かく言う俺も、アルバイトを始めた。駅ビルの書店である。クッキングスタジオも入っている商業施設だ。大学からは最初の乗り換えの駅でもあるため、顔見知りにも会う。この商業施設内でアルバイトしている学生も多いらしい。
高校はアルバイト禁止ではなかったが、高校生の募集自体が少なかったため、俺はアルバイトをしたことが無かった。人生で初めて労働という行為をすることになる。
ペーパーレス、電子書籍、本離れ、なんて耳にするようになって何年も経つが、紙の本を求める人が意外と多いことに驚いた。
こう言っては偏見になってしまうが、公共交通機関を利用して生活する人は文化的な暮らしをしている。寄り道せよ、と言わんばかりに魅力的な店が駅の近くに並び、通勤通学の最中に心の栄養を補給できる。田舎で車で移動して生活していると、ふらりと寄り道しない。書店は、紙の書籍を販売しているだけでなく、心の栄養も提供している。俺も、採用される前から、書店に立ち寄ることで心の充電をさせてもらっていた身だ。新刊やポップを眺めたり、気になる本を検索する人の気持ちがわかる。
段田は電子書籍一択と豪語して憚らないが、滝本と陽依は紙の書籍派である。陽依の場合、ブルーライトが苦手らしく、講義の間はブルーライトカットの眼鏡をかけてタブレットを使っているくらいだ。俺は田舎暮らしに慣れ過ぎて、電子書籍という選択肢がなかったから、今も本といえば紙派である。
17時にシフトに入り、耳の遠い老人の代わりに検索機で在庫検索。漫画を30巻まとめ買いしたお客様のご要望で30冊全てにカバーをかける。変な動きをしている客がいないか巡視。
業務はひとりでは不安だが、先輩は俺のことを褒めてくれる。特に、高齢者の対応は上手いらしい。先輩の言葉が本当なら、田舎暮らしのお蔭で高齢者と接する機会が多かったことが生かされている。
同じ大学の社会福祉学科の先輩は、メモまで用意して目を輝かせる。
「コツとかあったら、まじで知りたい。俺は専門が障害者福祉なんだけど、実習でゆっくり話したり大きな声を出そうとしても、なかなか利用者に伝わらなかったんだ。どういうことに気をつければ良い?」
先輩は茶髪でメイクもしているが、根は真面目である。ピアスも開けていない。
「えっと」
まさか先輩に教えることになるとは予想しておらず、答えに困る。このタイミングで近くに客もいないから、話を逸らすこともできない。
話を逸らすことができないか目を泳がせると、通路にいた男子と目が合った。全然近くない距離に、生方閑真がいる。会うのはあの日以来、2週間ぶりだ。
「あれ、噂の教育学部の子だよね? めっちゃ綺麗なんだけど、モデルでもやってんの? なんで1年生の間で評判が悪いの?」
先輩も閑真の顔は知っていたらしい。
閑真はまっすぐ書店に入り、迷うことなく俺達のところまで来た。
「仕事、何時に終わります?」
形の綺麗なアーモンドアイが、俺をロックオンしている。
「9時です」
先輩の退勤は18時の予定だ。先輩が、俺の退勤予定時刻である21時を答えた。
「ここで待ち合わせしたら、迷惑ですか?」
「そんなこと、ないっすよ」
これも、先輩が答える。
「ありがとう……っ」
閑真は両手で俺の手を握り、頭を下げた。
「じゃあ、今日21時に」
閑真が指定した場所は、書店の前でなく、各店舗のスタッフがフロアに出入りする通用口の近くだった。閑真はきびすを返し、書店から出てゆく。
「俺、余計なことをした? 追いかけて謝ってくる!」
「そんなこと、ないです。大丈夫です」
余計なんかじゃない。退勤までの時間が長く感じられた。閑真が必死に見えたのが気になったが。
高校はアルバイト禁止ではなかったが、高校生の募集自体が少なかったため、俺はアルバイトをしたことが無かった。人生で初めて労働という行為をすることになる。
ペーパーレス、電子書籍、本離れ、なんて耳にするようになって何年も経つが、紙の本を求める人が意外と多いことに驚いた。
こう言っては偏見になってしまうが、公共交通機関を利用して生活する人は文化的な暮らしをしている。寄り道せよ、と言わんばかりに魅力的な店が駅の近くに並び、通勤通学の最中に心の栄養を補給できる。田舎で車で移動して生活していると、ふらりと寄り道しない。書店は、紙の書籍を販売しているだけでなく、心の栄養も提供している。俺も、採用される前から、書店に立ち寄ることで心の充電をさせてもらっていた身だ。新刊やポップを眺めたり、気になる本を検索する人の気持ちがわかる。
段田は電子書籍一択と豪語して憚らないが、滝本と陽依は紙の書籍派である。陽依の場合、ブルーライトが苦手らしく、講義の間はブルーライトカットの眼鏡をかけてタブレットを使っているくらいだ。俺は田舎暮らしに慣れ過ぎて、電子書籍という選択肢がなかったから、今も本といえば紙派である。
17時にシフトに入り、耳の遠い老人の代わりに検索機で在庫検索。漫画を30巻まとめ買いしたお客様のご要望で30冊全てにカバーをかける。変な動きをしている客がいないか巡視。
業務はひとりでは不安だが、先輩は俺のことを褒めてくれる。特に、高齢者の対応は上手いらしい。先輩の言葉が本当なら、田舎暮らしのお蔭で高齢者と接する機会が多かったことが生かされている。
同じ大学の社会福祉学科の先輩は、メモまで用意して目を輝かせる。
「コツとかあったら、まじで知りたい。俺は専門が障害者福祉なんだけど、実習でゆっくり話したり大きな声を出そうとしても、なかなか利用者に伝わらなかったんだ。どういうことに気をつければ良い?」
先輩は茶髪でメイクもしているが、根は真面目である。ピアスも開けていない。
「えっと」
まさか先輩に教えることになるとは予想しておらず、答えに困る。このタイミングで近くに客もいないから、話を逸らすこともできない。
話を逸らすことができないか目を泳がせると、通路にいた男子と目が合った。全然近くない距離に、生方閑真がいる。会うのはあの日以来、2週間ぶりだ。
「あれ、噂の教育学部の子だよね? めっちゃ綺麗なんだけど、モデルでもやってんの? なんで1年生の間で評判が悪いの?」
先輩も閑真の顔は知っていたらしい。
閑真はまっすぐ書店に入り、迷うことなく俺達のところまで来た。
「仕事、何時に終わります?」
形の綺麗なアーモンドアイが、俺をロックオンしている。
「9時です」
先輩の退勤は18時の予定だ。先輩が、俺の退勤予定時刻である21時を答えた。
「ここで待ち合わせしたら、迷惑ですか?」
「そんなこと、ないっすよ」
これも、先輩が答える。
「ありがとう……っ」
閑真は両手で俺の手を握り、頭を下げた。
「じゃあ、今日21時に」
閑真が指定した場所は、書店の前でなく、各店舗のスタッフがフロアに出入りする通用口の近くだった。閑真はきびすを返し、書店から出てゆく。
「俺、余計なことをした? 追いかけて謝ってくる!」
「そんなこと、ないです。大丈夫です」
余計なんかじゃない。退勤までの時間が長く感じられた。閑真が必死に見えたのが気になったが。


