ギター馬鹿と、平凡くん

(うわー、ないわー)

 塾の帰り道。
 駅裏の小さな公園で、三田(みた)が街灯に照らされながらギターを弾いていた。
 演奏に足を止める人もいたけど、それは――歌が上手いからじゃない気がした。

 高くて掠れた声はギターの音色に負けていて、上手いかどうかよく分からない。
 音痴ってわけじゃないけど、声が細くて、物足りない感じがする。

 多分、注目を集めているのは歌じゃなくて、街灯に照らされた三田の横顔――あの透明な雰囲気そのものだ。

 俺とは違って、容姿も性格も「一軍」の三田。
 同じクラスなのに、一度も話したことはない。

(てか、困ったもん見ちゃったな)

 学校で三田がギターを持ってるところなんて、見たことない。
 ってことは、軽音部とかじゃなくて、個人的にやってるのか?
……クラスのやつら、知ってんのかな。

 そのとき。
 優しそうなカップルと笑顔で話していた三田が、リクエストに応えるみたいに指先でコードを探った。
 その手つきが妙にきれいで、なんか――学校の、明るくてなにも考えてなさそうな三田とは別人みたいに見えた。



 次の日。
 教室に入ると、三田はいつもの場所で、いつものメンバーと喋っていた。

(……ほんとに同一人物?)

 昨日、公園で聞いた繊細なギターの音が、まだ耳の奥に残っている。
 なのに本人は、あくびをしながらくしゃくしゃのプリントを伸ばしたりして、周りにからかわれている。
 あの、街灯の下でふっと消えそうだった透明さなんて、影も形もない。

 でも──

(指、きれいだな)

 髪を直したり、プリントを後ろに回したりする指先を、つい目で追ってしまう。
 気づいたら、授業中ずっと三田を見ていた。

奏人(かなと)、つぎ音楽だよ」

 幼なじみの理玖(りく)が机の前に立って、のんびり言った。
 理玖とは小学校も中学校も同じ。
 良くも悪くも、いて当たり前の空気みたいな存在だ。

「音楽って、谷崎(たにざき)じゃん。早くしないと!」

 慌てて自分のロッカーに向かう。

 音楽の谷崎先生。
 いい音楽を作ろうとしてやり過ぎるタイプの、ちょっとヤバめな先生だ。
 遅れたら最後。

「音楽をナメてるのか!!」って太い声が、校舎に響き渡る。

(ほんと、今どき熱血とかなんなんだ)

 廊下を走って音楽室に入ると、タイミングよく谷崎がぬっと現れた。

「音楽を──」

「ナメてません……」

 反射的に返すと、近くにいた三田がくすっと笑った。
 不覚にも、嬉しいと思ってしまった。

「よし、じゃあ前回の続きから。男子、全体的に声小さいから頑張れよー」

 谷崎の合図で、みんながぞろぞろと自分の場所に移動していく。
 俺と理玖も列に加わった。

 谷崎のピアノに合わせて、真面目に歌う。
 声を出さないとすごい目力で睨まれるから、恥ずかしいけどちゃんと声も出す。

 斜め前の三田も、同じように真剣に歌っていた。
 谷崎が怖いからかもしれないけど──歌が好きなんだろうな。
 いつもの眠そうな感じじゃなくて、背中からやる気が伝わってくる。
 好きなものがあるって、なんだか羨ましい。

 それにしても、さすが高校生。
 みんなで歌うと迫力があるし、女子の透き通った高い声と男子の低音がきれいにハモってる。

(なんか……いい感じかも)

 そんなことを考えていたら、三田が一瞬だけ振り返って俺を見た。

(……え?)

 変だった?
 音、外した?
 てか、なんでわざわざ見る?
 考えてたら、俺は歌詞を思いきり間違えた。

「あ」

 三田の肩が、小さく揺れる。

(……いや、今絶対笑っただろ)

 むかついた、というより、妙に恥ずかしくて、俺は三田の背中をこっそりにらんだ。