「伊織さん、起きて」
「……うーん」
なんか、聞こえる。千冬…か…?
こっちは気持ちよく寝てんのに、なんか用かよ…。
「伊織さん、もうじき着くよ」
千冬より低い、柔らかな声。
誰?
そういえば…、今、何時だ?
頭はぼんやりしたまま、呼びかけにうっすら目を開こうとする。
でも陽の光が窓から容赦なく差し込んでいて、瞼が上がることを拒否した。
「……眩しくて…ムリ」
「……」
俺を起こす声が静かになったと思ったら、頬に何かが掠めて、ギッ、と座席が鳴った。
ふわっと、爽やかな石鹸の香り。
「これなら、目、開けれる?」
瞼の向こうに感じていた光が消え、すぐ近くでさっきの声が響く。
ハッとして目を開けると、視界に飛び込んできたのは、透き通るような金色の髪と、引き込まれるヘーゼルの瞳。
少し目にかかる金髪の下で、長いまつ毛がゆっくり上下した。
「起きれたね、伊織さん。おはよう?」
「っ!」
見惚れてしまいそうなほど甘い微笑み。
作り物のように美しい顔のドアップに驚いた俺は、座席に貼り付いたまま固まった。
「………はよう、ゴザイ、マス……」
絞り出せた言葉が謎に敬語だったのは、ここだけの秘密だ。
蓮の寝起きドッキリ(?)にまんまと引っかかった俺は、驚きにドキドキうるさい心臓を落ち着かせながら新幹線を降りる。
俺たちの前にはマキさんと女子部員達がなんとなく列を作って歩いていて、俺と蓮もそれに続く。
ていうか、千冬はどこ行ったんだよ。
俺が蓮に起こされた時、隣の席は空席だった。
トイレか?
俺の隣を歩く蓮は、辺りをキョロキョロ見渡しては、俺に無邪気な笑顔を向ける。
「伊織さん、すごいね!人が多い!」
「都会だからな」
「俺、大阪来たの初めて!伊織さんと来れたのすごく嬉しい!」
「…合宿だからな」
千冬以上にテンション高ぇな、こいつ。
寝起きに見た甘い笑みの奴と、本当に同じ奴なのかと疑いたくなるくらい、ガキみてぇなはしゃぎっぷり。
ガキっていうか、もはや散歩に連れ出されて喜ぶ犬みてぇ。
でも、ずっとニコニコ笑顔の蓮に、つられるように俺の気持ちもわくわくしてくる。
確かに、旅行は気が弾むもんだしな。
もしかしたら蓮は、旅行が好きすぎて朝からノリが空振ってただけなのかもしれねぇ。
見慣れない景色と、輝く笑顔を振り撒く蓮を見ながら、旅行特有のちょっとした開放感に口の端が吊り上がる。
「マキさーん!みんなー」
「マキさん!伊織先輩!」
「あ、圭太と千冬」
とりあえずみんなに続いて歩いて行くと、改札の向こうに、ピンク頭と圭太の姿を見つける。
二人の呼びかけに、マキさんはゆるりと手を上げて応えた。
「千冬、圭太のお迎えありがとう」
「いいえ、大丈夫です。無事に合流できて良かったです」
「千冬は心配性なんだから~。俺みたいなイケメンがいたら、目立つからすぐ分かるって言ったでしょ?」
「お前らどこ行ってたんだよ?」
「圭太先輩だけ別車両だったから、僕が迎えに行ってたんですよ」
圭太のいつもの面倒なノリは、いつものように全員に流され、俺の質問には千冬が答えてくれた。
「急遽一人増えたから、並びで席取れなくて」
「伊織、俺がいなくて寂しかった?」
当たり前のように俺の頭に肘を乗せる圭太。
すかさず首を曲げて、頭に乗せられた肘を振り落としてやる。
やめろ。
「圭太いなかったんだな。気づかなかったわ」
「うそでしょ!?」
大袈裟に驚いたリアクションを取る圭太に、小さく吹き出す。
軽く圭太と小突き合っていると、蓮が恐る恐る圭太に話しかけてきた。
「あの…、圭太さん、ごめんなさい。俺が急に来たから……席…」
「ああ、それはいーの!全然気にしないで!むしろ、来てくれて嬉しいから」
そう言って蓮にウィンクする圭太。
やってることはキザだけど、顔がいいから様になる。蓮も、ホッとしたように相好を崩した。
変なやつだけど、こうやって笑ってると不思議と俺も安心する。
同じサークルの仲間なんだ、仲良くやっていけた方が楽しいに決まってるよな。
「そうだぞ、蓮。圭太のことは気にすんな」
「伊織はもうちょっと気にしようか?」
圭太のツッコミに笑い合って、俺たちの大阪旅行は幕を開けた。
*
「うっまー!」
「とろけるー!」
「あれ、マキさんどこ?」
「そっちも一口ちょうだい」
「圭太先輩、食べ過ぎですっ!」
グリコ看板の前で集合写真を撮った後、「大阪といえばたこ焼き!」という圭太の号令のもと、早速買い食いをする。
主に圭太が。
「伊織さん、見て!あの看板、テレビでよく見るやつ!でもすごくおっきい!」
「分かったから、お前はフラフラするな。真っ直ぐ歩け」
「あ、ごめんなさい。楽しくって、つい…」
俺はといえば、いつの間にか蓮のお目付け役になっている。
こういうのは千冬の方が上手くできるだろ、と思うけど、千冬は、たこ焼きを見つけ次第食べる圭太と、カメラ片手にフラフラどこかに行ってしまうマキさんの世話で忙しそうだ。
「はぁ…」
「あ、伊織さん!あれもよく見るやつ!」
「あーもう、お前それ貸せ」
また人混みの中に突っ込んで行こうとする蓮を引き止め、スラックスのベルトの端を掴んだ。
犬のリードみたいな感じに。
「俺から離れんな」
「……」
ベルトを掴み蓮を見上げると、蓮は静かに俺を見下ろす。
さっきまで犬だったのに、黙ってると恐ろしいほど美形だったのを思い出させる。ギャップがエグすぎんだろ。温度差で風邪引くわ。
「伊織さん、」
「ん? わっ!」
蓮がベルトをグッと引っ張り、俺の腕もつられて引き寄せられる。
よろけた身体が蓮にぶつかるけど、蓮はそっと受け止め、俺を支えた。
「何すんだよ」
「伊織さん、俺、こっちがいい」
蓮の手が、俺の手を握りベルトから解く。
握られた手は離されることなく、優しく包まれたまま。
俺より大きくて、少し冷たい手。
……こっちって、手繋ぎってことか?
「は?お前…」
「だめ?」
俺の言葉を遮り、蓮は首を傾げ、横から俺を覗き込んだ。
ち、近ぇ…。
囁くように問う低い声が、耳を熱くする。
目の前には、きめ細やかな肌に、綺麗な鼻筋。
伏せ気味の瞼から、甘えるような瞳がどこか不安げに俺を見つめた。
「……別に、いい…けど、よ…」
よく考えもせず、口が勝手に許可してしまう。
蓮の美形オーラが強過ぎたせいか、それとも、やっぱりどこか放っておけない気がしたせいか…。
蓮は肩の力を抜き、キラキラの瞳を細めて満足そうに笑った。
少し冷たかった手は、ゆっくり温まっていく。
「伊織さん、見て!」
「……今度は何だよ」
「ビリケンさんの真似」
「ブッ!あははっ!」
蓮は本当に意味分かんねぇ奴けど、これだけは分かった。
美形の変顔って、おもしろっ。


