改札を出て、ふと気づいた。俺は、段田と一緒になって閑真をいじめていたんじゃないかと。
閑真はどんな風に受け止めていたのかわからないが、今の彼は俺の手を求め、俺は彼に応じる。
駅の外の人通りはまばらだが、街灯のお蔭で暗くない。懐中電灯を持たずに夜の屋外を歩けるなんて、多治見では信じられない。
こんな夜なら俺は怖くないが、閑真の手はまだ震えていた。
「……振り解いてくれて、構わない」
「振り解くかよ。良心が痛む」
こんなに怖がって手を伸ばした者を見捨てるなんて、とてもできたものじゃない。解くまいと、手に力を入れてしまった。
「……もう少し、甘えても良いかな」
「どうぞ」
俺の許可なんか要らないのに。そう思ったら、閑真は指を絡めてきた。
体中の血液が一瞬で沸騰したかと思った。おい!なんて叫ばなかった俺を、誰か褒めてほしい。でも、なんか、ちょっと、嫌ではない。指を絡めて手をつないだのは、生まれて初めてだ。
「振り解いてくれて、構わない」
「振り解くかよ。良心が痛む」
良心が痛むのは、本当だ。でも、違う理由で、このままでいたいと思ってしまった。陽依ではなく、滝本でもなく、閑真となら、構わないと思ってしまった。
「俺は、段田を止められなかった。あんたをいじめていたようなもんや。本当に、ごめんなさい。罪滅ぼしにもならないけど、自己満足のために善行をさせてほしい」
「あなたになら、いじめられても良い」
「は!?」
声が裏返り、一瞬だけ立ち止まってしまった。シュークリームの箱を落とさなくて良かった。
「段田って、パンの体験教室にいた元気があり余る女子のことだったね。あんなのは、雑音。クラックロールの表面が割れる音の方が、美しい」
「うん、まあ、そうだけど」
段田が、雑音。爽快なほど言い切ったな。
「あなたは、クラックロールの音を聞こうとしてくれた。似た感性の人がいたみたいで、嬉しかったよ。あなたは、いじめてなんか、いない。あなたになら、いじめられても良い」
「なんで話がそこに行き着くの」
いつの間にか、閑真は手の震えが止まり、喋り方も滑らかになった。
「あなたは、優しくて、無防備だね」
アパートの前の街灯の下で、閑真は立ち止まった。指を絡めたままの手を上げ、自身の唇に持っていく。俺の指が、彼の唇に触れた。
あのときのことを思い出した。母の発言を思い出してパニックになった俺を、「ショック療法」で宥めてくれた閑真を。
「こんなに優しくされると、エスカレートしますよ、俺は」
唇の感触を思い出さないようにしていたのに、また思い出してしまった。あの柔らかさが心地良かったなんて、思わないようにしていたのに。指先に触れた唇も、柔らかくて心地良い。
「エスカレート、ですか……?」
「エスカレート、ですよ。嫌な思いをさせてしまうかもしれないのに」
閑真が喋り、指先で言葉を感じてしまう。
「これまで、他人と関わるのが苦手で、気を遣わせてお互い嫌な思いをするくらいなら関わらないのが最良だと思ってた。あなたにはお友達がいるから、俺は必要ないんじゃないかって」
唇が震えている。綺麗な瞳も、涙が復活している。
「……駄目ですね、俺は。これで教員志望とか、自分で笑える」
わらってなんか、いない。逆だ。泣いている。
「甘えてよ。頼ってもらえるのは、嬉しいから」
俺だって、人と関わるのは苦手だ。気を遣わせて嫌な思いをするくらいなら、と身を引く気持ちも、わかる。でも。
「タッキーも、陽依ちゃんも、俺とつるんでくれるけど、それぞれが別個の一個人だから。数なんかじゃない。閑真は、閑真。閑真も、別個の一個人で、俺に必要なひと」
「待って……っ、それ、メモするから……っ」
閑真は、指を絡めてつないだ手を一瞬で話し、スマートフォンを出した。
「もう一回、お願いします」
「もう一回!? 俺、何て言ったっけ? 一個人が、何て……?」
「それぞれが」
「それぞれが一個人?」
「多分、もっと長い」
「え!?」
「思い出したら、教えてほしい。夜は長いから」
閑真はスマートフォンをしまい、鍵を取り出した。もしかして、俺、お泊りコースですか?
閑真はどんな風に受け止めていたのかわからないが、今の彼は俺の手を求め、俺は彼に応じる。
駅の外の人通りはまばらだが、街灯のお蔭で暗くない。懐中電灯を持たずに夜の屋外を歩けるなんて、多治見では信じられない。
こんな夜なら俺は怖くないが、閑真の手はまだ震えていた。
「……振り解いてくれて、構わない」
「振り解くかよ。良心が痛む」
こんなに怖がって手を伸ばした者を見捨てるなんて、とてもできたものじゃない。解くまいと、手に力を入れてしまった。
「……もう少し、甘えても良いかな」
「どうぞ」
俺の許可なんか要らないのに。そう思ったら、閑真は指を絡めてきた。
体中の血液が一瞬で沸騰したかと思った。おい!なんて叫ばなかった俺を、誰か褒めてほしい。でも、なんか、ちょっと、嫌ではない。指を絡めて手をつないだのは、生まれて初めてだ。
「振り解いてくれて、構わない」
「振り解くかよ。良心が痛む」
良心が痛むのは、本当だ。でも、違う理由で、このままでいたいと思ってしまった。陽依ではなく、滝本でもなく、閑真となら、構わないと思ってしまった。
「俺は、段田を止められなかった。あんたをいじめていたようなもんや。本当に、ごめんなさい。罪滅ぼしにもならないけど、自己満足のために善行をさせてほしい」
「あなたになら、いじめられても良い」
「は!?」
声が裏返り、一瞬だけ立ち止まってしまった。シュークリームの箱を落とさなくて良かった。
「段田って、パンの体験教室にいた元気があり余る女子のことだったね。あんなのは、雑音。クラックロールの表面が割れる音の方が、美しい」
「うん、まあ、そうだけど」
段田が、雑音。爽快なほど言い切ったな。
「あなたは、クラックロールの音を聞こうとしてくれた。似た感性の人がいたみたいで、嬉しかったよ。あなたは、いじめてなんか、いない。あなたになら、いじめられても良い」
「なんで話がそこに行き着くの」
いつの間にか、閑真は手の震えが止まり、喋り方も滑らかになった。
「あなたは、優しくて、無防備だね」
アパートの前の街灯の下で、閑真は立ち止まった。指を絡めたままの手を上げ、自身の唇に持っていく。俺の指が、彼の唇に触れた。
あのときのことを思い出した。母の発言を思い出してパニックになった俺を、「ショック療法」で宥めてくれた閑真を。
「こんなに優しくされると、エスカレートしますよ、俺は」
唇の感触を思い出さないようにしていたのに、また思い出してしまった。あの柔らかさが心地良かったなんて、思わないようにしていたのに。指先に触れた唇も、柔らかくて心地良い。
「エスカレート、ですか……?」
「エスカレート、ですよ。嫌な思いをさせてしまうかもしれないのに」
閑真が喋り、指先で言葉を感じてしまう。
「これまで、他人と関わるのが苦手で、気を遣わせてお互い嫌な思いをするくらいなら関わらないのが最良だと思ってた。あなたにはお友達がいるから、俺は必要ないんじゃないかって」
唇が震えている。綺麗な瞳も、涙が復活している。
「……駄目ですね、俺は。これで教員志望とか、自分で笑える」
わらってなんか、いない。逆だ。泣いている。
「甘えてよ。頼ってもらえるのは、嬉しいから」
俺だって、人と関わるのは苦手だ。気を遣わせて嫌な思いをするくらいなら、と身を引く気持ちも、わかる。でも。
「タッキーも、陽依ちゃんも、俺とつるんでくれるけど、それぞれが別個の一個人だから。数なんかじゃない。閑真は、閑真。閑真も、別個の一個人で、俺に必要なひと」
「待って……っ、それ、メモするから……っ」
閑真は、指を絡めてつないだ手を一瞬で話し、スマートフォンを出した。
「もう一回、お願いします」
「もう一回!? 俺、何て言ったっけ? 一個人が、何て……?」
「それぞれが」
「それぞれが一個人?」
「多分、もっと長い」
「え!?」
「思い出したら、教えてほしい。夜は長いから」
閑真はスマートフォンをしまい、鍵を取り出した。もしかして、俺、お泊りコースですか?


