オーブンの天使がささやく

 オーブンが終了時間を知らせた瞬間に、俺はオーブンを開け、ピザを出した。成形の段階で歪な円だったピザ生地は、歪なまま焼き上がった。閑真みたいに綺麗な円にならない。
 完成したピザは持ち帰り用の箱に入れて、お持ち帰り。
「まさか、ふたりしてピザだったとは」
「ピザパーティーですね」
「ピザに合う飲み物って、何だろう」
「駅に着いたら、スーパーに寄りましょう」
 当然のように閑真のアパートの最寄り駅で降り、当然のようにスーパーで買い物をして、どちらが買い物袋を持つか揉めた。
「俺が持つ!」
 俺の方が、走るのが早い。片手にピザの平べったい箱、片手に買い物袋を持って、まだ日の暮れない街を走る。当然のように、閑真のアパートに向かう道を。
 手ぶらのときと違い、両手が塞がっているといつものスピードが出ない。閑真に追いつかれ、肩を叩かれた。
「珍しいですね、あなたから誘ってくるのは」
「誘う?」
「無意識だったとでも」
 息を切らせる俺の腕に、閑真は息を切らせて抱きついてきた。Tシャツ越しに、鼓動が伝わる気がする。俺は両手が塞がっているから、されるがままだ。
「……そこまで考えていなかった」
「無意識で無防備、最高」
 荒い吐息と熱い頬が近づき、唇を奪われた。不意打ちに心構えなんてできず、びくんと震えてしまう。
「帰ろうか」
 腕を組まれたまま、俺は彼のアパートに連行された。
 エアコンをつけて部屋を涼しくし、ピザと冷たい飲み物でピザパーティー開始。ピザカッターは閑真が持っていた。
「お、俺、まじでピザ焼いちゃったよ……!」
 スタンダードなピザソースのピザにかぶりつき、自画自賛してしまう。閑真が、不安な目で俺を見る。
「なんか俺、変……?」
「……いいえ」
 否定したが、不安は拭えていないようだ。俺は照り焼きチキンのピザも食す。なんか、閑真が、おろおろしているように見える。多分、理由は、あれだ。俺はサイダーを一気飲みして少し食休みをする。
「俺さ、義父とラーメンをつくるときは、もやし担当やった。袋のもやしをざるに開けて、水で洗って、ざるから勢いで耐熱ボウルに移してラップをかけてレンチン。そのもやしは、食えた。もやしに一切素手で触れていないから。インスタントコーヒーや、ティーバッグの紅茶も、自分で淹れて飲める。素手で触れないから。そのことを、最近思い出した。それにプラスして、クッキングスタジオに通うようになって覚えた工夫で、結構自炊できるようになった。だから、俺は結構平気」
 閑真の愁眉が開いた。閑真も、ピザソースのピザを食べる。
「久々に食べたけど、スタンダードの味は何度でも食べたくなる」
「閑真も、習ったことがあるんだっけ」
「入会当時だから、3年前」
「3年経てば、俺も円いピザが焼けるかな」
「グランピング、もうじきですよね」
「本番が早過ぎる!」
 テレビもない、ラジオもない、外は車もそれほど走ってない。そんな静かなアパートの一室で、ふたりきりのピザパーティー。彼と過ごす時間が、愛おしい。
 ふたりで2枚のピザを食べ終え、静まり返った部屋で視線が絡む。閑真の細い指先が、俺の額、目尻、頬骨、顎を確かめるようになぞる。帰路でキスの不意打ちを食らったことを思い出した。続きが、欲しい。俺は彼と膝を詰め、膝に触れた。彼のもう片方の手が、俺の腰に触れ、服の裾を探す。
 暑いのに、汗びっしょりかいた後なのに、風呂で汗を綺麗に流したいのに、衛生的にアウトなことに頭が支配されてしまう。荒い吐息を絡め、口を吸って舌を絡め、あらわにした脚を絡める。彼に直に触れるこの瞬間が、たまらなく愛おしい。