昼休み。圭太と昼飯を食ってから教室へ向かう。
「あ!大学生の先生!」
「名前なんだっけ〜?」
「先生、彼女いる?」
「先生って童貞?」
「今週のジャンプ読んだ?」
教室には蓮の姿はなく、代わりに自由に昼休憩を過ごしてる生徒達から、思い思いの質問を受けた。
「睦月伊織だ。彼女はいねぇ、童貞。ジャンプは読んだ。なぁ、蓮どこか知らねぇ?」
「「「…」」」
少しの沈黙の後、ドワッと笑い声。
何だよ…?
「先生、早川と知り合いだから、もっとヤバい感じかと思ったー」
「童貞かよ!てか口悪いッスね」
「やっぱ2組の実習生先生くらいイケメンじゃないと、彼女なんてできないんじゃ…?」
半分以上のコメントがイジりな気がするが…。
まあいい。それより気になったのは蓮のこと。
「蓮ってヤバい感じなのか?」
「なんつーか、全然喋んないッス」
「話しかけても、何も答えないもんな。」
「もともとモサモサの髪でいつも顔も見えなくて、何考えてるか分かんなくて〜、常に関わるなオーラが出てる感じ?」
「それがゴールデンウィーク明けに急にあんな風にイメチェンしてきて、エグ〜って」
「てか今朝の!あんなの初めて見たッス!先生、早川の何!?」
テンポよく喋る高校生達のスピードに圧倒される。
とにかく蓮がクラスメイト達によくない態度を取っていることは、十分わかった。
「俺は、蓮とはただの知り合い──、」
「伊織さんっっ!」
「ゔッ」
背後のドアが開き、飛びかかってくる犬…、ではなく、抱きついてくる、蓮。
「なかなか来ないから探してた!スーツ、似合ってるね。大人っぽいね」
満面の笑みで、俺の全身を3往復くらい見る。
母親かよ。
「蓮、お前…、」
「えっと、早川。伊織先生も、早川を探してたみたいだぞ。」
クラスメイトの一人、柔道部とかラグビー部って感じの大柄な男子生徒が蓮に話しかける。
確かコイツは、クラス委員の米村雄大…だったか?
いかつい体格に反して表情は優しい。おおらかな声は、人柄の良さが滲んでいるように感じる。
蓮が、あんな感じの評判であるにも関わらず、積極的に関わろうとしてくれてる様子だ。
それに対して蓮は。
「………。」
なんか言えよ。
黙りこくる蓮を横目で見て、背中を軽く叩いてやる。
こいつ、サークル合宿の時はもうちょっと普通に話せてなかったか?
「ねぇ先生、藤山大の映画同好会って言ってなかった〜?」
「もしかして〜、兄貴と一緒のサークル?」
横から顔を出した背の高い二人の男子生徒。
どこか間延びした喋り方をする、明るい茶髪のチャラそうな双子だ。
名簿で見た時からもしかして、と思っていたが…。
「千冬の弟?」
「「そうデース」」
「俺が春丞。シュンくんでーす」
「俺が春樹。ハルくんでーす」
「え!千冬さんの…っ」
やっと声を出した蓮。
「「早川も兄貴のこと知ってるの?」」
「…、え、と…」
「蓮も最近同じサークルに入ったんだよ。ほら、この前行った旅行の写真」
スマホを開いてすぐに出てきた、ユニバでの集合写真を見せる。
「オレにも見せて!」
雄大と双子が覗き込み、その下から、もう一人の生徒がにゅっ、と顔を出す。
小柄で、サイドの髪はぴょんぴょん跳ねている。半袖シャツを更に肩まで腕まくりした元気そうなヤツ。名前は確か、橘 響輝だったか…
「「「「じょ、女子大生だあああああ」」」」
うるせぇ。
見せて、見せてと、次から次へとスマホに群がる生徒たち。
女子だ、女子だと一通り騒ぎながら、次第に、「早川、女子大生と知り合いなの!?」「紹介してくれ!」「早川、同じクラスのよしみで頼む…!」「てか、インスタ教えてよ!」と、蓮に話しかける奴も増えてくる。
いいクラスメイトじゃねぇか。
蓮の背中を軽く押してやると、蓮は俺を振り返る。
「(なんか喋れ)」
小声でエールを送る。
「…スマホ、壊れて…る、から…」
それだけ言うと、また俺を一瞬見る。
こっち見んなよ。授業参観で発表する小学生か。
「……直ったら、…お願い、します」
「おー!」
「確かに、文化祭の連絡とかしたいしな!」
「直ったら教えろよー」
なんだ、この微笑ましい気持ち。
思わず口の端が緩んで、蓮の頭をくしゃくしゃと撫でる。
蓮も俺を振り返り、照れくさそうに頬を染めていた。
関わり方が下手すぎるだけで、嫌ってわけじゃなさそうだな。
そう思い一安心。
「「せんせー」」
と、そこに双子の揃った声。
「なんだよ?」
「このキラキラな猫耳って、」
「先生の趣味〜?」
……見せる写真、間違えたわ。

