ギター馬鹿と、平凡くん

 放課後。

「帰り、ゲーセン行く?」

 理玖が隣でリュックに荷物を詰めながら言った。

「いいけど」と言った瞬間、スマホが震える。

〈18:00 塾〉

「あ、今日塾だった」

「金曜だっけ?」

「まぁ、木と金」

「木・金?」

「木琴」

 ボソッと呟くと、理玖が吹き出した。
 肩を震わせて本気で笑っている。
 だいたい何言っても笑うから、オヤジギャグを自然に言うようになってしまった。

「なんで行くんだっけ? 塾」

 理玖が不思議そうに首をかしげる。
 理玖はぼんやりしているように見えて、勉強はまあまあできる。
 俺は、中学のとき中くらいだった成績が、高校に入った途端、下の方になった。
 勉強らしいことほとんどしてないし「仕方ないか」くらいに思ってたら、母さんが勝手に焦って、気づいたら塾に入れられていた。

 三人兄弟の末っ子の俺には、こういうことがよくある。
 知らないうちにいろんなことが決まっているのだ。
 実はのんびりしているのは、理玖より自分なのかもしれない。

 そんな感じで、学校と塾と理玖。あとは、家族が勝手に決めた用事で、毎日はだいたい埋まってる。
 まあ、普通に楽しいといえば楽しいし、特に不満はない。

 靴を履き替えて昇降口を出ると、少し空気がひんやりしていた。

(……今日も、あそこにいるのかな)

 無意識に三田のことを考えている自分に気づいて、ちょっと驚く。
「いてほしい」と少しだけ思っていた気がして。

 理玖とくだらないことを話しながら公園に差し掛かったとき、俺は理由もなく、緊張していた。
 もし、あの街灯の下に三田がいたら、どうしよう。
 歌ってる三田に、理玖が気づいたら、なんて言おう。

(いや、そもそも……なんであんなところで歌ってるんだよ。通学路じゃん。見られたいのか?)

 心の中であれこれとツッコミを入れながら、歩幅が勝手に狭くなっていく。
 夕方の公園はまだ明るくて、街灯はついていなかった。
 ブランコが風で揺れて、木がざわざわしている。

 そこには──

(……いない)

 街灯の下は空っぽだった。
 ギターの音もしない。
 胸の奥がふっと軽くなる。
 その直後に、少しだけがっかりした。

「お? 珍しく誰もいないな。ブランコ乗る?」

 理玖が言う。

「……そうだな」

「え、乗るの!?」

「……乗らない」

「なんだ。乗るなら動画撮ろうと思ったのに」

「最近やたらと動画撮ろうとするのなに?」

 俺は少し前から気になっていたことを尋ねた。

「や、実は動画編集にハマっててさ」

「動画編集?」

 予想外の答えに立ち止まる。

(理玖ってそういうタイプだっけ?)

「じゃ、また月曜日。塾がんばって」

「お、おー」

 俺は、なんか急に幼なじみに置いていかれたような気がして、もやっとした気持ちのまま、その背中を見送った。



 塾が終わってビルを出ると、小雨がぱらついていた。

「傘ないんだけど」

 空を見上げる。
 駅から家までは、公園を抜ければすぐだ。
 わざわざ親に迎えに来てもらうほどでもない。

(走ればいけるか……てか、公園)

 そこで、急に三田のことを思い出す。

(さすがに、いないよな。雨だし、客もいないだろうし)

 自分にそう言い聞かせながら、小走りで公園に向かう。

 やっぱり、雨の公園には誰もいない。
 街灯に照らされた雨粒が、きらきら光ってる。

(……いるわけないよな)

 無意識に、公園の街灯の下を片っ端から見てしまう。
 誰もいない。
 ほっとして歩き出したその時、雨粒にまざって、かすかな音がした。

(は? いるのかよ)

 思わず足が止まる。
 目を凝らすと、東屋の下に、誰かが座っていた。
 フードをかぶって、うつむいていて、怖い。
 かなり怪しげだ。

 それでも、少し近づくと、それが三田だと分かる。
 周りに人がいないせいか、三田は自由に歌っていた。
 音楽の授業で歌った曲だ。
 谷崎がピアノで弾いていた伴奏を、ギターでやっている。

 上手い。
 そう思うと同時に、落ち着いて聞くと、分かってしまう。

(……やっぱり、こいつの歌、なんか足りない)

 自信がなさそうで、ところどころ途切れる。
 でも、指だけは迷いなく動いていて、ギターの音だけやたらきれいに響く。

(もったいないな)

 気づいたら、そう思っていた。せっかくギター、上手いのに。

(って、なんで上から目線? 音楽詳しいわけでもないのに)

 その時、三田がふいに顔を上げた。

(やべ)

 目が合った気がして、反射的に木の陰に隠れる。

(見てたとか、バレたくない……けど、この距離で制服とか、気づかれてるかも)

 動くに動けなくて、俺はしばらく三田の歌を聞いていた。