ギター馬鹿と、平凡くん

「すっげ」

 廊下の方から声がして、振り向く。
 理玖が真っ赤な顔で、スマホを構えていた。
 え。動画撮られてる?

「理玖! なんで撮ってるんだよ!」
「え、撮ってくれたの? マジ助かる」

 俺と三田の声が重なった。

「ハモってる」

 理玖が笑う。

「おい、消せ」
「待って、消さないで!」

「あははははは! ハモってる!」

……しつこい。

 ◇

 結局、その動画は一気に拡散された。
 廊下を歩いてると、知らない人が聞いてたりして、ビクッとなる。

 驚いたのは、理玖の編集が予想外にうまかったこと。
 それから、俺のテクニックゼロの歌に三田が完璧に合わせていたこと。

 もともと三田が人気者なのもあって、いま学校ではこの動画の話題で持ちきりだ。
 俺は必死に騒いだせいで、顔だけうまく隠されて「謎の人物」扱いになっている。
 三田は、制服の着崩し方で一瞬でバレてた。
 それはそれで、けっこう複雑な気分だ。
 何度も「それ、俺!」って言いたくなって、飲み込んだ。

 そして、この動画をいちばん見ているのは、たぶん俺だ。
 三田の声が気持ちよすぎる。
 自分の歌声は、なんか男前な感じで、いまだに慣れない。
 日に何回も見て、コメントチェックまでしてて、ちょっと自分でも引く。

 塾の帰り道。
 公園を通りかかったら、三田がいた。

「あ」

 三田はベンチに置いたギターを、ポンっと叩いた。

「親父に返してもらった」

「え?」

「貸してくれるって」

「何で急に……動画、見せたとか?」

「いや、動画はもう見てたっぽい」

 三田は肩をすくめて笑う。

「そっか。よかったな」

「うん」

 三田はうなずくと、当たり前みたいにギターを手に取った。

「じゃさ。せっかくだし、ちょっと合わせない?」

「今?」

「いまだよ」

 三田の軽いハミングと共に、弦が細くふるえる。
 その音だけで、俺はもう音の世界に入ってしまう。
 公園の街灯の下で、ギターと俺と三田の声が重なって、べつのなにかになる。

(……うわー、さいこう)

 俺はそっと目を閉じた。