千冬に手を引かれやってきたのは、世界中で大ヒットのアニメーション映画、ミニオンのエリア。
映画のメインキャラクターである、青のオーバーオールとゴーグルをつけた黄色いそら豆みたいのが、あちこちにいる。
カラフルな色使いとポップな世界観が、何とも、ピンク頭の千冬と合っている。
「見てください伊織先輩!これ、かわいいです!あ、あっちにも…!あれ、かわいくないですか!?」
次から次へとキャラクターを指さして、かわいい、かわいい、とはしゃぐ千冬。
手を繋がれたままの俺は、引っ張られるように千冬について行く。
目はキラキラしていて、相当好きなんだと分かる。
「テンション高ぇな」
「あっ、…ごめんなさい」
「責めてねぇよ。珍しいと思っただけ」
「……だって、それは…」
「?」
ちらっ、と俺を見る千冬。
何だよ?
「…あ、写真」
「ああ、撮ってやるよ」
思い出したかのように千冬がスマホを取り出す。撮影役を引き受けてやろうと手を伸ばすと、むしろ遠ざけられた。
「違います。一緒に、撮りたいんです」
ムッと膨れて、俺にぴたりとくっつく。
千冬がスマホを構えた。
「伊織先輩、」
「あ?」
シャッターを押す前に、千冬が俺を呼ぶ。
横を見ると、かわいらしい整った顔が俺を見つめていた。
…近ぇし、その上、じっと見つめられるせいで、妙に気恥ずかしい。
「…何だよ?」
「…」
俺の質問には答えずに、フッ、と目を細める。
重たげな瞼に、大人びた色気が混じった。
千冬は、そのまま更に顔を近づける。
繋がれた手のせいで逃げることができない。
「これって、」
「っ、」
繋がれている手を、胸元まで上げられる。
耳にかかる熱い吐息に、ビクリとする。
「デート、みたいですよね」
「……はァっ!?」
──カシャッ
シャッター音に、千冬の手元のスマホ画面を見る。
赤い顔で目を見開く俺と、その俺を至近距離で余裕そうに見つめる千冬が写真に収められている。
繋がれた手も、しっかり画面に入っている。
「……お前なぁ…ッ!」
「ふふっ、いい顔で撮れました。ありがとうございます」
いたずらっぽく笑う千冬に、また顔が熱くなる。
完全にやられた。
「もう、放せっ」
「あっ」
満足げに微笑んでいる千冬の隙をついて、繋がれていた手を振り解いてやる。
俺で遊ぶくらい余裕があるなら、もう十分だろ。
エリア内のミニオン達に一通りはしゃぎ、ショップも少し覗いてから、千冬の希望でアトラクションに並ぶ。
「すっごく楽しいです!来られて良かったです!」
ずっとテンション高ぇな、千冬。
そんなにこの映画が好きだとは知らなかった。
「お前、ホラー系とかサイコ系の映画が好きって言ってるけど、こういうのも好きなんだな?」
「あ、…はい」
返事をする声が、少し上擦った。
恥ずかしがってんのか?
ここまではしゃいでおいて、今更恥ずかしがることじゃねぇだろ。
「でも、こっちの方が、千冬っぽい感じすんな」
「…」
ホラーとかサイコ映画は、実は俺もよく観る。
いや、正直、結構好きだ。
去年、俺が観たかったホラー映画が公開されて、他のサークルメンバーには断られる中、唯一、一緒に見に行ってくれたのが、年度途中に入部したばかりの千冬だった。
上映中はめちゃくちゃビビってたくせに、終わった後は、目を潤ませながら、「余裕でした」と言っていたのを思い出す。
「ホ、ホラーも、好きです。…だから、また、一緒に観に行ってくれますか?」
「おう」
「約束ですよ?」
「お前以外に一緒に行く奴いねぇからな」
「っ、…はい!」
照れくさそうに話す千冬に、少し笑う。
ミニオン好きがバレて、イジられると思ってんのか?
俺はそんなガキみたいなことしねぇよ。
アトラクションが終わり、皆がいるジェットコースターの方へ戻って行く。
俺たちが遊んだアトラクションは、シューティングゲームだった。おもちゃの銃みたいなものを持って、画面に向かって撃って、高得点を狙うというゲームだ。
「面白かったー!」
「こういうアトラクションもいいな」
俺はがむしゃらに撃っていたけど、千冬は器用にポイントを集め、俺との得点の差は歴然だった。
「お前ゲーム得意なんだな」
清々しそうな横顔に話しかけると、笑顔で頷く。
「ゲームは家でもよくやるんです。でも弟たちとゲームをする時は、いつもわざと負けるので、今日は思いっきりできて楽しかったです!」
「へぇ。弟何歳?」
「高2が2人と、中3です」
「お前、4人兄弟の長男なの?」
「そうですよ」
隣を歩くピンクの頭を見る。
見た目は、長男ってより、末っ子?子犬??って感じがするけど…、いや、確かに中身は真面目だし、しっかりしてるよな。
「なんか納得したわ」
「何がですか?」
「千冬のしっかりしてるところ、確かに長男っぽいな」
ぽんぽん、と頭を撫でてやる。
「今回の旅行も、準備から当日の段取りまで全部引き受けてたしよ」
「だって、副部長ですから…」
「それはそうだけど、すげぇ頑張ってただろ?大変だったよな」
「…」
「千冬のおかげで、俺も、みんなも、楽しめてる。いい旅行になった。だから、ありがとな」
今回の合宿は、3、4年は忙しいからと、千冬がほとんどの準備をしてくれていた。
むしろ俺こそ何もしてなくて悪ぃな。
礼くらいちゃんと言わねぇと、いつか千冬にどやされそうだ。
千冬が足を止め、俯く。
どうした?
「…ほんと、ですよ」
……え、怒ってんのか?
千冬は、人差し指と親指以外の指を曲げ、手で銃のような形を作る。
その銃口は、俺の胸につけられた。
「ばーん」
「…?」
意味不明な言動に、眉を顰める。
「ゲームくらい、簡単だといいんですけどね」
可愛らしい笑顔には、どこか苦しさが感じられる。
…殺害予告か?
「…手伝わなくて、すまん…」
とりあえず、謝っておいた。

