俺の新幹線の席は、二列席の窓側。
隣は千冬、そして通路を挟んで蓮という並びだ。
「伊織先輩の荷物、上の棚に上げましょうか?」
「おー、さんきゅ」
「冷房寒くないですか?良かったら僕の上着、使ってください」
「いや大丈夫」
「あ、さっき売店で…」
「ふっ…!千冬、いいから座れって。お前、はしゃぎすぎ」
「……そういうわけじゃ、ないですけど」
席に座る前から、オカンモード全開の千冬に思わず吹き出す。
隣のシートの座面をぽんぽんと叩いて、千冬に早く座るよう促すと、千冬は口を閉じ、ジトっとした目で俺を見てから静かに腰を下ろした。
……笑われて拗ねたのか?
まぁいいかと気にせず、窓の外を見る。
朝の新幹線は少し静か。流れる景色を見ていると、非日常の始まりを感じてわくわくしてくる。
「伊織先輩、あの、動画…撮ってもいいですか?」
「setlogか?勝手にやれよ」
「違います!えっと……、記録用…です」
千冬が自分のスマホをいじりながら、横目でチラリと俺を見て、独り言のように尋ねる。
千冬のいう「記録用」とは、恐らく俺たち映画サークル恒例の、メンバーだけで共有するVlogのことだ。
主に女子達が編集をしてくれるから、俺たち男勢はカメラ係を務めることになっている。
「あー、おう。わかった」
「!、じゃあ、僕のスマホで」
千冬がインカメにしたスマホの画面を向け、ピコン、と録画の開始音が鳴る。
画面に映る、顔が良い後輩と平凡な俺。
甘く可愛らしい顔立ちの後輩は、照れながら嬉しそうに笑っている。
「お前、旅行楽しみだったんだな?」
「ふふ。今が一番楽しいかもしれないです」
「そーかよ。テンション高ぇな」
千冬が袖に少し隠れた手を画面に向かって振る。
俺も真似して少しカメラに近付くと、千冬と軽く肩がぶつかった。
ほんのり香る、金木犀みたいな甘い匂い。
千冬の体が微かに跳ねた。
「あ、悪ぃ」
「いいえ!全然っ、」
──ガタッ
千冬の方を見ようとした瞬間、突然、通路の向こうに座っていた蓮がいきなり立ち上がった。
千冬も俺も、音に反応して蓮を見る。
立ってるだけで絵になりそうな金髪は、ヘーゼルの瞳で不安げに俺を見ていた。
「…えっと、蓮くん、どうかした?」
「……………」
千冬が尋ねると、蓮はぐっと言葉を溜めて、首を横に振り席に座り直す。
変な奴。
虫でもいたのか?
その後、千冬とたわいもない話をして過ごし、新幹線での時間も中盤に差し掛かった頃。
窓の外の景色をしばらく眺めていると、徐々に眠気がやってきた。
体力持たねぇと怠いし、到着まで少し寝るか…。
目を閉じようとした時、千冬が俺の袖を引っ張る。
なんだよ、俺は寝かかってんのに。
「…伊織先輩、」
「なんだよ?」
千冬が、どこか幼さのある綺麗な顔を近づけ、小声で俺に訴える。
「蓮くん、ずっとこっちを見てるんですけど……」
仕方なく千冬越しに蓮を見ると、千冬の言う通り、蓮は身を乗り出してこちらを見ていた。
でも目が合った途端、パッと体を戻し前を向いた。
確かに怪し過ぎるな。
けど、今は眠てぇし……。
「もう見てないみたいだぞ」
「伊織先輩!……、蓮くんと、知り合いなんですか?」
「だから知らねぇって。それはあいつが勘違いして、好き勝手言ってるだけだろ」
「好き」と言った瞬間、蓮が「えっ!」と声を上げる。
一人で忙しいやつだな。
「俺はちょっと寝るから」
「ちょっ、伊織先輩っ…!」
いよいよ眠たい俺は、千冬の小声の叫びはスルーして寝ようとするも、もう一度、薄目を開いて千冬越しに蓮を確認した。
蓮は視線を落とし、自分の足元をじっと眺めている。
「………」
美術品のような美しい横顔。
その姿は儚く、新幹線の中という平凡な景色の中でも、蓮だけが映画のワンカットのように綺麗だ。
なのに、澄んだ瞳は不安と心細さでいっぱいの迷子の子供みたいに揺らいでいる。
変な奴だと雑に片付けていたけど、もう少し歩み寄ってやるべきだったか…?
変な奴ではあるけど、悪意はなさそうだし。
それに……、なんだか放っておけないって、感じてしまうんだよな……。
「………なぁ、千冬」
「はい」
「俺さ、このサークルのメンバーも雰囲気も、すげぇ好きなんだ。小さいサークルだけど、みんな仲良いし、趣味の話もそれ以外の話も楽しいし」
「…? はい、僕もです」
「だから、そのメンバーが増えるのは嬉しい。あいつも、ちょっと変わってるけど、……悪い奴じゃなさそうだし…。上手く馴染めるように、千冬も協力してやってくんね?俺と一緒に。」
眠たいせいで、声も顔もふにゃふにゃしてしまう。
言いたいことは言い切って、にこっと笑いかけると、千冬は言葉を詰まらせた。
千冬も眠たいのか、少し頬が赤い気がする。
「……はぁ…。はい、分かりました」
目を逸らし、不服そうに承諾した千冬に俺はまたニッと笑い返す。
千冬の面倒見の良さはピカイチだからな。
頼れる副部長が協力してくれるなら、安心だ。
今度何か奢ってやろう。
「ありがとな、千冬」
「いいえ」
唇を少し突き出して返事する千冬を見たまま、瞼を閉じる。
早川、蓮…。
あんな綺麗な奴、知り合いだったら記憶に残ってそうなもんだけどな……。
やっぱり…人違い、だな……。
「おやすみなさい、伊織先輩」
新幹線の微かな振動と千冬の優しい優しい声。
俺の体は完全にリラックスして、すぐに、眠りに落ちていった。


