オーブンの天使がささやく

 染髪、イヤリング、ピアス禁止。スマートフォンの操作禁止。漫画の持ち込み禁止。弁当以外の食べ物の持ち込みと飲食禁止。高校の校則だ。キャンパスで明るい髪色の人を見かけたとき、そうだここは大学なんだ、と今更はっとさせられる。まだ俺は、厳しかった高校の生活が沁みついている。
 昼休みの空き教室、高校の校則の話が意外と盛り上がった。
「スマホ持ち込んで良かったの!? 緩くて良いなー」
 陽依が、のんびりと爆弾発言した。
「うちのとこは、事前申請しないとスマホ持ち込んじゃ駄目だったんだ。昔の卒業生で、他人のスマホを落として壊れて、学校側が民事訴訟で訴えられたことがあったらしくて」
「……そんな経緯があったら、持ち込み禁止になるわな」
 滝本が納得した。俺も頷いてしまった。
「うん。だから、入学時に、スマホの持ち込み許可の申請書を全員出すように言われた。で、全員申請が通った」
「それはそれで緩くないか!?」
「トラブルが起きたら自己責任ということで」
「学校の責任回避えぐいな」
 段田のグループからシャットアウトされてから、滝本も陽依も、よく喋るようになった。
「でも、学校側が責任を取れないから校則で禁止するって、わかる気がする。俺の母校は、バイクの免許取得が禁止だった」
「バイクに乗るのが禁止じゃなくて!?」
 今度は陽依が驚く番だ。
「2年連続で生徒の死亡事故が起こってしまって、親は学校に責任を負わせる気はなかったらしいんだけど、学校が徹底して禁止したんだって。3年生で車の免許を取らないといけない人は、何度も面談させられたよ」
「タッキーも?」
「やった。あれは尋問だった」
 滝本は、もう思い出したくないようだった。無理矢理話題を変えてくる。
「こんなこと訊いちゃ駄目かもしれないけど、陽依ちゃん、女子と一緒じゃなくて良いの?」
 それは、俺も思っていたことだった。陽依は、女子とつるむことがなく、俺や滝本と一緒にいる。
 陽依は、困ったように笑った。
「……女子って、段田さんの信者が多くて」
 わかるー。段田は苛烈で被害者意識が強く、周りの女子が心配して世話を焼くのだ。段田が発信する噂話も率先して拡散する。そのせいで、他学部の閑真が評判を落とされ、俺達もグループから弾き出された。
 段田が陽依を嫌うようになった理由は、閑真の肩を持っただけではない。
 陽依は、群馬県の太田市出身。目が大きく、ぱっと見ただけでもフランス人形みたいだ。父親はバングラデシュ人で、菊原は母親の苗字。下の名前の読み方が段田と同じで、苗字は圧倒的に「菊原」の方が美しい。それだけでも段田の怒りを買ったのに、曲がったことは嫌いで陰口を言わない性格とのギャップに男子の受けが良く、段田の怒りの炎に油を注ぐことになっている。
「サークルは?」
 俺も訊いてみた。
「いくつか見学したけど、ちょっと……飲み会ばっかりで」
 陽依は、将来キッチンカーをやりたいそうだ。料理研究会や製菓のサークルを見学したけど、今ひとつだったみたいだ。
「でも、アルバイトやってるよ。配送会社の集荷場の事務。社会経験になると思って」
 このビジュアルを生かしてカフェで接客をしたら人気が出るのではないかと思ったが、言わなかった。陽依なりに頑張っているからだ。
「でも、やりたいこともあって」
 陽依はこれ以上言わなかった。
 今日の校則の話題は、閑真がいたら興味深く聞いてくれたのではないかと思う。閑真とは、あの日以来会っていない。