気持ちを落ち着ける暇もないまま、ホームルームの時間がやってくる。根室先生と教室に向かう。
どういうことだ?
ありえねぇだろ。
蓮が、高校生…?
根室先生と教室に入り、紹介を受ける。
当たり前だが、教室内は男しかいねぇ。
その中で、あの二日間で何度も見た、蓮の姿を探す。
「…は、初めまして。藤山大学、教育学部3年の睦月伊織です。今日から二週間、皆さんの国語の授業を担当させてもらいます──」
いない。
あの目を惹く、飛び抜けたイケメンは、この中にはいない。
そうだよな、きっと同姓同名の別の奴だ。
「私は映画鑑賞が好きで、皆さんと同じ高校2年生のころは、──」
徐々に気持ちも落ち着いてきて、事前に用意した挨拶文を喋り続ける。
生徒達からの、特段興味もないような、というか、月曜の朝らしい、眠たそうな視線を浴びる。
「──、短い期間ですが、よろしくお願いします。」
挨拶が終わると、ぱち、ぱち、とまばらな拍手。
コソコソ話す声も聞こえる。
「やっぱ女は来ないよなぁ…」「でもうちって共学になるらしいじゃん」「うそ!?」「それ嘘だって」「またただの噂だよ、毎年流れるやつ」
ああ、これが男子校か…。
ずっと共学だった俺にとっては少し新鮮。
生徒たちの無駄話と、根室先生の話を聞きながらそんなことを考えていると、教室の後ろの扉が開いた。
──ガラッ
「…!」
思わず、息を呑んだ。
無造作に腕まくりされた長袖の白シャツに、学校指定のネクタイを緩く結ぶ。
サラサラの金髪に、芸術品のように美しい横顔。左耳にピアス。
蓮だ。
1ヶ月前、一緒に大阪を回った、あの、蓮だ。
サラリと揺れた金髪は、あの日見た時より少し伸びていて、前髪が目にかかっている。
「遅刻ですよ、早川くん」
根室先生の言葉も無視して、教室の一番後ろの一番隅にある席まで気怠い足取りで向かう蓮。
合宿のときの雰囲気とは全く違う。
どう見ても、このクラスから浮いていて、誰とも関わる気はないと言っているかのような、ひどく冷たい雰囲気を感じる。
現に、クラスメイトの誰もが、蓮を見ようともしない。
その時、輝く金色の髪の奥の、綺麗な瞳と目が合った。
「え、うそ…」
呟いた蓮は、目を見開き、その場に荷物を放り出して教壇に向かって走ってくる。
そして。
──ぎゅうっ。
「伊織さん!?なんで!?でも嬉しい!本当に会いたかったから…!嬉しい、嬉しい…っ!!」
ポカンとする他の生徒達と、根室先生。
強くなる腕の拘束。
俺の知ってる、犬みたいな蓮が顔を出す。
さっきまでのツンツンした雰囲気はどこいったんだ?
「えっと…、睦月先生と知り合いだったんですか、ね…?」
「………、まあ、そう──」
「すごく仲良し!」
「おい」
俺に被せて元気に返事をする蓮。
デジャヴ感と、微妙な居心地の悪さ。
静まり返る教室。
どうすんだよ、この空気。
ホームルーム終了のチャイムが響き、蓮を引き剥がした俺は、根室先生と静かにざわめく教室を後にする。
「伊織さん、どうしてここにいるの!?俺に会いに来てくれたの!?」
金髪の大型犬も一緒に。
「違ぇ…、ゴホン。違うよ、教育実習で来たんだ…よ?」
根室先生がいる手前、少し丁寧な口調を意識する。
やりずれぇ。
この後は、職員室で仕事内容の簡単な説明を受けた後、根室先生の授業を見学させてもらうことになっている。
正直、蓮に問いただしたいことは山ほどある。
少し歩調を緩めて、根室先生の背後で小声で蓮に言い聞かせる。
「とにかく、お前は教室に戻れ」
「やだ!」
「なんでだよ。授業始まんだろ」
「そんなのいい」
「よくねぇよ、何しに学校来てんだよ」
この話が通じない感じ。
間違いなく、あの蓮だと、改めて思う。
「俺は実習で来てんだよ。お前と遊びに来てるわけじゃねぇの」
「でも…、」
「昼休みにまた教室に行く。俺もお前に聞きたいことが山ほどあるからな」
「…」
蓮は、納得いかないような表情ではあるけど、やっと静かになる。
そして、俺の手を取り、小指を絡ませた。
冷たい指。
作り物のように美しい顔が近づき、強い視線に、思わず一瞬息を止めた。
「…約束」
「…、ああ。ほら、頼む。根室先生に迷惑かけたくねぇんだよ」
いつの間にか職員室まで着いていた俺たち。
根室先生が振り返り、蓮に教室に戻るよう促し、やっと蓮は教室に戻って行った。
「驚きましたね。早川くんとは、どんな知り合いなんですか?睦月先生のことを、お兄さんのように慕ってましたね」
「…えっと…、」
職員室に入るなり根室先生に尋ねられ、答えに詰まる。
「蓮が大学生だと偽ってサークル合宿に飛び入り参加してきたので知り合いました」とは言えないだろ。
「趣味の…、繋がり…?です」
「…?」
「伊織!」
そこに、ガラッと勢いよく職員室の扉が開き、圭太が飛び込んできた。
「伊織、出た、出たんだよ!」
「あ?」
「幽霊が…、蓮が!!」
圭太…。
あれ、本気で言ってたのか?
「へぇ、映画同好会!あの早川くんが」
「早川のやつ、映画なんて好きだったんだなあ」
「アイツちょっと大人びてるもんな、大学生くらいの方が話が合うのかもしれないなぁ」
「いやぁ、急に金髪にしてきた時は、悪い大人と関わってるんじゃないかって心配したけど、圭太先生たちとなら安心ですね」
「自由な校風といっても、本当にあんな髪にしてくる子いませんもんねぇ」
「大学生達の雰囲気に当てられて、ちょっと背伸びしたくなったのかなあ」
職員室にいる教員だけで、ちょっとした盛り上がりを見せる。
というのも、蓮はやはり学校で浮いた存在らしく、先生達も扱いに困っていたらしい。
というか、「大人びてる」って今聞こえた気がする…が、気のせいだよな?
「はい、安心してください。蓮は楽しくサークル活動に参加してますし、他のメンバーとも仲良く過ごしてます。あ、この前の合宿の動画観ますか?」
「わあ、すごいな!面白いね!」
「今の大学生はこんなの作れるのか?プロみたいだな」
「あはは、映画同好会ですからね」
そして、この短時間で謎に先生方の信頼を勝ち得ている圭太。何をしたんだよ。
てか、動画編集技術に映画同好会は関係ねぇだろ。
「睦月先生、私達はそろそろ授業に向かいましょうね」
「あ、はい、すみません」
根室先生に優しく肩を叩かれ、賑わう職員室を出て、次の教室へ移動する。
「睦月先生たちの実習期間の最後に、文化祭があるのは承知していますね?」
「はい、見学させていただきます」
「ほ、ほ。文化祭は生徒主導なので、私達は見守りに徹しますけどね。実習生さんは、子供達と積極的に関わって、参加してくださいね」
「そうですか、分かりました」
「放課後も、時間が許せば、みんなと一緒に準備を手伝ってあげてください」
「はい、もちろんです」
「そして、睦月先生には、早川くんのことも。よろしくお願いします、ね。」
「はい。……はい?」
チャイムと同時に教室の扉を開く根室先生。
今、サラッと、面倒くさそうなお願いされなかったか…?

