サークル合宿に飛び入り参加した謎の後輩に、なぜか執着されている


「…、…?…、」

なんだ…?、うるせぇ…

「……、……!…。」

俺の家の場所なんて聞いて、どうすんだよ。

「…、…。……!」

…………
……

…やっと静かになった。

てか身体痛ぇ。頭も痛ぇ。

……眠い…。















「伊織先輩!?開けてくださいっ!」
「!?、〜っ…、」

ガタガタいう音と、呼び声に飛び起きると、窓から射す明るい日差し。
そして、背中に痛み。

…なんだここ。
あ?
俺、玄関で寝たのか?


「伊織先輩っ!大丈夫ですか!?」

玄関ドアが焦ったようにノックされる。
痛む怠い体に鞭を打って、立ち上がり、ドアを開ける。

「あ、良かっ……酒くさっ!」
「………だれ?」
「っ、千冬ですよ!もう!誰のせいだと思ってるんですか!」
「………」

ドアの前にいたのは、ピンク頭に、黒い服のパンク女子。
スラッと伸びた長い脚に、小さな顔。
オーバーサイズのトップスは、ゴツゴツしたデカい絵が描かれていて、弛むトップスの裾の下には、ダメージの入ったショートパンツの裾が見えている。
黒のキャップを被った頭は、ピンクの髪が後ろで短く縛られ、指でズラした黒いマスクから、可愛らしくも整った顔を覗かせる。

「あんま他の人に見られたくないので、…入れてください」
「あ、おう…」

…美少女かと思ったわ。







「ここが…、伊織先輩の部屋、なんですね…」
「おう。適当に寛いどけよ。シャワー行ってくるわ」
「!、は、はい…」

何で千冬がいるのか、なんでそんな格好をしてるのか、それも不明だが、とりあえず風呂だ。身体が汗でベタついて気持ち悪ぃ。

微妙に痛む頭と、軋む身体で、風呂場に向かう。途中、ローテーブルの脇に置かれた、空き缶の入ったゴミ袋を見て、やっと昨晩のことを思い出した。

昨日、俺は、マキさんにキスされた。
マキさんに、キス……


──愛してる、伊織


「うわぁああ、ッ、痛ってぇぇ!?」
「っ!?だ、大丈夫ですか!?」

首筋を手で押さえたまま、よろけて壁に頭をぶつける俺。急いで脱衣所に駆けつけてくれたパンク女子。

「………悪ぃ。なんでもねぇ」
「……なら、早く入ってきてください」

眉間に皺を寄せて、脱衣所を出る千冬。

……ほんとに、なんであんな格好してんだ?アイツ。








熱いシャワーを浴びて、身体の不快感もマキさんのモヤモヤも、流れ落ちていく。
昨日は酔ってたし、マキさんもちょっとおかしかったんだろう。せ、セックスは…やり過ぎだけど、好きだって思ってもらえるのは、ありがてぇことだし、嫌われてるよりずっといいはずだ。
うん、そうに決まってる。

体を拭いて部屋に戻ると、千冬の姿は無かった。
トイレかと思っていたら、スマホにメッセージが来ていた。

〈近くのコンビニにいます。出かける支度できたら来てください〉

「あ、」

そうだ。
今日は土曜。
ミスコン用の服を買いに行くんだった。
数日前に、学校で双子に、千冬と買いに行ってこいと言われたことをやっと思い出した。

…そういえば。
千冬って、実家住みだったよな?
わざわざこっちまで迎え来てくれたのか…。

申し訳ない気持ちが湧き上がり、心の中で千冬に謝りながら、急いで支度を始める。

──ゴツン!、カラン、カラン

「痛ってぇ〜!」

バタバタと部屋の中を動き回っていたせいで、途中、ローテーブルの角に足をぶつけた。
その拍子に、ゴミ袋を倒し、昨日の空き缶が散乱する。

急いでる時に限って。


「くっそ、最悪……あ?」

散らばった空き缶に、目を疑う。
そこにあるのは、俺の飲んだレモンサワーと、マキさんが飲んでたハイボールだけ。

ハイボールの空き缶を手に取って、控えめに書かれた文字を読む。


“ノンアルコール”


「…ノンアルコール…?え、このハイボール、ノンアル…!?」

空き缶を漁っていた手が止まる。


は?
じゃあ、昨日のマキさんは……?


途端に、顔が熱くなる。

マキさん、昨日のあれ、全部シラフだったのか…?


「………。と、とりあえず、今は急がねぇと…」

落ち着かない気持ちを押し込めるように、散らばった空き缶をゴミ袋に押し込んだ。

胸のドキドキはおさまらないまま、俺は家のドアを閉めた。









千冬はコンビニの前で待っていた。

「千冬、悪ぃ」
「目は覚めましたか、伊織先輩」
「ああ。あと今日の約束も、すっかり忘れてた。すまねぇ」
「はぁ。そんなことかと思いました。とりあえず、行きましょう」

千冬に促され、歩き始める。
買い物といえば、駅の方に行くことになるから、駅行きのバス停に向かう。

「にしても、お前のその服装、何?」
「……」
「似合ってるけど。一瞬、女かと思った。千冬って女装趣味あんのか?」
「……いい加減、怒りますよ」
「……すみません」

丸い目を不機嫌そうに細めた千冬に、早々に白旗を挙げる。
コイツは怒らせたら絶対ぇ怖いタイプな気がする。

「女装するのは、伊織先輩でしょ。男二人で女性服を見ると不審がられるかもしれないからって、この格好で行くよう弟達に言われて…」
「なるほどな。じゃあそれはシュンかハルの服なのか?」
「あ、…いえ」
「…?」
「これは、……その…、」
「?」
「……バンドの…」

頬を赤くして目を逸らす千冬。
バンド?
バンドって、あの音楽のやつか?

「バンドやってたのか?知らなかった」
「…去年、地元の友人に頼まれて、助っ人で入って、そこからズルズル続けてるだけです」
「へぇ!音楽できたんだな?すげぇ」
「ほ、他の人には、ぜったい、内緒にしてください!」
「なんでだよ?」
「……全然、有名とかじゃないんですけど…、」
「おう?」
「……いつの間にか、…ガールズバンドってことになっちゃってて…」
「………」



やっぱ女装じゃねぇか