蓮のモノマネは何をしても異常に上手くて、折角ユニバに来ているというのに、俺たちはベンチに座ってずっと笑い合っていた。
気付けば、いつの間にか集合の時間。
慌てて集合場所に向かうと、すでに集合していた皆んなが蓮のシャツを指差し声を上げた。
「「「その服、何!?」」」
明日香さんが言っていた、「1番大きいジェットコースター」の前。
もちろん皆んなが指差したのは、蓮のターキーレッグシャツだ。
主に女子達と圭太…いや、マキさんも笑ってるわ。慈愛に満ちた笑顔で。
「伊織さんが、似合うって勧めてくれました!」
「いおにゃん、こんな純粋な後輩を騙して…。悪い先輩ね」
「レンレンは何着てもカッコいいけど、嫌な時は『嫌だ』って言っていいんだからね?」
「私はこの服好みです!すごくいいと思いますよ。あー、私も彼氏とペアで買ってこうかな~」
「美味しそうで良いと思うよ、蓮くん」
「蓮、あとでターキーレッグ食べよう!そんで、両手に肉持って写真撮ろう!」
蓮を中心にしながら、ぞろぞろとコースターの待機列に進む中、ふわふわのピンク頭が俺の横にやってきた。
千冬だ。
「……」
「千冬?」
俺に何か用があるのかと思ったけど、横にぴったりくっついているだけで、何も話さねぇ。
なんだ?
まあいいかと流そうとして、ふと気付く。
「あ。千冬、…お前、もしかして……」
「?」
そっと千冬の耳元に口を近づけ、手を添える。
コソコソ話だからな。
千冬は急に俺が近付いて驚いたのか、微かに肩を跳ねさせてから固まってしまった。
「千冬、もしかしてジェットコースターダメなのか?高いところ苦手なんだろ?」
「………」
何かに耐えるように目を瞑っている千冬。
やっぱそうか。
そういえば昼飯の後解散した時も、俺に何か言いたそうだったよな?
あれは、コイツなりのヘルプだったのか…?
顔を離し千冬の背中を軽く叩くと、千冬はハッと目を開き俺を見た。
「仕方ねぇな。俺に任せとけ」
「え…? あの、僕、ジェットコースターは別にだいじょ…」
「なぁ皆んな、俺、ちょっと頭痛ぇから休んでるわ。俺抜きで行ってきて」
千冬が何か言いかけたのと同時に、俺が蓮を中心に盛り上がっている他のメンバーに声をかける。
「え、そうなの?大丈夫、伊織?」
「二日酔い?まだ悪いの?」
「伊織、具合悪いの!?」
「ちょっと疲れただけ。大丈夫。千冬が付き添ってくれるらしいから」
「は…、」
「そう?じゃあ私たちだけで行ってくるね?」
「ああ、下で待ってんな」
ヒラっと手を振って、千冬の頭をポンポンと叩きながら「頼むな、千冬」と声をかける。
「伊織…先輩…」
「ほら、早く行こうぜ?」
「っ、は、はい。…行きましょう、か」
若干ぎこちなくそう言うと、千冬が列を抜け、俺もそれに続く。
少し歩いたところで、千冬が俺を振り返った。
「……伊織先輩」
「何だよ?」
「あの…、僕のために、嘘ついてくれたんですよね?」
「余計なお世話だったか?」
「いえ!……嬉しい、です」
俺の推測は合っていたらしい。
良かった。
千冬は手の甲で口元を隠し、視線を逸らす。
栗色の瞳が儚く揺らめいた。
「皆んな待ってる間に、俺らもどっか行くか?」
「はい! あ、あの……、また、手繋いでも、いいですか」
「いーけど。そんなんで落ち着くならな。ほら、」
自分の服の裾を強く握り込んでいる千冬。
やっぱ怖かったんだな、コイツ。
千冬に手のひらを差し出すと、千冬はゴクリと小さく喉を鳴らして、そっと俺の手に触れた。
ゆっくり指先を滑らせ、指を絡めてきゅっと握り込む。
「はぁ…」
切なげなため息。
今日の千冬の手は、昨日みたいに冷たくない。
むしろ少し熱く感じるくらいだ。
「伊織先輩は、ずるいですよ」
「は?」
急な文句に眉間に皺を寄せるも、千冬は怒ってる訳ではないらしい。
困ったように眉を下げ、可愛らしく微笑み俺を見つめている。
首をコテンと傾げる仕草は、千冬がやるとどこか甘く愛らしい。
「諦められないのは、先輩のせいです」
「だからなんの話だよ」
握られている俺の手が、千冬の顔の高さまで持ち上げられる。
千冬がそっと頬を擦り寄せ、形の良い唇の端が愛おしむように俺の手の甲をくすぐった。
こいつ……、肌が綺麗過ぎねぇか?
本当に俺と同じ男だよな?
「はぁ…。…譲りたく、ないなぁ……」
「…何を?」
そのすべすべほっぺを、か?
そんな羨ましそうに見ちゃってたか?俺。
千冬の言動に頭にハテナを浮かべていると、千冬は心底愛おしそうに目を細め、優しく微笑んだ。
「何でもないです」
「ええ?」
千冬は、頬に当てていた手を下ろし、「行きましょう」と言って歩き始めた。
すべすべほっぺ自慢タイムは終了したらしい。
夕日が沈み、夜のライトアップが輝くパーク内。
繋がれたままの手は、ご機嫌に揺らされていた。
*
千冬に手を引かれやってきたのは、世界中で大ヒットのアニメーション映画、ミニオンのエリア。
映画のメインキャラクターである、青のオーバーオールとゴーグルをつけた黄色いそら豆みたいなのが、あちこちにいる。
カラフルな色使いとポップな世界観は、なんともピンク頭の千冬と合っている。
「見てください伊織先輩!あれ、かわいいです!あ、こっちにも…!これ、かわいくないですか?」
エリア内のキャラクター像やウォールアートを指してはしゃぐ千冬。
キャラクターの絵が描かれた壁に近づき、俺と一緒に写真を撮る。
俺に向けられる目は幸せそうに細められ、ガラスのようにキラキラしている。
すげぇ楽しそう。
「テンション高ぇな、千冬」
「あっ、…ごめんなさい、つい…」
「いや別に責めてねぇよ。お前、こういうの好きなの知らなかったわ」
「これが好き、っていうより…………、……」
高所恐怖に加え、かわいいもの好きであることも隠していた千冬は、俺の問いかけに歯切れ悪く返事した。
何か言いたげなジトっとした目で俺を見て、数秒沈黙する。
千冬の言葉を待って栗色の瞳を見上げていると、子供の走る足音が聞こえ、それと同時に千冬に強く手を引かれた。
「っ先輩、」
「うわ」
手を引っ張られた俺は、短い悲鳴と共に千冬の胸に顔から突っ込むも、千冬はすかさず俺の腰に手を回し抱き止めた。
こいつ、意外と力強ぇな。
少し離れたところから母親らしき人の謝る声が聞こえ、千冬が声を張って返事する。
千冬の鎖骨のあたりに顔を埋めている俺は、二人の声を聞くことしかできねぇけど。
「伊織先輩、大丈夫ですか?」
「え、お、おう…」
「良かった」
抱き込まれたまま、千冬の声が耳元で優しく響く。
千冬の心臓の音が速くて、密着する身体は熱い。
そして何故か、腰を支える腕の力は一向に弱まらない。
「千冬?」
「……」
「あの、ありがとな?もう大丈夫だから…」
「伊織先輩」
「っ、」
いつもと違う、大人っぽい低い声。
耳がくすぐったいせいか、背中がぞわっとする。
千冬の鼓動、めちゃくちゃ速ぇけど…大丈夫か…?
「…今日は、ネックレス、してないんですね…」
「え?……あ?」
「あのネックレス…、圭太先輩から貰ったんですか?」
ネックレス…?
一瞬、何の話かと思ったけど、直ぐに思い出し首元の感覚に意識を向ける。
あ、ヤベェ。
マキさんから貰ったネックレス、無ぇかも。
外した記憶は無いのに…、いつ失くしたんだ?ホテルか??
「えっと、あれはマキさんが…」
「マキさん…ですか……」
「う、…お、おう。なんか急に、マキさんから……ち、千冬、苦し」
マキさんの名前を出したあたりから、千冬の腕の力が強まる。
千冬の首元は、見なくても真っ赤なのが分かるくらい熱い。
「伊織先輩…、マキさんから何か言われたんですか?」
「は?いや、別に……」
「本当に?」
なんでマキさんのネックレスにそんなこだわんだよ。
てか、いい加減この格好も恥ずかしいわ。
熱いし、ちょっと苦しいし。
これ、わざとだよな?
なんで千冬はこんなこと……
「もし、僕が……」
「?」
「僕が、……好き、って言ったら……、伊織先輩は、どう思いますか……」
「え……」
「………」
消えそうなほど小さな声。
時間が止まり、周りの音が一気に遠のいたように感じた。
すき…?すきって、好き…?
身体中に響くドクドクいう音が、千冬の心臓の音なのか、自分の心臓の音なのか、分からなくなる。
千冬は、今、何て言った?
混乱でフリーズして、どのくらいか分からない沈黙のあと、千冬がそっと腕の力を抜いた。
映画の中のような背景の中、赤い顔で気まずそうに視線を落とす千冬。
俺が黙りこくってしまったのが良くなかったのか、いじけたように唇を少し尖らせている。
「あの……、忘れて、ください……」
「は、」
「…まだ、言うつもり、なかったのに……。あ、…その…えっと……、もしも、の話ですし……」
「……おう…?」
しどろもどろに言葉を繋ぐ千冬。
待て待て待て、冷静になれよ俺。
普通に考えて、千冬が俺なんかを好きって言う可能性あるか?
それこそマキさんみたいな、頭良くて優しくて顔もスタイルも良くてカッコいい大人ならまだしも、この平々凡々な俺を………
「あ」
「……?」
その時やっと、俺は自分の盛大な勘違いに気付いた。
もしかして千冬、今のって「マキさんのことが好き」ってことを打ち明けてくれただけじゃねぇか……??
あっぶね~~!
変に自惚れ勘違いするところだったわ!
「はぁ~。千冬」
「は、はい」
「俺は別に、男同士でも…ちょっとびっくりはするけど…、偏見とかはねぇし、」
「!」
「どう思うか?って言われたら、『上手くいくよう頑張れ』って思うくらい」
「えっ…、が、頑張るって、何を頑張ればいいですか!?」
身を乗り出して俺に尋ねる千冬。
悪ぃけど、マキさんの好みは知らねぇし、そんなの分かんねぇよ。
「今度マキさんに聞いといてやるか?」
「は?マキさん…?」
「どんなタイプか好きかとか、好きな人いるかとか」
「………………」
千冬の顔が徐々に険しくなっていき、しまいには口を固く結び、頭を抱えてしまった。
え、なんで?
「千冬…?」
「伊織先輩。ぜぇぇっっったいに、伊織先輩からマキさんに、そんなこと聞かないでください!!」
「わ、分かった…。勢いすげぇな」
「はぁ…。鈍いとこも好きですけど……もう…伊織先輩すぎます……」
「ん?何?」
「なんでもないです、そろそろ戻りましょう」
千冬が俺の手を取り、二人で来た道を戻る。
夜のパーク内では、千冬の淡いピンク髪も少し落ち着いて見えた。
街灯やライトアップの光を受け、綺麗な顔立ちはどこか艶っぽい陰影さえ持つ。
「……また、ちゃんと言わせてください」
「おう?」
呟くような声に千冬を見上げると、栗色の瞳が横目にちらっと俺を見て、また直ぐに戻された。
繋がれた手が、ぎゅっと強く握られる。
なんだか少し、千冬が大人に見えた。


