サークル合宿に飛び入り参加した謎の後輩に、なぜか執着されている


「伊織おはよー。月曜の朝からお疲れだね〜?」
「……まぁな…」

朝。いつも通り実習生部屋に荷物を置きに行くと、先に学校に来ていた圭太が待っていた。
土曜の買い物は、あの後、女子3人に恥を忍んで事情を説明したところ、大変前のめりに協力してくださりやがって、俺の日曜日は女装力向上講座に費やされることになった。
明日香さんのメイク指導、彩葉の衣装指導、海未のヘアアレンジ指導…。

「女子って大変だよな……」
「どうしたの、本当に」

おかげさまで、土日にやろうと思っていた授業準備は、徹夜作業になっちまった。

しかもこの週末は、頭痛の種も多かった。
蓮のこと、マキさんのこと、千冬のこと…。
恋愛経験なんてない俺に、いきなりその手の問題が降りかかり過ぎだ。

「はぁ」
「大丈夫?伊織」
「おう。…ただの、寝不足」
「え〜?言ってくれれば、添い寝してあげたのに」
「忙しかったんだよ!一人で寝れるわ」

おいで、と両腕を広げる圭太の胸板に、軽く拳をぶつけ笑い合う。

最悪、圭太に相談してみるのもアリかもな。と思う。

圭太本人は、彼女はいないっていつも言うけど、誰かと付き合ってるとか、告白されたとかいう噂はよく聞く。
今までも、ちょっと俺が仲良くなって、いい感じかも?と思った女子は、軒並み、しばらくすると圭太関係の噂が出回っていた。
つまりアレだ。
将を射んと欲すればまず馬を射よ、ってやつだ。
とにかく、俺より恋愛経験は確実にあるはずだ。

「ま、でも実習は今週で終わりだからな。頑張るわ」
「うん。あ、伊織」

朝の打ち合わせに出席するため、職員室に向かおうと扉に手をかけると、後ろから圭太が手を伸ばし、俺の手を止める。

「何だよ?」
「……、」

振り返ってすぐ真上にある圭太の顔を見上げると、目を逸らされる。
ちょっと、顔も赤い気がする。

「早く行かねぇと。遅れんぞ?」
「……伊織。…えっと…、」

何か言い出しにくいことなんだろうか。
俺のスラックスのチャックが開いてるとか?
いや、圭太はそんなことを言うのにモジモジするような奴じゃねぇか。

圭太の真意が分からず小首をかしげる。
すると圭太は、ゴクリと喉を鳴らし、口を開いた。

「実習、終わったら、…食事でも、行かない?」
「……はぁ?そんなことかよ」

さっきまでの溜めは、何だよ。

「……行ってくれる?」
「当たり前だろ。別に、改まって聞かれなくても……あ、」

そういえば。
もうじきこいつの誕生日だ。

毎年、お互いの誕生日には、メシを奢るのが俺たちの慣習になっている。
それか。
それのことか。

「もしかして誕生日か?」
「あ、うん…まぁ、それも、ある」

最後の方は、声が小さくて拾えなかったが、やっぱり誕生日のメシで合ってたらしい。

圭太は視線を泳がせ、手はじんわり熱を持っている。

「お前、何食いたいんだよ?」
「……お店は、俺が予約する」
「お前の誕生日なのに?てか予約?あんま高いところはムリだからな」
「うん、大丈夫」

少し赤い頬のまま、ニコッと爽やかな顔で笑うと、ようやく手が離された。
扉を開けて、職員室へ歩き始める。

隣を歩く圭太は、なんだかちょっとぼんやりしてる気がする。
大丈夫か?



職員室に入ると、いつも静かな雰囲気なのに、今日は少し違った。

「あー、アウトだな」
「同じ教職として、恥ずかしいな…」
「うちは男子校だし、教員も男ばっかだから無関係だろうけど」
「いやいや、多様性の時代ですよ。無関係とは言い切れませんって」

先生達が集まって、何やら噂している。
気になって近付こうとしたところで、朝のミーティング開始の号令がかかった。


「えー、始めに、一点お伝えします」

咳払いと共に、教頭先生が切り出した。

「既にご存知の先生もいるかと思いますが…、昨日、県内のとある高校で、教員と生徒の不適切な関係が発覚し、問題になっています」


不適切な、関係。


心臓がどくっ、と脈打った。


「みなさんもよくお分かりだと思いますが…、高校生は、未成熟です。」


教頭先生の話に、マキさんの言葉が蘇る。

──相手への、「憧れ」と「好き」を履き違えてた


「本校は男子校で状況は異なりますが、公正な教育の為、生徒との距離感や自身の教員としての立場、今一度、それらを弁えて、……」


ああ、俺…。

別に俺は、ただの実習生で、その問題になってる教員と、全く同じ立場ってわけじゃねぇ。

でも、相手が、まだ精神的にも社会的にも未熟な高校生ってことは、変わりねぇ。



蓮に、高校生に、口説かれて、気持ちが揺れかけて、頑張れば蓮を認めるなんて、約束しちまって……。


目をぎゅっと閉じて、自分の過去の発言を恥じる。


俺はいい大人だろ?
あいつを…、蓮を、ちゃんと拒まないといけない。

3歳の年の差が問題なんじゃない。

大人と、高校生。


その差は、大きすぎる。











放課後、学校を出ると、先週と同じ場所に、蓮はいた。

「伊織先生」

パッと顔を輝かせ、俺に駆け寄る蓮。

「……また待ってたのかよ」
「うん!一緒に帰りたくて」

俺の顔を覗き込むように首を傾け、美しい金髪をサラリと揺らす。
今日は俺は、文化祭準備には顔を出さなかった。準備の後、また、ずっと待ってたんだろうな。

俺は、バス停に向かって歩き出す。
今日は、蓮と歩いて帰るつもりは、ない。

「伊織先生、スマホ、直ったよ」
「…良かったな」
「データは無事だったから、連絡先も、写真も残ってた。嬉しい」
「……」
「響輝たちが、クラスの、文化祭の宣伝用のアカウント作ったんだ。先生も、フォローして」
「……そうだな」

蓮の顔が、見れない。
あのキラキラの笑顔が自分に向けられると、また、絆されそうになる気がした。

ちゃんと、拒まねぇと。


「先生?…元気、ない?」

俺の前に立ち塞がり、腕を掴む。
綺麗な顔が、心配そうに俺を覗き込んだ。

「……蓮」
「うん?」
「悪い。やっぱり、お前の気持ちには応えられない」
「…え……」

俺の腕を掴む手が、小さく震えた。

「何で…?きっと、認めてくれるって…」
「蓮。俺が悪かった。でもやっぱ、お前はまだ高校生だ」
「それのどこがダメなの?俺は、本当に、本当に伊織さんのことが──、」
「蓮」

蓮の手を、静かに引き剥がす。

「お前の言う『好き』って、本当に『好き』なのか?」
「っそうだよ!俺はずっと、2年前に会ったあの日から、ずっと、伊織さんが…!」
「年上への憧れとか、その……、親、代わり、とか…。そういうものと、間違えてねぇか?」
「…っ、」

蓮の家庭の問題にまで言及していいか迷った。
迷った末に、口にした。

「それにな。俺は実習生でしかねぇけど、それでも、実習先の生徒と、その…個人的な、…恋愛関係とか…、そういうことがあるって知れたら、…いろんな人に、迷惑かけんだよ」
「でも、伊織さんが実習に来る前から俺は…!」
「そんなの、関係ねぇんだよ」

思ったより、冷たい声が出た。

「そういうことが分からないのが、子供だって、言ってんだよ」
「い、おり…さん……」

泣き出しそうな蓮の顔。
そんな表情さえ、美しい。

「お前がどれだけ俺に…、好き、って、言ったとしても」

ハッキリと、口にする。

「俺は、お前を好きにならない」
「……っ」
「もう、やめろ。恋愛ごっこは、これで終わりだ」
「………」

立ち尽くし、目から涙をこぼす蓮を置いて、その場から足早に去る。

遠くから、バスの走行音が聞こえる。

振り返ると、美しい金髪は、その場で項垂れたまま動かない。

街灯の光に、蓮の左耳のピアスが鈍く光って見えた。

──蓮に頼まれて、俺が開けた、ピアス。


「傷、つけちまって、ごめんな」


誰にも聞こえないくらい小さな声は、バスの停車音に掻き消される。

俺は胸の奥がキリキリする痛みを見てみぬふりして、バスに乗り込んだ。







翌日から、蓮は学校に来なくなった。