お前だけは、好きにならねぇから!


酒が進みそうな料理を楽しみながら、午前中にどこに行った、だとか、あのアトラクションが良かった、なんて話をする。
どれも美味いけど、朝が遅かったせいであまり食べられなかったことが悔やまれる。

俺と同じ時間に朝メシ食っておいて、ここでもしっかり一食分を食ってる圭太は意味分かんねぇけど。


「私たちは、この後ハリーポッターエリア行くつもり」
「あ、俺も行きたい!『魔法の杖』?買ってきてって、妹に頼まれてんだよね~」
「圭太先輩って妹いるんですか?」
「海未、海未が観たがってた魔法学校の生徒のストリートショー、そろそろ始まるよ」
「え!早く行かないとっ!」


女子達の会話に加わる圭太。
食事はほぼ終わっていて、このままグループで分かれての行動になりそうだ。
それぞれが食べたものを片付けながら、午後の行動の擦り合わせをする。


「俺は研究室用にお土産みてくる」
「マキさんショップ行くんですか?僕も先に買っておきたいです。伊織先輩も、一緒に行きませんか?」
「俺はあとでいいわ。パーク内まだ見れてぇし」
「伊織さん、俺っ、俺も行く!」
「おう」


キラッキラの目で勢いよく挙手した蓮に軽く返事をすると、蓮は口を開いて嬉しそうに笑った。
マキさんと千冬は、ショップに行くらしい。
俺はジュラシックパークっていう恐竜映画のエリアに行こうと思っていたけど、どうやら蓮と行くことになりそうだ。
立ち上がった明日香さんがみんなに声をかける。


「あとでみんなで、ジェットコースター乗ろう!このパークで一番大きいジェットコースターね」
「いいですね!」
「ユニバ来たら、あれ乗りたいですよねー」
「じゃあまた夕方集合!」
「先輩、早く行きましょう!」
「伊織ぃ、何かあったら大親友の圭太くんに連絡するんだよ~」
「はいはい、早く行け」


ハリポタ組が賑やかに席を立ったのに続くようにして、俺達も支度を済ませて店を出る。
蓮はとびきりの笑顔で俺の横に待機していて、散歩に連れ出される犬みてぇにソワソワしてる。
半日経ってもまだユニバに興奮してんだな。
ブンブンに大きく振れる尻尾が見えるわ。


「伊織さんっ!行こう!」
「おう」

「い、伊織、先輩っ、」


蓮と歩き出そうとしたところで、服の裾が引っ張られた。
振り返ると、俺の服を掴んでいたのは千冬。何か言いたそうにしてる。


「何だよ?」
「あ、えっと、…」
「?」


千冬は視線を落とし、言い淀む。
千冬の言葉を待っていると、千冬は不安そうな表情で一瞬だけ蓮を見て、再び俺を見つめた。
きゅるりと揺れる栗色の瞳に、俺は首を傾げる。


「どうした?トイレか?」
「違っ…、………何でも、ないです」
「そうか?」
「はい…、すみません」


滑り落ちるように、千冬の手が力無く下ろされる。
なんだ?
千冬の妙な態度は引っかかるけど、本人が何でもないと言ってるなら、ここでそれ以上掘り下げるのも憚られる。
少し戸惑っていると、千冬は大きく息を吸って、眉に皺を寄せた。


「伊織先輩、次は待ち合わせに遅れないでくださいよ」
「…へい、スミマセン」
「もう。……ちゃんと、戻ってきてくださいね。マキさん、行きましょうか」
「ん」


千冬はいつものように可愛らしく微笑むと、俺たちに軽く手を振ってマキさんと歩き出した。

なんだ。千冬は俺の遅刻を怒って、どう叱るか悩んでたって訳か…。


「ふぅ、やっぱりオカンだな…」


……てか、マキさんと千冬って、後ろ姿だけだとカップルぽく見えなくもねぇよな。
マキさんが背が高いせいもあるんだろうけど、千冬のピンク髪のかわいらしいふわふわ感と、マキさんの雰囲気の差が違いすぎて。


「伊織さん、行こう?」
「おー」


蓮が俺の手に自分の手を伸ばしかけて、ハッとして止める。
そういえば、昨日もこんなことあった気ぃすんな。

俺も蓮と並んで歩き始める。
コイツも背は高ぇけど、マキさんや圭太よりは少し低い。
だけど独特な言動のせいで、二人よりかなり子供っぽい感じすんな。


「伊織さん、俺、伊織さんと一緒にいれるの嬉しい!」
「あ、そうだお前」


満面の笑みの蓮に、俺は大事なことを思い出した。
これだけは言ってやらねぇといけねぇってこと。


「LINE、送りすぎ」
「えっ!?」
「『えっ!?』じゃねぇよ。あんなに送ってきても俺読めねぇから。必要な要件だけ送ってこい」
「……怒ってる?」
「怒ってはねぇけど。お前いつもあんな感じなの?友達──、」


友達いなくなんぞ。
と、言いかけて飲み込む。
そういえば昨日、友達がいねぇって言ってたな。
隣を歩く蓮は、悲しそうに眉を下げていた。
今度はしゅんと垂れ下がった犬の耳が見える気がする。


「ごめんなさい。気をつけるから、また送ってもいい?」
「……連続で送るのは二、三件にしろ。二行以内な。それなら読める」
「わかった!」


大輪の花が開くように、心底嬉しそうな顔で笑う蓮。
次々と表情が変わって、なんか面白れぇな、コイツ。

道の先に目当てのジュラシックパークエリアが見えてきて、俺もテンションが上がって、自然と頬が緩んだ。

うわ、ワクワクしてきた。


エリアに入ると、亜熱帯っぽい植物がわさわさ生えていて、映画のテーマソングも聞こえる。
そこに、映画のロゴを模した看板や、映画に登場したのと同じ乗り物なんかが置いてあったりして、自ずと声が弾む。


「わ、すげぇ!これ、映画のそのまま!おい蓮、こっち来てみろよ!これすげぇよな!?」
「うん!かわいい!」
「かわ…、は? あ、あっちも見てみようぜ!」
「うん!」


テンションが上がってあちこち歩き回る俺に、同じペースで着いてくる蓮。
最近、新シリーズが公開されたこの映画。
最新作をサークルメンバーで観に行ったのは記憶に新しい。


「お前も観たか?最新作」
「ううん、観てない」


ニコニコと答える蓮。
観てねぇのかよ。
もしかして、旧シリーズガチ勢か?


「そういえば、お前の好きな映画、聞いてなかったな」


一通りエリア内を満喫した後は、興奮する気持ちを落ち着けつつ、一番乗りたかったアトラクションに並ぶ。
映画の雰囲気がよく出ていると評判の、急流すべりだ。


「昨日の自己紹介のとき、蓮は好きな映画言ってなかっただろ?」
「あ、うん」
「……」
「……」


なんでそこで黙るんだよ。
スムーズに進まない会話など蓮はお構いなしで幸せそうに微笑んでいる。
仕方なく、俺がもう少し丁寧に尋ねてみることにした。


「お前、映画が好きだからこのサークル入ったんだろ?何が好きなんだ?選べないなら、一つに絞んなくてもいいし、よく観るジャンルとかでもいいからさ」
「……」


尋ねているのは俺なのに、俺から答えを引き出そうとするかのように、じっと見つめられる。
おもちゃのサングラス越しの、綺麗な瞳と目が合う。


「伊織さん」
「あ?なんだよ」
「映画じゃなくて、伊織さん」
「………?」


俺はいよいよ頭を抱えた。
誰か通訳してくれ。
日本語字幕を頼む。
意味が分かんねぇ。


「蓮、映画の話してんだよな?」


気を取り直して、前提の整理をする。
アトラクションの待ち時間は長い。コイツと話す時間はたっぷりある。
この映画の主人公が恐竜と心を通わせるシーンを思い出しながら、俺もこの難解な金髪美形に歩み寄ってやろう。

気合を新たに、蓮を見上げる。
すると、蓮は俺の目を覗き込むようにぐっと顔を近づけた。
俺の視界を占領する、美しい色の瞳。
瞳の輪郭を縁取る繊細なブラウンの線と、虹彩全体に甘く溶け込むハニーゴールド。


「伊織さん、本当に俺のこと覚えてない?」
「は…?」
「俺は、ずっと伊織さんに会いたかったよ」


……またコレかよ。
歩み寄ろうと意気込んだばかりなのに、思わずガクッと肩が落ちる。
顔も異次元に綺麗だけど、会話も異次元。
仕方ねぇから、合わせてやる。


「だから知らねぇよ。何勘違いしてんのか知らねぇけど、人違いだから」


コイツほどの目立つ容姿の奴、知り合ってたら絶対に印象に残ってるはずだ。
俺の答えを聞いて、蓮はどこか寂しげに長いまつ毛を伏せ、視線を逸らした。

何だよ、俺が悪いのか?


「でも、やっぱいい!あの時の俺、カッコ悪かったし!」
「?」
「これから知ってもらう!」


パッと顔を上げて、俺に笑顔を見せる。
よく分かんねぇけど、コイツの中で何かが解決したらしい。
そしてニコニコの笑顔で元気よく続けた。


「俺、映画は、あんま観ない!」
「………」


マジで何なんだ、コイツ……。