連休明けのキャンパスは気怠い空気が漂っていた。
1限目も2限目も、後ろの席から、段田達がくすくす笑う声が聞こえた。聞こえないふりをしても、気になってしまう。閑真も後ろ指を差されて、こんな気持ちだったのだろうか。
2限が終わり、俺は早足で食堂に向かった。失敗した。食堂は、今まで段田達と昼休みに利用していた場所だ。学内のコンビニに移動しようと決め、学生でごった返す食堂から出ようとしたとき、声をかけられた。
「いた!」
いた、と、確かに言われた。だが、周囲が騒がし過ぎて声の主が判別できない。
「良かった。会えなかったら、どうしようかと思った」
袖を引かれ、振り返ると、そこに閑真がいた。マスクは着けていない。
「玉ねぎとカレーソースのパン、焼いてきた」
「まじで! 食べ……」
食べたい、そんなこと言えない。
「食べてほしい。感想が聞きたい」
近くの学生が閑真にぶつかり、閑真が俺に抱きついた。
「……良い匂い。シャープの香り」
髪に顔を埋められた気がしたが、気のせいだ。ふっと吐息がかかった気がしたが、気のせいだ、気のせい。
「生方閑真さんよ、行こうよ。どっか席を取らないと」
「そうだね」
食堂を出ると、段田と鉢合わせてしまった。
「あ!」
段田は、鬼の形相だ。
「行くべ。昼休み終わっちゃう」
閑真は俺の腕を引き、走る。俺も釣られて、走る。
「ふっざけんなよ!」
段田の叫び声が、背中にぶつかる。
「家庭科の教員志望のキモい男と、うちらのこと無視するモラハラ野郎が、手を組みやがって! 加害者同士が結託するなんて、許さない!」
家庭科の教員志望。それが、段田が閑真を毛嫌いして排除しようとする理由だった。俺には理解できない。
屋外のベンチを見つけ、腰を下ろした。
「……悪かった、強引に連れ出して」
閑真は、俯いて肩で息をする。
「……俺こそ、迂闊だった。あんたに、嫌なこと聞かせちゃった」
俺も、息が上がって整わない。
「同じ学科の人、いないの?」
友達いないの?と訊いたつもりだ。
「いないです、コミュニケーションが下手くそで。教員志望なのに」
閑真は、ラップに包んだパンを渡してくれた。形状は、体験教室の玉ねぎブレッドと同じ、ひと結びして端を穴にねじ込んだ形。フライドオニオンが練り込まれている。生地は、カレー色のストライプだ。食べてみると、カレー色の部分は、カレーソースだ。
「すご! カレーソース、どうやって入れたの?」
「一次発酵の後、生地を2等分して、四角く広げる。カレーソースを塗ってサンドして、生地をスケッパーで細長く切る」
「天才かよ」
俺には想像がつかない。
「大袈裟だよ。試作で連休が潰れた。自分、不器用なんで」
「いやいや、美味いよ」
不器用なものか。努力の天才だ。
「体験教室のレシピみたいにソースをかけると、持ち運びに気を遣うから、ソースを生地に入れられないか考えたんだ……あなたには、食べることの楽しさを放棄してほしくないから」
面を上げて語る彼は、オーブンの前でクラックロールの「天使のささやき」を待つときの表情だった。だが、すぐに愁眉を寄せる。
「嫌われたらどうしようと、思ってたから……勝手にパンの研究して、食べてほしいとか、重いんじゃないかって」
「全然、全然。俺で良かったら、いつでも毒見するよ」
「良かった……っ、よか……っ」
形の綺麗な双眸から、玉のような涙がこぼれる。
「大丈夫! 大丈夫だから!」
背中をさすると、閑真は何度も頷く。
「いた! 探したよ!」
タイミング悪く、陽依に見つかってしまった。
「誰に泣かされた? こいつか? 段田か?」
コンビニのおにぎりを持った滝本も現れる。
「……彼に、泣かされました」
「こいつかー!」
滝本がベンチに無理矢理座り、俺の頭をぐりぐりするふりをする。
「もう大丈夫だよー」
陽依も無理矢理ベンチに座り、閑真の頭を撫でる。
必然的に膝を詰められ、閑真と肩を寄せることになってしまう。閑真と手が重なり、閑真の口元がふと綻んだ。柔軟剤の良い香りがした。
1限目も2限目も、後ろの席から、段田達がくすくす笑う声が聞こえた。聞こえないふりをしても、気になってしまう。閑真も後ろ指を差されて、こんな気持ちだったのだろうか。
2限が終わり、俺は早足で食堂に向かった。失敗した。食堂は、今まで段田達と昼休みに利用していた場所だ。学内のコンビニに移動しようと決め、学生でごった返す食堂から出ようとしたとき、声をかけられた。
「いた!」
いた、と、確かに言われた。だが、周囲が騒がし過ぎて声の主が判別できない。
「良かった。会えなかったら、どうしようかと思った」
袖を引かれ、振り返ると、そこに閑真がいた。マスクは着けていない。
「玉ねぎとカレーソースのパン、焼いてきた」
「まじで! 食べ……」
食べたい、そんなこと言えない。
「食べてほしい。感想が聞きたい」
近くの学生が閑真にぶつかり、閑真が俺に抱きついた。
「……良い匂い。シャープの香り」
髪に顔を埋められた気がしたが、気のせいだ。ふっと吐息がかかった気がしたが、気のせいだ、気のせい。
「生方閑真さんよ、行こうよ。どっか席を取らないと」
「そうだね」
食堂を出ると、段田と鉢合わせてしまった。
「あ!」
段田は、鬼の形相だ。
「行くべ。昼休み終わっちゃう」
閑真は俺の腕を引き、走る。俺も釣られて、走る。
「ふっざけんなよ!」
段田の叫び声が、背中にぶつかる。
「家庭科の教員志望のキモい男と、うちらのこと無視するモラハラ野郎が、手を組みやがって! 加害者同士が結託するなんて、許さない!」
家庭科の教員志望。それが、段田が閑真を毛嫌いして排除しようとする理由だった。俺には理解できない。
屋外のベンチを見つけ、腰を下ろした。
「……悪かった、強引に連れ出して」
閑真は、俯いて肩で息をする。
「……俺こそ、迂闊だった。あんたに、嫌なこと聞かせちゃった」
俺も、息が上がって整わない。
「同じ学科の人、いないの?」
友達いないの?と訊いたつもりだ。
「いないです、コミュニケーションが下手くそで。教員志望なのに」
閑真は、ラップに包んだパンを渡してくれた。形状は、体験教室の玉ねぎブレッドと同じ、ひと結びして端を穴にねじ込んだ形。フライドオニオンが練り込まれている。生地は、カレー色のストライプだ。食べてみると、カレー色の部分は、カレーソースだ。
「すご! カレーソース、どうやって入れたの?」
「一次発酵の後、生地を2等分して、四角く広げる。カレーソースを塗ってサンドして、生地をスケッパーで細長く切る」
「天才かよ」
俺には想像がつかない。
「大袈裟だよ。試作で連休が潰れた。自分、不器用なんで」
「いやいや、美味いよ」
不器用なものか。努力の天才だ。
「体験教室のレシピみたいにソースをかけると、持ち運びに気を遣うから、ソースを生地に入れられないか考えたんだ……あなたには、食べることの楽しさを放棄してほしくないから」
面を上げて語る彼は、オーブンの前でクラックロールの「天使のささやき」を待つときの表情だった。だが、すぐに愁眉を寄せる。
「嫌われたらどうしようと、思ってたから……勝手にパンの研究して、食べてほしいとか、重いんじゃないかって」
「全然、全然。俺で良かったら、いつでも毒見するよ」
「良かった……っ、よか……っ」
形の綺麗な双眸から、玉のような涙がこぼれる。
「大丈夫! 大丈夫だから!」
背中をさすると、閑真は何度も頷く。
「いた! 探したよ!」
タイミング悪く、陽依に見つかってしまった。
「誰に泣かされた? こいつか? 段田か?」
コンビニのおにぎりを持った滝本も現れる。
「……彼に、泣かされました」
「こいつかー!」
滝本がベンチに無理矢理座り、俺の頭をぐりぐりするふりをする。
「もう大丈夫だよー」
陽依も無理矢理ベンチに座り、閑真の頭を撫でる。
必然的に膝を詰められ、閑真と肩を寄せることになってしまう。閑真と手が重なり、閑真の口元がふと綻んだ。柔軟剤の良い香りがした。


