ギター馬鹿と、平凡くん

「えーと、今日の休みは三田だけだな。風邪がはやってるから、気を付けるように」

 担任の言葉に、俺は目を見開いた。
 俺のせい!?
 そんな考えが浮かんで、慌てて打ち消す。
 いやいや、関係ないし。
 なんでそんなふうに思うんだよ。そっちの方が変だ。

「……」

 ふと視線を感じて隣を見ると、理玖がじーっとこっちを見ている。

「え、なに?」

「奏人、三田となんかあった?」

「なんで!?」

「最近ちょくちょく交流あるし、今もすっごい顔してたから」

「顔……」

 結局俺は、中庭で弁当を食べながら、理玖にすべてを打ち明けることになった。

「奏人の動画ねー」

 理玖は唐揚げをほおばりながら言う。

「撮らせてあげればいいじゃん」

「は? 俺の動画なんて撮って……なにに使うの?」

 怖い。
 歌ってる姿を動画に撮られるなんて、嫌な予感しかしない。

「たぶんだけど、一緒に音楽やりたいだけじゃない?」

「……」

 意味が分からない。
 俺は、どちらかと言えば音楽とは無縁の人間だ。
 姉ちゃんも兄ちゃんも楽器を少しだけやってやめて、俺はそのまま「習い事なし」でここまで来た。
 みんなが流行の曲の話をしている時も、興味がなさすぎて、黙ってた。

「オレは分かるけどな。三田の気持ち」

 理玖がまた、訳の分からないことを言う。

「奏人、歌上手いし」

「……理玖。俺が歌ってるの聞いたことあった?」

「まぁ、音楽会のときとか」

 理玖は箸を止めて、少し考えるみたいに言葉を探した。

「奏人の歌声ってさ、怖いくらいまっすぐで、怖いんだよ」

「……褒めてる?」

「褒めてる……多分」

 そう言いながら、理玖は自分の発言にちょっとウケている。

「ほら、みんなさ、本気では歌わないじゃん。恥ずかしいし」

「まあ……たしかに」

 俺も、できるだけ目立たないようにしてる。

「でも奏人は、音楽のときだけはさ、そういうの一個もなくて。まっすぐ歌ってる感じがしてさ」

 理玖は、おかずの残りをつつきながら続けた。

「オレ、それ見ててヒヤヒヤしたもん」

「……そんなこと思ってたの?」

「思ってた。小学生のときから」

「そんな昔から!?」

 俺は、自分の知らなかった一面に驚きながら、空を見上げた。
 歌が、まっすぐ? なんだそれ。

(動画、撮ってみたら分かるのかな)



 放課後。

「佐伯ー」

 先生が、茶色い封筒を持って追いかけてくる。

「なんですか」

 俺は、その謎の封筒を眺めた。

「三田の家、おまえんちから近いから、このプリント届けてくれないか?」

「え、近いんですか?」

 そんな話、一度も聞いたことはないし、三田がどこに住んでるかなんて、考えたこともなかった。
 俺は地図をポケットに突っ込んで、学校からまっすぐ公園へ向かった。

 三田の家は、公園の南側らしい。
 公園の端から、細い小道が一本伸びている。

(……ここか?)

 ちょっとビビりながら進むと、急に視界が開けた。
 古い平屋がぽつんと建っていた。
 チャイムらしきものはないから、ドアをノックする。

……反応がない。

 ほんの少しだけ、肩の力が抜ける。
 次の瞬間、ガラッと玄関の戸が開いた。
 心臓が一気に跳ねる。
 出てきたのは、意外とちゃんとした、普通のおじいさんだった。

「だれかね」

 そう言った声を聞いて、はっとした。
 かすれていて、少し高めの声。
 どこかで聞いたことのある響き。

(……ああ、そうか)

 三田の声に、似てる。
 そっか。
 三田は、ここに住んでるのか。

「えっと、あの……」

 急に言葉が出てこなくなる。そもそも、なんで来たんだっけ、俺。

「三田くんのクラスメイトの、佐伯です」

 とりあえず名乗る。

「三田くん?」

 おじいさんが、ゆっくりと瞬きをした。

「ゆ、有弦(ゆづる)くんの……クラスメイト、です。あの、その……」

 言葉を探しながらおじいさんの顔を見ると、ぴたりと止まっている。
 時間が止まったみたいな静けさ。

「えーと……有弦くん、いますか?」

 やっとそれだけ絞り出すと、おじいさんは小さく「ああ」と声を漏らした。

「有弦ー」

「なに、じいちゃん。だれと話してるの」

 声と同時に、狭い玄関の向こうに三田が現れた。



 俺たちは、夕方の公園のベンチに座っていた。
 おじいさんに「外で遊んでおいで」と言われて、公園に来たのだ。

「なんかごめん。風邪大丈夫? てか、寒いしもう戻った方が良くね?」

「大丈夫。明日は学校行くつもりだったから」

「そっか」

「……」

 沈黙が落ちる。

「その……家、急に行ってごめん」

 俺の言葉に、三田は少しだけ苦笑いした。

「ビビった?」

「まあ……ちょっと」

 三田は「だよなー」と言って、今度はちゃんと笑った。

「親父が再婚してさ、ちっさい妹産まれて。ギャンギャン泣くし、居心地悪くなってこっち来たんだよね」

 声は明るい。

「でさー、あの小さい家でギター弾くわけにいかないじゃん。じいちゃんずっとテレビ見てるし」

「あー」

 情報量が多くて、ちょっとよく分からない。
 でも、学校の三田と公園の三田が、少しだけつながった気がした。

「ここならすぐ来れるし、音もほどよく抜けるし……てか、オレ。もっとうまくなりたいんだよな」

 三田は、小さくつぶやいて、ベンチの足をコツっと蹴った。

「気に入ってるんだよね。人にも聞いてもらえるし」

「その感覚はわからない……俺はむしろ、聞かれたくない」

 少し間があいてから、三田がぽつりと言った。

「この前さ。動画のこと言ったじゃん」

「……うん」

「あれマジでごめん。引いたよな」

「……ネタにされるのかと思った」

 三田は「やらないし」と笑った。
 それから、急に真剣な顔になる。

「でもさ。やっぱり、奏人とやりたいことあるんだよ。オレ」

 そのキラキラしてる目を見て、俺は思った。
 一軍とか、住んでる家とか関係なくて、この変なギター馬鹿は、なにかを俺とやりたいんだ。
 なんか、妙に納得してしまった。
 動画を撮るのは、正直まだ考えられない。
 でも「こいつと歌ったらどうなるんだろう」って気持ちの方が、今は少し勝っていた。

「いいよ」

 気づいたら、そう言っていた。