ギター馬鹿と、平凡くん

 だけど、翌朝。
 教室には、別人みたいに色が抜けた三田がいて、俺は思わず目をこすった。
 目がおかしいのかと思って理玖を見ると、理玖も何か言いたげにこっちを見ている。
 昨日会ったばかりなのに。
 夜の間になにがあったんだ?

「あいつ、どうしたの?」

 理玖が小声で聞いてくるが、俺だってわからない。
 ぼーっと椅子に座っている三田の周りには、いつもの一軍男子たちが、所在なさげに立っている。
 どう接していいか分からないのか、近くにはいるものの、スマホをいじったり、やけにそわそわしていた。
 俺はリュックをロッカーにしまうと、その足で三田のもとに向かった。

「三田」

 声をかけると、三田が顔を上げた。
 目元が赤い。

「奏人……ごめんな」

 何か言いかけて、三田は泣きそうな顔で口をつぐんだ。
 ガタっと立ち上がり、そのまま廊下へ出ていってしまう。
 俺は、周りの視線に背中を押されるみたいに、とまどいながら、その後を追った。

 三田は、すぐそこにいた。
 泣いているわけでもないし、特別感情的になっているわけでもない。
 ぽつっと「ギター、もうないんだ。親父に持ってかれた」と言った。

 そのとき、不謹慎かもしれないけど、何かを必死で押し込めてそこに立っている三田の姿が、俺には息が詰まるくらい、きれいに見えて――
 気づいたら、手を引いていた。
 理玖に名前を呼ばれた気がしたけど、振り返る余裕はなかった。

「なに、どこ行くの?」

「音楽室」

「なんで。教室戻んないと」

「だめだ。今がいい」

 今なら、こいつと歌える。

「は? おい、奏人、急なキャラ変やめろって」

 そう言いながらも、三田はちゃんとついてくる。
 朝のホームルームの時間。
 もちろん音楽室には誰もいない。
 一歩中に入ると、音楽室のにおいがした。
 静寂と、期待のにおい。

「待ってて」

 俺は三田をその場に残して、隣の準備室に入った。
 前に掃除で、何気なくこの部屋に入ったことがある。
 そのとき、隅の方にギターがいくつか並んでいたのを見た。
 埃をかぶっているわけでもなくて、誰かがたまに使っているんだなって思った記憶がある。

「あった」

 そっと、ギターを持ち上げる。
 正直、どこを持てばいいのかさえ分からない。
 俺はその程度だ。
 もしかしたら壊れてて、使えないかもしれない。

……そしたら、あいつがっかりするよな。

 そんなことを考えていたら、後ろから三田が、スッとそれを手に取った。
 その手つきだけで分かる。
 これは壊れてない。
 きっと、きれいな音で鳴る。

「あっち行こ」

 三田に言われて、準備室を出る。
 ピアノの椅子にガタっと座って、三田は慣れた手つきでギターのつまみをいじり出した。
 片手でピアノを鳴らしながら、音を合わせる。
 そして、音楽のときに歌ったあの曲を弾きはじめた。

「待って! 準備できてない」
「だーめ。ほら、いくぞ」

 三田はニヤニヤしながら、前奏の最後を妙に感情込めて弾いた。
 俺を見て「せーの」って顔をする。

(うわ、マジかよ)

 逃げ道は、もうどこにもない。
 大きく息を吸う。音楽室の空気が、胸いっぱいに入ってくる。

「……っ」

 気づけば、声が出ていた。
 最初は声が震えていた。でも、進むうちに、さっきまで固まってた喉のあたりが、少しずつほどけていく。

 音楽の授業で歌ったときと、同じメロディー。
 だけど今は、谷崎もいないし、クラスメイトもいない。
 あるのは、ギターの音と、三田の気配だけ。

(あ、やば)

 サビに入る少し前、予感みたいなものが背中を駆け抜けた。
 俺の声が、自分じゃないみたいに伸びていく――そこにふっと、もう一つの音が重なった。
 高くて、細い、三田の声。
 俺の声をなぞって、寄り添って、押し上げてくる。

(これ……ハモってるってこと?)

 ギターと、俺と、三田の声が、ひとつの塊みたいになっていく。
 息が苦しいとか、恥ずかしいとか、そういうことを考えてる余裕は、もうなかった。
 最後のフレーズを歌い終わる。

 ギターの音が一本の細い線になって、すっと消える。
 音楽室に、静寂だけが残った。

 
「……うわ。やっば」
 
 つい声が漏れた。
 三田が息を弾ませながら、小さく笑う。

「ほらな。奏人、やっぱ歌うまいじゃん」

 三田はニヤッとした。

「……それに、オレもだいぶ良くね?」

 ギターを抱えたまま、嬉しそうに言う。

「てか、オレの声、おまえと絶対相性いいって思ってたんだよ!」