ギター馬鹿と、平凡くん

 月曜日。
 朝から三田の視線を感じる。
 できるかぎりスルーしたけど、ついに捕まった。

「ちょっとさ、音楽でやってる曲、歌ってみて」

(は?)

 俺は思わず顔をしかめた。

「やだ」

「なんで、お願い」

 お願いされたからって、そんな簡単に歌えたら苦労していない。
 それに――

「笑ったじゃん、音楽のとき」

 俺が言うと、三田は首をかしげた。

「誰が笑ったの」

「三田」

「覚えてない」

 さらっと言われて、モヤッとする。

「じゃ、なんで後ろ見たんだよ」

「いや、普通に歌うまいなと思って」

「はぁ?」

「自覚ない? てか、音楽好きじゃないの?」

「……嫌いじゃないけど、好きでもない」

 そう言うと、三田は「なんだそれ」と言って、おもしろそうに笑った。

「奏人、歌うまいよ。声がいいし。変なテクニック入れてなくて、まっすぐなのがいい! それに多分オレの……」

「待った待った!」

 褒めてくれるのは嬉しいけど、どう返せばいいのか分からない。
 あれはただ、谷崎に怒られたくなくて必死に声を出しただけだ。

「音楽の授業、楽しくなかった?」

 不意にそう言われて、胸の奥がドキッとした。

「それは……」

 楽しかった。
 正直、あの一体感とか、歌うのが楽しいと思った自分に、ちょっと驚いたくらいだ。
 でも、その言葉は飲み込む。

 黙っていると、三田は「やっぱりね」って顔で笑った。
 普通の友達みたいに。

「じゃ、今日の十九時に、あの公園で待ってるから」

 そう言って、三田は何もなかったみたいに一軍の輪に戻っていった。
 ひとり残された俺は「え?」のまま固まった。

(なんで約束みたいになってんの。しかも、あの公園でって……俺が見てたの、気付いてた?)

 何もかもが急すぎて、ついていけない。
 だけど、胸のどこかでほんの少しだけわくわくしている自分がいた。



 俺は夕食を食べながら、心の中で「十九時……十九時……」と呟いていた。
 もうすぐ、その十九時になる。

(本当に来てたらどうしよう)

 別に「行く」とは言ってない。
 うなずいてもいないし、返事すらしてない。
 でも、もし三田が待っていて、俺が行かなかったら――なんか、約束破ったみたいになる。

(それは……嫌だ)

 皿の上のハンバーグを細かく切りながら、無意識にため息が出る。

「奏人、なに怖い顔してご飯食べてるの?」

 母さんが怪訝そうな顔で言った。

「え? あ、運動不足だから、その辺走ってこようかなーなんて」

 自分でも驚くほど、嘘くさいセリフだ。今まで一度もそんなことしたことないのに。
 母さんも、ポカンと口を開けて俺を見ている。

「……早く、帰って来なさいよ」

「わかった」

(あー、もう)

 足早に歩きながら、スマホを見る。
 18:58。
 結局、俺は公園へ向かっていた。
 いないのを確認すれば、この変な罪悪感も消える。そう思った。

 それなのに……

「あれ、本当に来た」

 三田のゆるい第一声に、頭に血が上るのを感じた。

「……はい?」

 思わず、低い声が出る。
 でも三田は気にする様子もなく、ギターをベンチに置いてスマホを取り出した。

「連絡先、交換しよ」

「……」

 俺は、うつむいている三田のつむじをじっと見た。
 なんか……ぐりぐりしてやりたい衝動に駆られる。

「あのな、三田」

「ん?」

「この公園さ、夜は酔っ払いとかいて危ないから、あんま来ない方がいいと思う。それに制服ってのも、なんかヤバいし」

 三田は顔を上げて、まっすぐ俺を見た。

「そうなの? てか、まだ夜の七時だし。大丈夫でしょ」

 軽い。

「いや、正直、俺が来るの待ってられたら困る」

 本音が口からそのまま出た。

「なんだそれ! 来なかったら適当に帰るし」

 三田はそう言って笑った。
 その笑い方が、なんか無邪気で——逆に心配になる。
 
 三田がスマホを差し出す。

「ほら、連絡先。早く!」

「……なんで交換すんの」

 尋ねると、三田は一瞬動きを止めて、地面を見つめた。

「あ……えーと」

「うん?」

 三田が動揺してる。
 一軍じゃないみたいに、視線が揺れている。

「その……」

「……?」

 三田は、ちらっと俺を見て、またすぐ視線をそらした。
 そして、小さな声でボソッとつぶやいた。

「動画撮りたい」

「?」

「俺がギターやるから、歌って」

「やだ」

「ほら! ぜったいそう言うと思った」

「まさか、そのために呼んだ?」

「……まぁ、うん」

「歌わないって言ったじゃん」

「一回だけ!」

 三田が手を合わせる。
 一回だけって言えば、何でも通ると思ってるのか?

「やらないから!」

 自分でも驚くくらい大きな声でそう言って、俺はその場を後にした。