【完結】かわいい美形の後輩が、俺にだけメロい



土曜のバイトは、いつも以上に忙しかった。


「伊織くん、休憩行ってきてね」
「はい。ありがとうございます」


やっと客足が落ち着いた頃、水森さんに小休憩を貰った俺は、控室に入り、パイプ椅子に腰掛ける。
今日のシフトは千冬と一緒。
でも忙しくて、会話をしてる暇はなかった。

なのに、何気ない瞬間に見せる笑顔が、俺を呼ぶ優しい声が、全部が俺の胸を締め付けた。


「相当、好きじゃねぇか……。……はぁ」


自分に呆れてため息をつき、スマホを開く。
この数日、何度も開いている千冬の動画をまた開いてしまう。

そして、指が勝手にコメント欄を開く。
嫌な気持ちになるのは分かっているのに、どうしても見てしまう。


≫この歌、プロポーズみたいでドキドキする
≫ふーくんの地声聴きたい〜
≫今日ちょっと疲れてませんか?忙しいなら投稿無理しないで!フユくんが楽しく歌ってくれるのが一番嬉しいです。
≫1:47の吐息漏れるとこヤバいっっ♡
≫中1でふーくんの曲を初めて聴いてから毎日聴いてます。大好きです。


「…はぁ……。」


顔も見えないファン達を相手に、気が滅入る。
学校で見た女子達のような、綺麗でかわいい、俺よりずっと魅力的な人たちが、千冬の周りにはたくさんいる。

俺は、千冬のことが、…好き。
でも、いつか千冬は、俺以外の誰かを選ぶかもしれない。


「やっぱり…、友達のままでいれたら…。良かったのにな……」


顔を突っ伏して、イヤホンから流れる千冬の声だけに集中する。


「………もう、戻りようがねぇけどな……」



千冬の歌声に聴き入っていると、しばらくして、控室のドアがノックされた。


「伊織くん、そろそろ交代お願いできるかな?」
「あ!はい」
「ちょうどお客さんが捌けたから、買い出しに行ってくるね。分からないことは千冬くんに聞いてね」
「わかりました。お願いします」


笑顔で手を振る水森さんに頭を下げて、店内に戻る。
洗い物を終えた千冬が、俺ににっこり微笑んだ。


「今日はお客さん多かったですね」
「そうだな…」


水森さんも言っていた通り、今は、店内には客は一人いなくて、静かなジャズだけがゆったり流れている。
カップを片付けていた千冬が、そのうちの一つを俺に渡す。


「淹れてみますか?」
「あ、ああ。やる」


千冬が緩く微笑むと、俺も肩の力が抜けて、リラックスした気持ちになる。

…よし、やってやるか。


「頼むな」
「はい、もちろんです」


千冬に横で見てもらいながら、ポルタフィルターに粉を入れる。
タンパーで水平に固めて、エスプレッソマシンにセット。すぐに抽出をして、規定量で止める。

お?良い感じじゃねぇか?


「上手です、伊織先輩」
「へへ、さんきゅ。千冬に褒められると、すげぇ嬉しい」


繊細な味の違いは俺には分からねぇけど、作業自体は、それなりにできるようになった。
達成感と、千冬に褒められた嬉しさで、俺は満面の笑みを千冬に向ける。


「っ……ミルクも、やってみましょうか」
「おう!」


千冬がカフェラテ用のミルクをピッチャーに入れて渡してくれる。
手のひらに収まるサイズのそれを、見様見真似でスチームノズルに近付けた。

んん?
こんな感じだった気がするけど……?

いまいちしっくりこなくて動きが止まる。


「この角度です」
「!、…」


不意に背後から、千冬の手がふわりと添えられた。
耳元に千冬の息がかかり、心臓が飛び出そうになる。


「こっちの手は、ここを持って……」
「ち、千冬…、」


千冬の匂い。千冬の体温。
あの夜の、ハグを思い出して、身体が熱くなる。
こんな風に触れられたら、もう何も頭に入ってこねぇ。


「ちふ、ゆ…。その、ち、近ぇ…から……」
「…意識、してくれてるんですか?」
「ぁっ、」


耳元に直接、甘い声で囁かれて、身体がぞくぞくする。
作業台の上にミルクピッチャーを置かされ、指を絡められる。
千冬のため息が首筋に当たって、思わず目をつぶった。


「僕…、あの夜から、会いたくて、会いたくて、仕方なかったんです。…もう一度、伊織先輩を抱きしめたくて…」
「バ、バイト、中だろ…っ、」
「誰もいないじゃないですか。…我慢、できません…」


手を繋いだまま、身体の前に腕を回される。
千冬が俺の首元に擦り寄り、柔らかい髪にくすぐられ、身体が小さく震えた。


「はぁ……、伊織先輩…。…バイト終わったら、僕の部屋に来ませんか…?」
「え…」
「もっと、こうしてたいんです…」
「ち、ふゆ……」


呼吸が浅くなる。
心臓がバクバク拍動して、身体が甘く疼く。
もう俺の頭の中は、熱くって、溶けてしまったような感覚。

千冬の誘いに、心がグラついたところでハッとした。


「行…け、ない」
「……だめ、ですか…?」
「〜っ、と、とりあえず、放せ…っ」


身を捩り、千冬の腕の中から抜け出す。
身体の熱と、うるさい心臓を落ち着けながら、千冬を振り返る。


「せ、先約が、あるんだ」
「………」
「…なんだよその顔」
「普通の顔です」
「いいや、明らかに拗ねた顔してる」
「……先約って何ですか」
「カゲヤン達とカラオケだ」
「……僕も行きます」
「……え?」


──カラン、カラン


「絶対行きますからね。…いらっしゃいませ」
「え……」


え〜…?