俺たちが戻ると、ちょうど他の皆んなもジェットコースターを降りたところだった。
「楽しかったですね!」
「あ、伊織、千冬!お待たせー」
「伊織さん!」
「蓮、肉買い行こー!」
「圭太、もう帰らないと、新幹線の時間に遅れるよ」
「伊織、体調は?大丈夫?」
日没前のテーマパーク内は、閉園時間まではまだ時間があって賑わっているけど、俺たちは出口に向かって歩き始める。
体調を気遣う声に適当に答えながら、ゲートをくぐる。
入場時には保安検査やらチケット確認やらで、少しずつ高められたワクワク感があったけど、退場時は呆気ねぇもんだな。
「伊織先輩、頭痛はもう大丈夫ですか?」
「カチューシャ付けてたせいかもね?痛くなっちゃう人いるもんね」
大阪駅まで向かう電車で、海未と彩葉に話しかけられる。
「もう大丈夫。心配かけて悪かったな」
そう答えると、2人は一瞬目配せし、俺に詰め寄る。
「朝、圭太と2人で来たよね?昨日泥酔の後にナニかあったの!?」
「さっき千冬が看病してくれたんですよね?ナニかありませんでしたか!?」
「「レンレンと2人で行動してたとき、ナニしてたの!?」」
何だこの質問攻め。
何も無ぇけど…。
電車に揺られ20分ほど。
一度だけ乗り換えて、無事に大阪駅に着く。
各自が大阪土産や駅弁を買って、新幹線改札に着くと、行きと同様、明日香さんが指定座席のチケットを1人ずつ引かせた。
帰りの新幹線で、一人別車両になったのは蓮。
俺は三列席の真ん中。右の窓側席にマキさん、左の通路側に圭太がいる席だ。
座席に着いて、両サイドの二人を見て、尋ねる。
「マキさんって、身長何センチでしたっけ」
「ん?183」
「圭太は?」
「182」
「…」
俺は168。つまり2人とは15センチ程差がある。
なのに。
座った時の頭の高さは、どう見ても15センチも差がねぇ。
「圭太うぜぇ」
「ええ!?なんで?」
「伊織は何センチだっけ?」
「ひゃくろく…、170センチです」
「ダウト」
「うるせぇ」
マキさんの質問におよその数字で答えると、圭太がすかさず口出ししてくる。
2センチなんて誤差だろ?
そんな俺と圭太のやりとりに、マキさんはゆるく微笑みながら、ノートパソコンを開く。
チラッと見えた画面には、俺には全く分からねぇ化学式が書かれた、論文っぽいもの。
こんなとこでもやんのか、大変だな。
「あーあ、二日間、あっという間だったな〜」
新幹線が走り出すと、圭太はそうぼやきながら、早速弁当の蓋を開ける。
厚切りの牛肉がデカデカと載った茶色い弁当だ。
マキさんも、口の端に笑みを浮かべながらサンドウィッチと缶コーヒーを開ける。
いい匂いにつられて、俺も腹が減ってきて、自分の弁当を開ける。
俺の買った弁当は、唐揚げ弁当。
やっぱ肉だよな。
「しかも来月は実習…」
「そっか。二人とも同じ学校行くって言ってたね」
「はい、藤栄高校です」
「男子校ですよ、男子校。むさ苦しそうですよねー」
「セクハラで訴えられる心配は無ぇけどな」
ハッ、と笑って言うと、圭太が俺を見る。
「伊織はセクハラされる側じゃない?」
「は?」
男子校で男実習生がセクハラされる??
そんなわけねぇだろ。
「伊織、何かあったら俺に言って」
「…はい…?」
マキさんが横から穏やかな声で言う。
マキさんまで何言ってんだ、と思うけど、細められた目は、いやに暗い気がする。
疲れてんのかな。
「授業するの、緊張するな〜!俺たち、『先生』って呼ばれるんだよ!?」
「そうだな」
「なんかむず痒くない?伊織先生〜」
「圭太に言われると鳥肌立つな」
「なんで!ていうか、伊織は先生って呼ばれるの慣れてるか」
「え?」
「塾バイト。前にやってたじゃん?」
「ああ、夏期講習の採点バイトな」
圭太に言われて思い出す。
2年前、大学1年の時にやった短期バイト。
採点だけだと思っていたら、自習室の監督までさせられて怠かったから、それ以来やってねぇけど。
「授業やってたわけじゃねぇから、塾生とはほとんど関わりねぇし。『先生』なんて全然呼ばれなかったけどな」
「そうなの?でも一人、仲良い生徒がいたんじゃなかったっけ?」
「仲良い…?」
「ご飯一緒に食べたって言ってたじゃん」
「……あー、」
脳裏に蘇る、一人の男子中学生の姿。
顔がほとんど隠れるほど伸びきった黒髪に、太い黒縁メガネ。常に猫背で体を縮こまらせ、朝早くから夜遅くまで、ずっと自習室にいた、無口な子供。
「いたな。いたけど、仲良いってわけじゃねぇよ。一度だけ、仕方なく飯奢ってやっただけ」
「そうなんだ?」
「仕方なく、な」
チラリと圭太の弁当を見ると、もうほとんど食い終わっている。
よく食う上に、早い。
「でもさ、文化祭は楽しみだよね!」
「ああ。どんな感じだろうな」
「へぇ、文化祭あるの?」
「はい、そうなんです。俺たちの実習期間にちょうど被ってて!おかげでその日は授業しなくていいんですよ〜」
「2日目は一般来場もできるみたいですよ。マキさんも来ますか?」
「行こうかな。二人が先生やってるところ、見てみたいからね」
マキさんは、ゆるりと微笑んでそう言うと、サンドウィッチの包みを片付ける。
反対側を見ると、圭太もいつのまにか空になった弁当の箱を片付ける始めている。
俺が遅いのか?

