お前だけは、好きにならねぇから!

古着屋を見た後にカフェで一服して、丁度いい時間に俺たちは集合場所に戻る。そこには圭太とマキさんの姿しかなく、マキさんによると、明日香さん達は先に天王寺に向かったらしい。


「じゃ、俺たちも行こっかー」
「圭太先輩、道分かってますか?」


気まぐれで先頭を歩く圭太を、千冬が追いかける。
ここから駅まではそう遠くないけど、圭太の気まぐれに流されてると、いつまでも到着できないかもしれねぇしな。


「伊織さん、」
「蓮くん、伊織たちとどこ行ってきた?」


俺に何か言いかけた蓮の肩を、マキさんが軽く叩く。


「あ、マ…マキさん!えっと、古着屋を見て──」


蓮がマキさんと歩き始めたから、俺は半歩後ろを一人で歩く。
あれはマキさんなりの気遣いだろうしな。

蓮は、目を引く外見に比べて、中身は普通の大学生になりたての子供って感じだ。
いきなりサークル合宿に参加するくらいだから、どんなコミュ力おばけかと思ったけど、なんていうか、高校4年生って感じだ。
特に、人と話すのに酷く慣れてない印象を受ける。
…俺にはやたら絡むけどな。


あ、もしかして、俺、

舐められてんのか?


「ここで電車に乗りますよ、すごく混んでますけど、『天王寺』でちゃんと降りてくださいよー」


駅に着き、マキさんと蓮の間からぴょこぴょこ覗くピンク頭に返事をする。
確かにすげぇ人。
女子勢はこれを避けて先に行ったのか。

ピンクと黄色の頭を目印に、人混みの中をついていく。
マキさんと話をしてる蓮が、時々俺を振り向くのを、視線だけで受け止める。
他人のこと気にしてる場合かよ。
お前こそ、迷子になるんじゃねぇぞ?


「う…」


二人に続いて電車に乗り込むけど、結局俺は人波に押されて、目印の黄色の頭から離れていってしまう。
まあ降りる駅は分かってるし…


「伊織」
「わっ、」


圭太の声と共に、腕を引かれ、人の間から抜き出される。
少し見上げると、ホッとした表情の親友の顔があった。
圭太は壁側に俺を引き込み、自分は俺の顔の横でドアに左手をついて、空間を確保してくれた。


「大丈夫?」
「…ああ、ありがと」
「良かった。伊織はちっさいからなー」
「うるせー、千冬とそう変わんないだろ。お前がデカすぎんだよ」


圭太は口の端を上げて意地悪そうに笑うと、右肘を俺の頭上の壁につける。
俺に覆い被さるような格好で、斜め上から俺を見下ろしてきた。
黒く艶やかな瞳が俺を優しく見つめ、センターパートの長めの前髪は、重力に従ってゆるりと落下する。
こんな所作でさえ様になる、端正な顔立ち。
女子なら絶対ときめいてしまうんだろうけど、コイツの中身がただのアホなお調子者なことを、俺はよく知っている。

俺の目の高さには圭太の首元。
圭太が愛用してる香水の、爽やかさの中にほんのり混ざるムスクの匂いが、ふんわり香る。
…てか、近ぇな。仕方ねぇけどさ。


「ねー伊織、この感じ、初めて会った時のこと思い出すよね?」
「あー、あん時な。確かに、懐かしいな」


フッと笑った圭太の口元に、白い歯が覗く。
柔らかく細められた目尻を見ると、俺もつられて頬が緩んだ。

圭太との初めての出会い。
小学6年生の時に、修学旅行先で乗った、都会の満員電車。
同じ班の人達と離れてしまった俺は、かなり不安になりながらも、なんとか一人で電車に乗って次の目的地まで向かっていた。
今と同じように人波に押されて、気持ちは不安だし、身体は痛いしで、正直涙が出そうだった。
その時、たまたま同じ電車に乗り合わせていて、助けてくれたのが圭太だった。


「そういえば、お前の行ってた小学校って、大学までエスカレーター式のとこだったんだろ?なんで高校から違うとこ来たんだよ」
「んー?前も言わなかったっけ」
「そうだったか?」


圭太はその街の私立学校の生徒で、その日はたまたま同じ電車に乗り合わせていた。
金持ちばっかいるって、有名な学校だ。

俺と圭太はその出会いをきっかけに知り合って、中学時代はオンラインゲームをやったり、たまに圭太がこっちに遊びに来たりと、ちょこちょこ交流していた。
受験シーズンに入って少し疎遠になったけど、高校の入学式に突然圭太が現れ、当然のように肩を組んできた時の衝撃は今でも覚えてる。


「俺に何も言わずに、いつの間にか同じ高校受験してさ。『同じ高校になったからよろしく~』って入学初日に急にな」
「ははっ、緊張でガチガチの伊織、かわいかったね~」
「うるせーよ。それで?結局なんでなんだ?」
「……さぁ?」
「はぁ? お前…、どうせ素行不良かなんかで追い出されたんだろ」
「あはは!まあ、そんなとこ。さすが伊織、俺のことよく知ってる~」
「やめろ」


ふっ、と前髪に息を吹きかけられる。
ちょっと涼しい。


「……ねぇ伊織、さっき千冬と蓮と、どこ行ってたの?」
「アメ村行って、カフェ行ってきた」
「ふーん。楽しかった?」
「ん、まあな。」
「……そっか」


途中の駅に電車が止まり、反対側のドアが開く。ざわざわと車内の人が入れ替わるけど、視界には圭太しか見えない俺には、少し遠い世界の出来事に感じる。
ドアが閉まり、再び電車が動き出す。
相変わらずの満員。


「圭太は?どこ行ってたんだよ」
「テキトーに、食べ歩き」
「ほんと、よく食うな。なんで太らねぇのか不思議だわ。酒飲まねぇせいか?」
「そういう体質ってだけ。お酒だって普通に飲むし」
「そうか?お前が飲んでるとこ全然見ねぇけど」


早生まれの俺は、1月にようやく二十歳になった。でも圭太は、それよりもっと前に二十歳になっている。
なのに、圭太が酔ってるのを見たのはたった一度きり。
俺がバイトから帰ると、俺のアパートの前でぐだぐだになった圭太が座り込んでいて、部屋に上げてやったあの日だ。
それ以来、圭太が酔ってるところは見たことがねぇ。


「お前、酒弱ぇの?」
「…まあね」
「ふっ、なら尚更、お前と飲んでみてぇけどな」


今度は俺から、圭太のデコ目掛けて息を吹きかけて、ニッと笑ってやる。
ふわっと揺れた綺麗な黒髪とは裏腹に、圭太は顔を赤くして、長いまつ毛を伏せた。

は?怒ったのか?
お前が先にやったんだろ。


黙ったままの圭太の背後で、また扉が開く。
この駅を越えたら、次は俺たちの降りる駅だ。
乗り込む人が増え、人に押され、圭太の体が密着する。
圭太の匂いが濃くなる。


「…っ、…ごめん、伊織」
「気にすんなよ。俺こそ、悪ぃな」


てかコイツ、体熱ぃな。大丈夫か?

5月といえど、これだけ人が密集していれば結構熱い。
電車が走り出すと、頭上から、圭太の小さなため息が聞こえた。
やっぱ体、キツいんじゃねぇのか?

心配して圭太を見上げると、圭太と目が合う。
しばらく黙っていた圭太は、赤い顔のまま小さく喉を鳴らしてから、口を開いた。


「…あのさ、伊織。今日の、夜さ、」
「あ?」
「……」
「…なんだよ?」


圭太が言葉に詰まる。どうしたんだ、今日の圭太。
らしくねぇ。


「今日の、夜…」
「おう?」
「ホテル…、なんだけど…」
「? そうだな。お前が取ったって聞いたぞ」
「……」


何が言いたいんだ?


「俺…、」
「わっ!」
「あ、」


背後の扉がガシャンと音を立てて開き、バランスを崩す。
咄嗟に圭太が抱き止めてくれて事なきを得た。
うわー、あぶねぇ。


「悪ぃ、ありがとな」
「…いーえ。俺こそ、気付かなくてごめん」

「圭太先輩、伊織先輩!こっちですよー!」


ホームに降りると、ぴょこぴょこ跳ねるピンク頭と、千冬の声。


「千冬のあの頭、目印になっていいよな」
「…、うん、ほんとにね。…あー、伊織も青とかにすれば迷子にならないかもね!信号機トリオになってさ!あはは」


バシッと背中を叩かれ、圭太を軽く睨む。
圭太はいつものように楽しげに笑って、今度は俺の背中を優しく押した。


「さ、行こうか」
「おう」


優しい大きな手の温度に、胸の奥がほどけるように温かくなる。
なんだかんだ、圭太といると安心するんだよな。