夕飯時に、千冬の実家に到着する。
外観は、俺の祖母の家に似た、昔ながらの日本家屋だった。
千冬が「ただいまー」と言いながらすりガラスの玄関引き戸を引くと、バタバタという足音と共に、中学生くらいの少年が出迎えてくれた。
「ちーにぃ、おかえり!わぁ、ほんとにピンクだ!かわいいね!」
「星夏(せな)、ただいま」
家に行く道すがら、千冬の家族については、ざっくり聞いていた。
驚いたことに、千冬は4人兄弟の長男らしい。
出迎えてくれた星夏くんは、中学2年生の四男。
「それで、そっちが伊織さん…?」
「初めまして、睦月伊織です」
「わあ!伊織にぃちゃんって呼んでもいい?」
「え?あ、おう。構わねぇけど…」
「初めまして、伊織にぃちゃん!僕のことは星夏って呼んでね!…えへへ、会えて嬉しいなあ」
幼さのある、女の子のように可愛らしい見た目。…しかし確実に美形の血を継いでいる。
それにしても、きゅるんとした目で、こてんと首を傾げる様子は、もはやあざといな。
「おかえり~、兄貴。早く上がんなよー」
「うわ~、マジでピンクじゃん」
廊下の左手前の襖が開き、同じ顔の二人が顔を出す。
双子で、次男と三男の、春丞(しゅんすけ)くんと、春樹(はるき)くんだろう。
高校1年生って聞いてたけど、俺や千冬より背が高ぇ。そしてこっちの二人は、切れ長の目でクールな見た目。…言うまでもなく美形。
「伊織先輩、こっちです」
「おう。お邪魔します」
「じぃじとばぁばも呼んでくるね!」
星夏は廊下の奥に消え、俺は千冬に誘導され、双子がいる居間に通される。
畳の上に、しっかりした造りの座卓が2台つなげていて、既にたくさんの料理が用意されている。
いい匂いにつられ、また腹が減ってくる。
「へぇ~、この人が兄貴の伊織サンかー。俺は春丞でーす。シュンでいいよ。よろしくね~」
「春樹でーす。俺も、ハルで。よろしく~伊織サン」
「初めまして。よろしくな」
この二人は、顔立ちこそクールだけど、雰囲気はかなり軽い感じだ。話し方もゆるっとしていて、なんか気ぃ抜けるな。
そして、千冬の両親らしき、大皿を持った女性と、瓶ビールを持った男性が登場する。
「おかえり千冬。まあ!まあ!!貴方が伊織ちゃんね!会いたかったわ~」
「千冬、おかえり。初めまして、伊織くん。待ってたよ」
「母さん、父さん、ただいま」
「初めまして。睦月伊織です。一晩、お世話になります。これ、大したモンじゃないっすけど…」
お土産を渡しながら、やたらキラキラした視線を受ける。
千冬の両親は、ボブヘアの可愛らしい顔立ちの母親と、渋みのある端正な顔立ちの父親。
年齢は俺の両親と変わらないと聞いてたはずなのに、かなり若く見える。
この美形四兄弟の両親だもんな…。
もしかして、「顔が天才」って、こういうこと言うんじゃねぇのか?
「うふふ、ねぇ千冬、この人が、千冬の歌の──」
「かっ、母さん!?お、お願い、黙ってて…!」
「まあ座ってくれ、伊織くん。お酒は?」
「あ、はい。失礼します。お酒は、すみません、まだ19なので…」
「じぃじとばぁば、呼んで来たよ!」
千冬と横並びで、真ん中の席に座らされる。
千冬の両親と、双子も席に着いたところで、星夏が優しそうなおじいさんとおばあさんを連れてやってきた。
「ああ、千冬。おかえり」
「千冬、久しぶりだねぇ」
「ただいま、じぃちゃん、ばぁちゃん」
「こんばんは、お邪魔してます」
「ようこそ、いらっしゃい」
「ゆっくりしていってねぇ」
軽く挨拶をすると、二人は更に柔らかく笑った。
「ああ…式は和装が似合いそうだなぁ」
「ええ。生きてるうちにもう一人孫ができるなんて、嬉しいわねぇ」
「ああああちょっと!?何言ってるの!?」
千冬が弾き飛ばされたように立ち上がり、祖父母の元に駆け寄る。
和装がなんとか…?と言ってたけど、よく分からなくて反応できなかった。心証、悪くなってねぇといいけど。
二人は膝が痛いらしく、座卓には着かず、隣の部屋にあるダイニングテーブルで椅子に座って食べるらしい。
千冬が戻り、座卓を7人が囲んだところで、千冬の母親が手を合わせた。
「じゃあ、いただきましょうか!」
「「「「「いただきます!」」」」」
挨拶と共に、いや、フライング気味に、方々から箸が伸びる。
用意してくれた晩飯は、手巻き寿司がメインで、煮物や天ぷら、サラダ、汁物もある。
しかも全部うめぇ。
「すげぇ美味しいっす。こんなに用意してもらって、ありがとうございます」
「ハハハ、伊織くんに喜んでもらえて嬉しいよ。うちは男が多いから、料理はあっという間に無くなっちゃうんだ。好きなものは先に食べることをお勧めするよ」
ほろ酔い状態で優しく笑う千冬父。
確かに、食べ始めたばかりなのに、凄い勢いで料理は減っていっている。
中2と高1なんて、食べ盛りだろうしな。
なにより美味ぇし。
すると、星夏が俺を呼んだ。
「伊織にぃちゃん、この卵の天ぷら、良かったら食べて?取ってあげるから、取り皿、かして!」
「ああ。ありがとう、星夏」
「…ぼ、僕が取るよ!先輩、お皿貸してください」
「おう?さんきゅ」
サッと皿を奪われ、膝立ちになりながら千冬が卵天を取ってくれる。
「伊織サーン、シュンくんに醤油とってくれなぁい?」
「おう。これ──」
「どーぞ、シュン」
続いてシュンに頼まれる。
しかし、素早い動作で、千冬がシュンに醤油差しを渡す。
俺の手元近くにあったはずなのに、手品のように一瞬で取られていた。
すげぇ反射神経。
「ねえ伊織サン、手巻き寿司にサラダドレッシングも美味しいからー、試してみて~?」
「ドレッシング?マジで?」
「マジ~。試しに俺の、一口食べる~?」
「…ちょっ、だ、ダメ!ハル!!自分の食べかけでしょ!?絶対ダメッ!」
今度はハルに手巻き寿司を差し出されるが、オカンモードの千冬に叱られてしまう。
「「「…ぷぷっ、あはは!」」」
タイミングぴったりに吹き出す弟達と、3人をジト目でみる千冬。
これが雨宮兄弟の身内ノリなんだな。
千冬の両親も、ほほえましそうに見てるし。
俺にはノリ切れねぇけど、兄弟仲が良さそうで、見てると和む。
あったけぇ家族。
一晩だけだけど、こんな家族に迎え入れてもらって、幸せだな。

