねた。
「……昼飯に付き合ってくれたら、思い出す」
「昼飯」
「焼き肉か、しゃぶしゃぶか、お好み焼き」
「……付き合う」
「決まりだね」
不謹慎だが、トンネルを出るのが惜しいと思ってしまう。もう少し、ふたりきりで居たい。誰もいないのを良いことに、俺は彼の腕に抱きついて、つかの間の時間を味わった。


