俺たちが乗るアトラクションの元ネタとなる恐竜映画。世界的にも有名な映画なのに、なんと蓮は一度も見たことがないという。
俺はアトラクションの待ち時間に、蓮に映画のストーリーと見どころを解説してやった。
「…そこで、ティラノサウルスの咆哮が入るんだよ!」
「うんうん」
「ここはマジで鳥肌もんだからな?…、おい、前進め」
「うん!」
蓮は俺の話をすげぇ聞いてくれる。
すげぇ聞いてくれるのはいいが、進行方向を向く俺の前に、手すりを持って立ち塞がるのはやめてほしい。
あと、やたら近い。
どんどん近づいてきてる気さえする。
これがコイツの距離感なのか?
列が進むたびに、前向け、進め、と言ってやらないと、コイツは俺を巻き込んだまま列を止めそうだ。
「面白いだろ?」
「うん!面白いし、伊織さんがたくさん話してくれて嬉しい!色んな表情も見れてすごく嬉しい!もっと聴きたい!」
「……」
なんか想定してた感想とズレてるところがある気もするけど、まあいいか。
コイツのコミュニケーションはちょっと独特だ。
でも、慣れてきた。
それに、俺の趣味の話をこんなに楽しそうに聞いてくれる人間は貴重だしな。
「あ、千冬からも聞いただろうけど、うちのサークルは大体月2で部室で映画観てんだよ。次から蓮も来んだろ?この映画観てみるか?」
「……、うん」
さっきまでのニコニコが一瞬曇る。
なんだ?
そこでまた列が進む。
「おい、お前いい加減前向け」
腕を掴んで、体の向きを変えてやる。
やたら近い上に、俺より高い位置にある顔を見上げる姿勢のせいで、首が痛くなってきた。
普通に並べ、普通に。
蓮に前を向かせ、その後ろで時間を確認する。
並び始めて大体一時間。まだあるな。
俺に強制的に前を向かされた蓮は、そのまま俺たちの前に並ぶカップルの後ろ姿をじっと見ていた。
待機列でいちゃつくカップルだ。
……前を向けとは言ったけど、…それはあんまり見てやるなよ。
「伊織さん」
「何?」
蓮はまた俺に振り返ると、長い脚でサッと俺の背後に回った。
俺の肩に手を置き、耳元に顔を寄せて、小声で話す。
「伊織さん、前の二人、大学生?」
「あ?…あー、そうかもな…」
「手、繋いでるよ」
「……そうだな」
手も繋いでるし、なんなら彼女の方が彼氏の肩にもたれかかって、完全に二人の世界に入っている。
「好き」とか「可愛い」とか囁き合ってるのも、バッチリ聞こえている。
見てるこっちは恥ずかしいけど、デートで浮かれてんだろ。
そっとしといてやれって。
「ここにいる間なら、手、繋いでも恥ずかしくない?」
「……???」
頭の中にハテナマークが浮かぶ。
蓮の意味不明な問いに気を取られていると、肩に置かれていた手がサッと滑り降り、俺の手の甲に手のひらが這った。
するりと、指を絡められる。
「は?」
何してんだよ?
前のカップルの真似か??
「伊織さん、好き」
「はっ…、はぁあ!? な、な、な、何言ってんだよっ!?てか、お、俺らがやるのはおかしいから!」
いきなり「好き」なんて言われて身体中がカッと熱くなる。
囁かれた耳元には、自分の心臓の音だけが残った。
そんなことまで真似しなくていいっつーの!
「おいっ、蓮!」
「……伊織さん…、本当に、伊織さんだ…」
「いっ!?ちょっ、蓮っ!」
俺の声は蓮には届いてないらしい。
ぎゅっと握った手を俺の体の前で組み、後ろから抱きつくような格好になる。
前のカップルも、ここまではやってねぇだろ!?
どうしたっていうんだよ!
激しく動揺する俺をよそに、蓮の腕に込められた力は強まる。
耳元に蓮の息がかかって、身体が小さく跳ねた。
背中に、腕に、指の間に、蓮の高めの体温が移る。
意外に逞しい筋肉も、トクトク鳴る鼓動も布越しに伝わってきて、俺の心臓も勝手に鼓動を速めていく。
「おい蓮!何の真似だよ!放せっ」
「………ごめん…、でも、放したくない」
「…っ、」
愛おしくて愛おしくてたまらない。
そんな気持ちが伝わってくるような気がして、俺は耳の先まで赤くなってしまう。
前のカップルの真似だとわかっていても、耳元で囁かれた切なげな声に、背筋がぞわっとした。
真似…、だよな…?
「俺、ずっと、ここにいたい」
「こ、ここって……」
吐息を含んだ囁きは、どこか甘さを伴っていて、一瞬、抵抗する力を弱めてしまう。
叶わない望みのような、悲しさを秘めた声。
「ここ、って…、待機列にか?」
「………」
言ってることは、意味わかんねぇけど。
「と、とにかく!まずっ、放せっ!」
「あっ」
いよいよ身を捩って、腕の拘束を振り払い抜け出す。
俺の心拍数は異常だし、顔も体も熱過ぎる。
「ったく。デート中の人間をからかうな!」
「からかってない!」
「変な冗談で俺で遊ぶのもやめろ」
「冗談じゃない!遊んでない!」
「うるせぇ、早く歩け。後ろの人の迷惑になんだろ」
「う…」
やっぱりこの異次元美形の、異次元コミュニケーションは難解だ。
急に目の前のカップルの行動やら言葉やらを真似し出すなんて……、人間のフリをした宇宙人か…?
真っ赤な顔を見られないように、蓮の体を押して無理矢理前を向かせる。
コイツと分かりあうのは、恐竜と分かりあうより難しいかもしれねぇ。
*
アトラクションは、期待通り楽しかった。
しかし、俺は正直、侮っていた。
昼に食った揚げ物に加えて、この急流滑り。
朝、シャワーを浴びて治ったと思っていた二日酔いが、微妙にぶり返してきて胃がむかついてきた。
それに、なにより服がびしょ濡れだ。
ポンチョを着ずにアトラクションに乗り込んだのは、俺と蓮くらいなもんだった。
「はっ…、くしゅんっ!…あー、選択ミスったな…いろいろ」
「伊織さん、大丈夫?」
「おう。お前こそびしょ濡れじゃねぇか」
「うん!すっごい濡れた!でも楽しかったね!」
「おー」
ご機嫌な蓮は、濡れた前髪を掻き上げて笑う。
水で張り付いた服は、程よく筋肉のついた体のラインを明らかにしていて、何かの撮影中のモデルかアイドルかのよう。通りすがりの人々も、漏れなく蓮をぼうっと見つめて行く。
くそっ、コイツの隣で濡れてみすぼらしい姿になってる俺の身にもなってみろ。
「伊織さん、ちょっと休む?」
「あ?それより服だろ。こんな濡れてんなら、服脱いで絞った方が良さそうなくらいだな。…おい!やめろッ、こんなとこで本当に脱ごうとするなアホ!」
「イテッ」
「はぁ。新しい服、買うしかねぇか…」
「!、伊織さんと買い物?」
「そうなるな」
「行くっ!早く行こう!」
…中身は犬のくせに……。
できる限り水分を拭き取り、ショップで服を買った俺たちは手早く買い物を済ませて、その場ですぐに着替えた。
結局俺が買ったのは、映画のロゴが入っただけの無難な黒いシャツ。
蓮は、真っ黄色の地色に、このエリアで売っているターキーレッグの実物大ほどの写真がいくつも配置されているド派手なシャツ。
俺が冗談で勧めたら、何の疑いもせず即購入して焦ったけど、結果、見事着こなしている。
「お前、ほんと何着ても似合うな」
「ありがとう!伊織さんも、似合ってるよ!」
「…どーも」
絶対ネタだろ?この服。
なのにコイツが着ると、ハイブランドが出した奇抜な服に見えてくる。
ユニバの偉い人、コイツの写真をこの商品の宣材写真に使うことをおすすめするわ。
蓮の派手な服にちょっと笑っていると、蓮が急に俺を覗き込んだ。
「……伊織さん、大丈夫?」
「え?」
ご機嫌な犬から一転、今度は心配を露わに俺の顔を覗き込む蓮。
少し身を屈め、俺と目の高さを揃えて、ヘーゼルの瞳が見つめる。
いきなり何だと戸惑う俺に、蓮はそっと腰に手を回した。
「やっぱり少し休もう?」
「おう?」
「荷物、俺持つね」
「いや、別に大丈夫だけど…」
断る暇もなく、俺の肩からするりと鞄を抜き取る蓮。
俺より大きな肩に鞄のストラップを掛け、優しく俺に微笑んだ。
優しい手がエスコートするように俺の背中をそっと押す。
すぐ近くのベンチに促されるまま座ると、蓮はベンチ横の自販機で水を買ってきて俺に差し出した。
「はい」
「え?」
「伊織さん、無理しないで」
「何……」
「良かったら飲んで?」
呆然と水を受け取りながら、俺の隣に腰掛けた蓮を見る。
まさか…コイツ、まさかと思うけど……。
俺が、二日酔いがぶり返してちょっとだけ気持ち悪いなって思ってたのが分かったのか…?
「俺、そんな気持ち悪そうだったか?」
「気持ち悪かったの?」
「……まぁ」
「えっと保健室…じゃなくて、あ、休めるとこ行く?」
「そこまでじゃねぇよ。ありがとな」
蓮がくれた水を一口、口に含む。
この程度の二日酔いなんて全然大したことねぇし、顔に出したつもりもなかった。
こんなの、圭太にだって見抜かれたことねぇよ。
蓮って、コミュニケーション能力は宇宙人レベルだけど、観察力もいい意味で宇宙人なのかも知れねぇな…。
「伊織さんの言ってた映画、帰ったら観てみるね」
「おう」
「伊織さんの好きなこと、もっと知りたいな」
日に輝く金色の髪の下で、はちみつ色の瞳がとろりと細められる。
中身は犬で宇宙人。見た目は王子様。
頬が熱を持つ感覚にハッとして、またもや見すぎてしまったと目を逸らし蓮から貰った水に口をつける。
さっきのアレのせいだ。カップルの真似事なんかさせられたせいで、変に心臓がドキドキする。
冷たい水を流し込むと、熱くなった体とムカムカする胃が落ち着く気がした。
ふぅ、と小さく息をつく。
「お前、人のことよく見てんだな」
「そうかな?」
「おう。探偵とか刑事とか向いてそう」
「わあ!へへっ、見てて」
「あ?……え、」
蓮がふっと肩の力を抜いた途端、俄に空気が変わる。
そして、ドラマをあまり見ない俺でも知ってる、有名な刑事ドラマのワンシーンの再現。
「……う…、うわっ上手ぁ!あはは!」
あまりにも模倣が上手くて、俺は思わず笑ってしまった。
まるで本物がそこにいるかのように、細かな表情や仕草、声のトーンや喋り方まで完璧に再現していた。
「すげぇ!ガチで上手ぇよ!」
「え、ほんと?」
「おう!お前、モノマネ得意なんだな?」
「伊織さんが言うなら、そう!」
パッと輝く笑顔で喜ぶ蓮に、俺も笑う。
さっきのカップルの真似も、コイツがこんな特技を持っていたから妙にうまかったってわけか。
なるほどな。変に焦ったわ。
「なぁ、他にも得意なモノマネあんの?ってか、見たら直ぐできんの?」
「うーん?」
少し考えた蓮は、今度は、さっきのアトラクションに出てきた情けない悪役の真似をしてみせた。
あまりの再現度に、俺は腹が千切れるほど笑った。
こいつ、面白れぇわ。


