俺たちが戻ると、ジェットコースターを楽しんだ他のみんなは、丁度アトラクションを降りたところだった。
「あ、伊織、千冬!お待たせー」
「伊織さん!」
「蓮、肉買い行こー!」
「圭太、もう帰らないと新幹線の時間に遅れるよ」
「伊織、頭痛大丈夫?」
閉園時間まではまだ時間はあるけど、俺たちは出口に向かって歩き始める。
体調を気遣う声に適当に答えながら、俺はネックレスのことを聞くために、真っ先に圭太の元へ向かった。
途中、蓮が俺に駆け寄ってきたけど、「悪ぃ、後でな」と軽く断って蓮の横をすり抜ける。
今は、圭太が優先。
大阪を離れる前に、ネックレスを探さねぇとだからな。
「圭太、ちょっと……」
「ん?」
できたらみんなとは少し離れて歩きたい。
ネックレスを失くしたことは、まだマキさんには言いづれぇし。
圭太の服の端を摘んで圭太を見上げると、圭太は口の端を少しだけ上げて優しく目を細めた。
さすが俺の親友は、それだけで察してくれる。
何も言わずに俺のゆっくりな歩調に合わせ、みんなと少し距離が開く。
「どうした?伊織」
「圭太、俺、昨日ネックレス着けてたんだけど、失くしちゃってさ。圭太、知らねぇ?」
「………」
「折角マキさんがプレゼントしてくれたのに、いつから失くしたのか分かんねぇんだよ…」
隣を歩く圭太を見上げながら、小声で尋ねた。
困った気持ちが顔にも出てるのが、自分でもわかる。
眉はハの字に下がっちゃうし、唇は真ん中に少し力が入ってちょっと突き出る。泣く前の子供みたいな、情けねぇ顔。
圭太はそんな俺の表情を観察するように、俺の目をじっと見てから、口元まで視線を滑らせ、微かに瞳を揺らし顔を逸らした。
「圭太、昨日の夜、酔った俺の世話してくれたんだろ? そん時にネックレス着いてたか、覚えてねぇか?」
「……伊織は本当にマキさんが好きだよねぇ」
「は?」
正面を向いたまま、鼻歌みたいな軽い声で言う圭太。
切長の目の端で、黒い瞳がちらりと俺を見た。
外の薄暗さも相まって、どこか冷たい雰囲気を感じさせる瞳。
「確かに伊織って、大人っぽくて優しい感じの女の子が好きだもんね?」
「は?おい。そんな話、今関係ねぇだろ」
「あと、胸のサイズも控えめな子!」
「はぁ!? ていうか、それはお前も同じだろ!」
なんか恥ずかしくて俺がムッとすると、圭太は意地悪そうにニッと笑った。
圭太だって似たような趣味のくせに。
昔から、俺が「ちょっと気になるな」と思うような子は、そう自覚する頃には圭太と付き合っていた。
そもそもコイツがモテ過ぎんだよな。
顔もスタイルも頭もいい、(外面だけは)完璧人間だから仕方ねぇけど。
「はぁ。まあ、知らねぇならいいわ。昨日の串カツ屋とホテルに電話で聞いてみて、マキさんにも……」
「あー、伊織」
マキさんには早めに謝っておこう。
パークを出て駅に向かう一向の中からマキさんの背中を探そうと視線を向けると、圭太が俺を呼んだ。
長い指で俺の顎を持ち上げ、俺の顔は強制的に圭太の方を向かされる。
「知ってるよ」
「あ? そうなのか? なら早く言えよ」
「その代わり、…今度、俺のプレゼントも貰ってくれない?」
どんな交換条件だよ?
どうせ圭太のことだから、くだらねぇドッキリおもちゃとかを俺に仕掛けてぇだけだろ。
……と、頭では思うけど、なぜか圭太の黒曜の瞳はいつもよりずっと真剣だ。
圭太の考えは読めねぇけど、とりあえず俺は頷いて承諾する。
圭太の空気がフッと和らいだ気がした。
「ネックレスは、伊織の荷物の中に入れといたよ」
「えっ!?」
「寝てる時に危ないかと思って、親切で優し~い圭太くんが、外しといてあげたってわけ」
瞼を少し下げ、ドヤ顔で俺を見下ろす圭太。
腕組みまでして胸を張り、俺のお礼待ちなのを全身で表現している。
俺は思わず吹き出した。
「そーかよ。はぁ~良かった。圭太、ありがとな」
「んん?」
「……ありがとうございます」
「んんーー?」
「ありがとうございます!親切で優しい圭太様!」
「ハハッ、構わんよ」
「うぜぇわ」
圭太の脇腹を軽く小突くと、圭太は笑いながら俺の攻撃を避けた。
外面だけで中身は小学生の頃と変わんねぇ奴。
…だから、俺は圭太といるのが好きなんだけどな。
圭太には言ってやんねぇけど。
*
帰りの新幹線は、三人掛けの真ん中席。
行き同様、明日香さんのチケットくじ引き方式で決定して、一人別車両になったのは蓮だった。
預けていた荷物を確認すると、外付けの小さなポケットにマキさんのネックレスが仕舞われていた。
絡まないように丁寧に厚紙に巻き付け袋に入れてあるという配慮付きだ。
俺は首に付け直して、左隣の席にいる圭太に改めて礼を言った。
「マジで焦ったわ。ありがとな、圭太」
「いーよ。それより、伊織はお弁当何買った?」
「お前…、本当食うの好きだよな。俺は唐揚げ弁当。お前は?」
「俺はね~、」
「二人とも、お疲れ様」
「マキさん!」
「お疲れ様でーす」
俺の右隣はマキさんだったらしい。
ほのかにタバコの匂いを纏ったマキさんが、席に腰掛けて長い足を組む。
ふと、両サイドの二人と自分を見比べ、俺は二人に気付かれないようにため息をついた。
「……マキさんって、身長何センチでしたっけ」
「ん?183」
「圭太は?」
「182」
「……」
俺は168。つまり2人とは15センチ程差がある。
なのに。
座った時の頭の高さは、どう見ても15センチも差がねぇ。
「圭太うぜぇ」
「ええ!?なんで?」
「伊織は何センチだっけ?」
「ひゃくろく…、170センチです」
「はい嘘~!」
「うるせぇ」
マキさんの質問に凡その数字で答えると、圭太がニヤニヤしながらすかさず口出ししてくる。
2センチなんて誤差だろ?
そんな俺と圭太のやりとりにマキさんは小さく笑って、ノートパソコンを開いた。
チラッと見えた画面には、俺には全く分からねぇ化学式が書かれた論文っぽいものが映っている。
こんなとこでもやんのか、大変だな。
「あーあ、二日間、あっという間だったな~」
新幹線が走り出すと、圭太はそうぼやきながら、早速弁当の蓋を開ける。
厚切りの牛肉がデカデカと載った茶色い弁当だ。
マキさんも、口の端に笑みを浮かべながらサンドウィッチと缶コーヒーを開けた。
いい匂いにつられて俺も自分の弁当を取り出す。
「しかも来月は実習だし。実習期間、かなり忙しいらしいじゃん?正直ヤダよね~」
「だな。まあ、教師になろうって決めた時から、大変さとか忙しさは覚悟してるけどな」
「ああそっか。二人とも同じ学校に教育実習行くって言ってたね」
「はい、藤栄 (とうえい)高校です」
「男子校ですよ、男子校。むさ苦しそうですよねー」
「セクハラで訴えられる心配は無ぇけどな」
ハハッと笑って言うと、圭太が俺を見る。
「伊織はセクハラされる側じゃない?」
「は?」
男子校で男実習生がセクハラされる??
そんなわけねぇだろ。
「伊織、何かあったら俺に言って」
「…はい…?」
マキさんが横から穏やかな声で言う。
マキさんまで何言ってんだ、と思うけど、細められた目はいやに暗い気がする。
やっぱマキさん…疲れてんのかな。
「それにしても、自分が子供たち相手に授業するって、なんか変な感じするな~!伊織、俺たち『先生』って呼ばれるんだよ?」
「そうだな」
「なんかむず痒くない?ね、伊織先生~」
「圭太に言われると鳥肌立つな」
「なんで!ていうか、伊織は先生って呼ばれるの慣れてるか」
「あ?」
「塾バイト。前にやってたじゃん?」
「あー、夏期講習の採点バイトな」
圭太に言われて二年前の夏を思い出す。
大学1年生の時、地元の先輩に頼まれて行った短期バイト。
採点だけだと思っていたら自習室の監督までさせられてかなり怠かった。
だからそれ以来やってねぇ。
「授業やってたわけじゃねぇから、塾生とはほとんど関わりねぇし。『先生』なんて全然呼ばれなかったけどな」
「そうなの?でも一人、仲良い生徒がいたんじゃなかったっけ?」
「仲良い…?」
「ご飯一緒に食べたって言ってたじゃん」
「………あー。…お前、よく覚えてんな」
「まあね」
俺は、わざとらしく鼻を鳴らす圭太スルーしたけど、マキさんは圭太の記憶力について優しく褒めている。
ちょっと羨ましい。ちょっとだけな。
確かに圭太の言う通り、一度だけメシを奢った生徒がいた。
まるで「世界中の不幸を背負い込んでます」とでも言うかのように、常に俯き、身体を縮こまらせていた中学3年生の男子。
伸びきったモサモサの黒髪に、太い黒縁メガネで顔も表情も見えない。朝早くから夜遅くまでずっと自習室にいた、無口なチビ。
「いたな。いたけど、仲良いってわけじゃねぇよ。一度だけ、仕方なく飯奢ってやっただけ」
「そうなんだ?」
「仕方なく、な」
チラリと圭太の弁当を見ると、もうほとんど食い終わっている。
よく食う上に、食べるスピードも早ぇ。
「でもさ、文化祭は楽しみだよね!」
「おう。どんな感じなんだろうな」
「へぇ、文化祭あるの?」
「そうなんです。俺たちの実習期間にちょうど被ってて!おかげでその日は授業しなくていいんですよ~」
「二日目は一般来場もできるみたいですよ。マキさんも来ますか?」
「行こうかな。二人が先生やってるところ、見てみたいからね」
マキさんはエクボを凹ませてゆるりと微笑むと、サンドウィッチの包みを片付ける。
反対側を見ると、圭太もいつのまにか空になった弁当の箱を片付け始めている。
……俺が遅いのか?


