いつもの居酒屋。
いつもと同じカウンター席。
いつもと同じように西野さんは勝手にどんどん食べて、寒いギャグを連発している。

それを適当に流し、酒を煽りながら単刀直入に西野さんに聞く。

「男同士の恋愛って、幸せになれると思いますか」
ブーーーーッ
盛大にビールを吹き出した西野さん。
おい、俺にかかってんぞ。

「え、お前、俺を口説いてるの?熱あるの?」
「頭沸いてるんですか」
「熱は無いようだ」

西野さんが俺の額に当てていた手を戻すと、おしぼりで俺の顔を拭う。

「年下の男に…告白されたんです。」

西野さんはおしぼりを戻しながら、俄かに目を見開き、そっと視線を落とした。

「…それで?」
「俺も、嫌いじゃない。でも、俺が踏みとどまらないと、いつかあいつが後悔─」

言いかけたところで、口に枝豆を莢ごと突っ込まれる。

「ブフッ、っ何…」
「睦月、幸せかどうかは、誰しも自分で決めるんだ」

珍しく真面目なトーンで話す西野さんを見る。

「相手の幸せを、お前が決めるのは欲張りだと思う」

優しい目が俺を見つめ、綺麗な指が俺の頬をなでた。

「睦月、いつも何でも、一人で抱え込むな。大切なのは、お前の幸せだ」

ぼんやり、空になった皿に目をやる。
俺の幸せ…。

西野さんは、ポンポンと俺の頭を叩く。

「俺は、お前が幸せになることを祈ってるよ。」
「西野さん…」

西野さんの言葉を反芻していると、いつも通りのヘラっとした西野さんの声が隣で響いた。

「すみませーん、おかわりくださ~い」

まだ食うのか
俺一口も食ってねぇぞ











翌日。西野さんの言葉に背中を押され、早川に連絡を入れた。

〈大事な話がある、今度の日曜会えるか〉
〈睦月さん家行きます〉

俺も好きだと言ってやろう。
そう心に決めて。












ピンポーン

「早川です」
「入れよ」
「…やっぱ待って」

くるりと後ろを向いたきと思えば、大きく深呼吸をし、自分の頬をバチンと叩いた早川。

「よし、お邪魔します」

それ人の家上がるときの儀式なのか?
早めに辞めさせねぇとな。


「単刀直入に言う、」
「ま、待って!まだ言わないで!」

早川が飛びつかん勢いで、慌てて俺の口を押さえつける。
押された勢いで壁で後頭部を打つ。

「もごご(痛ぇ)」
「やだ、やっぱダメ、聞きたくない!」

目に涙を溜めて必死に訴える早川。

「もう好きって言わないから、友達のままでいいから…」

ほろほろこぼれる涙を、綺麗だと思ってしまう。
これも早川の顔のせいなのか、それとも惚れたせいなのか。


俺の口を覆う早川の手をペロリと舐めてやる。

「いっ…!」

赤い顔して手を引っこめた早川を見て、口の端が吊り上がる。
いい気味だ

「1度しか言わねぇからよく聞け。

お前が好きだ。」

「え?う、うそ……、つ…付き合ってくれるの?」
「そう言ってんだよ」


「伊織さん!」
きつくきつく抱きしめられる。

「嬉しい、好き、大好き」

どんどんきつくなる拘束。さすがに苦しい。

「いい加減離せ、早川」

体を押しやると、今度は愛おしそうに見つめられる。
身体が離れたと思ったのに、すぐに両手をとられ、指を絡ませられる。
離さないと言わんばかりに、ぎゅっと握られ、顔が熱くなる。

「伊織さん、呼び方。名前で呼んでほしい」
「……蓮」

慈しむように、でも甘く微笑む。

「伊織さん、」

端正な顔がぐっと近づく。
耳元で掠れた声が囁く。

「キス…してもいい、ですか?」

俺を真正面から見つめ直す、焦がれるような目。
鼻先がくっつきそうな距離に追い詰められ、俺は小さく頷いた。

「ん…」

そっと触れる生温かい唇。
確かめるように俺の上唇、下唇を順番に食んでから、離れるのを惜しむようにゆっくり温もりが去っていく。

「ずっと離しません」
「ずっと捕まえてろよ」

少し笑うと、早川も笑う。

またどちらともなく唇を重ねた。



fin.