蓮に手を引かれるまま道頓堀を彷徨っていると、女子部員の彩葉(いろは)と海未(うみ)が俺たちを呼んだ。
丁度、昼メシを食べる予定の店の近くまで来ていたらしい。
店の前では明日香さんが待ち構えていて、圭太達も集まって来たところだった。
「はーい、集合!ここのお好み焼き屋さんで、みんなでお昼です!」
「やったー!お好み焼きー♪」
「圭太先輩、あれだけたこ焼き食べてたのに、まだ入るんですか?」
「ビール飲んでいい?」
「マキさん、もう飲むの?」
「俺も飲みてぇ」
「私も!」
明日香さんを先頭に、お好み焼き屋の暖簾をくぐる。
ソースの焼けるいい匂いと、ヘラが鉄板を叩く音に、入店して直ぐに完全にお好み焼きの口になった。
四人ずつ向かい合って座る席に案内されると、一番奥の席には4年のマキさんと明日香さんがそれぞれ座る。
マキさんの隣は俺、その隣に圭太、千冬。
「蓮は真ん中ね!」
「あ、ハイ…」
圭太に指示されて、明日香さんの隣に蓮が座り、その横に彩葉、海未が座った。
「みなさん何飲みます?」
率先して注文を取りまとめてるのは千冬。
この店の1番人気のお好み焼きと、4人分の生ビール。まだ二十歳になってない1、2年生たちと圭太は、それぞれソフトドリンクを頼む。
「それでは!映画サークル春合宿のスタートと、新しいメンバーの加入に、かんぱーい」
「「「かんぱーい」」」
圭太の掛け声で、全員で乾杯する。
冷えたグラスに口を付け、待ちに待ったビールを一気に喉に流し込む。
乾いた喉に突き刺さる、キレのある爽快感。
最高!
「ぷはーっ!うめぇー!」
「伊織、オッサンぽい~」
隣に座る圭太が何か言ってるけど、気にせず二杯目を手酌する。
昼から飲むビールはガチで美味ぇ。
旅行最高だな。
「じゃあ、蓮のために改めて自己紹介してこうか!朝も言ったけど、俺は部長の西野圭太。教育学部の3年。好きな映画はアクション系。アベンジャーズシリーズとか!よろしく~。次は明日香さん!」
「はーい。佐藤明日香です。4年で、文学部。ファッション映画とか、おしゃれな感じの映画が好きでよく観てるよ。よろしくね!あ、じゃ、次はマキ」
「黒森真樹人。薬学部4年。2浪してるから、年齢はちょっと上。好きな映画は…、ストーリー構造が変わってる映画かな。観てるうちに、何が本当か分かんなくなっちゃうようなやつ。よろしく」
マキさんが柔らかな眼差しを俺に向ける。
次は俺の番だって合図か。
多分、蓮が最後になる流れにしてぇんだな。
「俺は睦月伊織。圭太と同じ教育学部の3年。映画はどれも好きで、何でも観る。最近見た映画は、歌舞伎役者の人生ドラマを描いた映画。よろしく。次、千冬?」
「はい、僕は雨宮千冬です。2年の法学部で、好きな映画は……ホラー系、…とか。よろしくね。次、海未どうぞ」
「はいっ、私は、高橋海未です。千冬と同じ、法学部の2年生。ディズニー映画が大好きで、パークもよく行ってます!よろしくお願いします!」
「工学部3年の鈴木彩葉。SF、ファンタジー専門です。よろしくお願いします。」
既存メンバーの自己紹介が一通り済んで、全員の視線が蓮に集まる。
「お、俺は…、…早川蓮です。」
「……」
「……」
「……」
「終わりかいッ!」
圭太のツッコミで笑いが起き、沈黙が終わる。
ちょうど焼きたてのお好み焼きが席に届いて、千冬の采配でそれぞれに配られた。
すっげぇいい匂い。
「いただっきまーす!……っうまー!!」
「キャベツ甘い!ふわふわ!」
「熱っ」
「伊織、猫舌だもんな~。大親友の圭太くんがふーふーしてあげるよ」
「やめろ」
整った顔を近づける圭太を腕で押し返すと、「あはは!」と心底楽しそうに笑う。
酒入ってないのに、1番酔っ払ってるように見えるな、コイツ。
「で、蓮くんは何学部なの?」
「えっ…と、ほ、法律…?」
「法学部のこと?」
「何で疑問文なんだよ」
「そうだったんだ!僕と同じだね」
「こんなかっこいい1年生くんが入ったなら、ゼミの友達とか噂してそうだけど…知らなかったぁ!」
「法学部は一番人数多いし、まだ発見されて無いんじゃない?」
「あははっ、彩葉先輩、発見って!野生動物じゃないんですから」
賑やかな雰囲気を肴に、二杯目の最後の一口を飲み干す。もう一杯注ごうとすると、隣から手が伸びてきて、マキさんにビール瓶を奪われた。
「伊織、ペース早すぎ。あんま飲み過ぎちゃダメ」
さっき喫煙所に寄ってたマキさんは、仄かにタバコの匂いを纏っている。
「あ、はい」
確かに、旅行は始まったばかりなのに、早速再起不能になったら良くねぇよな。
大人しく返事をすると、マキさんが俺の顎の下を指で撫でた。
「いい子」
これはマキさんの癖みたいなもんで、よくやられる。
絶妙な力加減が気持ちよくて目を細めると、マキさんは優しく頬を緩めた。
マキさんの触り方って、なんか気持ちいいんだよなぁ…。
──バンッ!
「いっ、伊織さんは、こ、こ、恋人とか、いるんですか!?」
突然、机に手をついて、身を乗り出して尋ねる蓮に驚く。
そんな勢いで訊くことかよ。
「恋バナ?いいねいいね!先輩たち、どうなんですか?」
蓮の突然の質問にノリノリで食い付いたのは、海未。
しかし海未に限らず、女子3人は目を輝かせる。…もはやギラついて見える。
女子達はみんな彼氏持ちのくせに、こういう話、好きだよなぁ。
「別に、いねぇけど」
大学に入れば、自然と彼女ができるなんて思ってた時期が俺にもあった。
そんなのは幻想だ。
俺は一度も彼女なんてできたことがない。
質問してきた蓮は、俺の回答を聞くと静かに息を吐き出し、ゆっくり着席した。
…まあ、お前の顔ならすぐ彼女くらいできるだろうから安心しろって。
「マキは?1年の時以来、彼女いないよね?フリーのまま?」
向かいのマキさんにビールのグラスを向けながら明日香さんが尋ねる。
「うん、そうだね」
それを聞いて「よしっ」と小さくガッツポーズする明日香さん。
明日香さん彼氏持ちだろ?なんのガッツポーズだよ。
続けて彩葉が箸をパチン!と置いて尋ねる。
「圭太は?いろいろ噂聞くけど、本当のところはどうなの!?」
「いないよ、俺は伊織のお世話に忙しいからね~」
「お前に世話された覚えなんてねぇよ」
「ほら、ふーふー」
「だからやめろって」
お好み焼きを俺の口に運ぼうとする圭太の手を押し戻す。
彩葉は「ごちそうさまです…」と呟く。
いや、まだ食べてんだろ。
「…千冬は…?」
ごくりと息を呑んだ海未が、緊張した面持ちで千冬に尋ねた。
「僕も。ゆるいサークルだと思ってたのに、誰かさんのせいで仕事が多くて忙しいから。今は授業とバイトとサークルで手一杯」
ジトっとした目で圭太を見る。
圭太は気にせず最後の一口を口に放り込んで、愉快そうに千冬に笑いかけた。
「まぁまぁ。それより千冬、おかわり頼もう!」
「まったく…。伊織先輩、何とか言ってやってください」
「よく食うな」
「そういうことじゃないです!」
ムッと、かわいらしく唇を尖らせながらも圭太のために店員を呼ぶ千冬。
なんだかんだ千冬はいい後輩だ。
それを分かってるから、圭太も千冬を可愛がってるし、千冬も愚痴りながらも圭太のフォローに回ってる。
いいコンビだよな。
「あ、伊織先輩、唇にソースついてますよ」
「え?どこ」
千冬に指摘されて、親指の腹で唇を拭うと、
スマホのシャッター音が聞こえた。
スマホの後ろから顔をひょこっと出した千冬がイタズラっぽく笑った。
「嘘です。ふふっ」
海未はそんな千冬を見て、目を瞑って何度か頷いた。
…何を納得する要素があったんだよ?
「それで?蓮くんは?」
明日香さんに尋ねられてキョトンとする蓮。
「蓮くんは、彼女とかは……?」
「いないです。…女の人、苦手で…」
明日香さんの目に、ブワッと火が灯った。いや、明日香さんだけじゃない。彩葉も海未も、目が燃えている。
何があった。
「学校、上手く馴染めなくて…、彼女も、友達も、いない…です」
長いまつ毛を伏せ、目に影が落ちる。
落ち込んだ様子さえ絵みてぇ。
イケメンすげぇな。
「大丈夫大丈夫!まだ5月だし、始まったばっかじゃん?」
「そうそう!それに蓮くんはもうこの『映画サークル』の仲間なんだし!」
「私たちとか、伊織先輩を頼ったらいいよ!」
「は?俺?」
「「そうそう!」」
なんで俺?
てか本当、女子3人仲良いな。
打ち合わせでもしてきたかのように、息ぴったりに蓮を励ます。
「あ、そうだレンレン、LINE教えてよ」
「レンレン?」
「そーだった!蓮、俺らのLINEグループあるんだよ!入って!」
明日香さんのニックネーム呼びは華麗にスルーして、圭太もスマホを取り出す。
「俺が招待するから、後でそれぞれ蓮を友だち追加しといて」
「「「はーい」」」
言われるがままにスマホを取り出して、LINE交換をする蓮。
圭太の明るい声に流されたのか、さっきまでの暗さは消え、今は頬が少し赤い。
「…ありがとう、ございます」
「蓮くん、そこは、『よろしくお願いします』でいいんだよ。僕もメンバーが増えて嬉しいよ。歳も近いし、仲良くしてね」
「あ、はい…!千冬…さん!」
「ええ~?千冬ってば、早速、先輩風吹かすじゃん? 蓮、部長の俺が一番頼りになるから、何かあったら俺に言って!」
「俺とも仲良くしてほしいな。よろしくね、蓮くん」
「圭太さん、真樹人さん…、はい!ありがとうございます!」
ニカっと、綺麗な白い歯を見せて無邪気に笑う蓮。
俺より背も高いし、すっげぇイケメンだけど、こうやって笑ってるとやっぱり年下なんだなと思う。
なんなら大学生よりもっと子供っぽく見える気もするけど…、まぁ1年生なんてそんなもんか。
ちょうどいい温度になったお好み焼きを口に運ぶ。
小さいサークルだけど、メンバーはいい奴ばっかだ。
…居心地、いいな。
舌でとろけるお好み焼きを頬張り、誰にも気付かれないように、ちょっと口の端を上げた。


