サークル合宿に飛び入り参加した謎の後輩に、なぜか執着されている


「わ、すげぇ!これ、映画のそのまま!」

エリアに入ると、亜熱帯っぽい植物がわさわさ生えていて、映画のテーマソングも聞こえる。そこに、映画のロゴを模した看板や、映画に登場したのと同じ乗り物なんかが置いてあったりして、自ずと声が弾む。
最近、新シリーズが公開されたこの映画。最新作をサークルメンバーで観に行ったのは記憶に新しい。

「お前も観たか?」
「ううん、観てない」

ニコニコと答える蓮。
観てねぇのかよ。
もしかして、旧シリーズガチ勢か?

「そういえば、お前の好きな映画、聞いてなかったな」

あまり時間もないから、1番乗りたかったアトラクションに並ぶ。映画の雰囲気がよく出ていると評判の、急流すべりだ。
旧シリーズの世界観を引き継いでいるらしいから、新シリーズを観てない蓮も楽しめるはずだ。

「昨日、自己紹介のとき、蓮は好きな映画言ってなかっただろ?」
「あ、うん」
「…」
「…」

なぜ黙る。

「お前、映画が好きだからこのサークル入ったんだろ?選べないなら、1つに絞んなくてもいいし、よく観るジャンルとかでも」
「…」

尋ねているのは俺なのに、俺から答えを引き出そうとするかのように、じっと見つめられる。
おもちゃのサングラス越しの、綺麗な瞳と目が合う。

「伊織さん」
「あ?なんだよ」
「映画じゃなくて、伊織さん」
「…?」

誰か通訳してくれ。
日本語字幕を頼む。
意味が分かんねぇ。

「映画の話してんだよな?」

気を取り直して、前提の整理をする。
アトラクションの待ち時間は長い。コイツと話す時間はたっぷりある。
この映画の主人公が、恐竜と心を通わせるシーンを思い出しながら、俺もこの、難解な金髪イケメンに歩み寄ってやろう。

「伊織さん、本当に俺のこと覚えてない?」

またコレかよ。
歩み寄ろうと意気込んだばかりなのに、思わずガクッと肩が落ちる。
顔も異次元に綺麗だけど、会話も異次元。
仕方ねぇから、合わせてやる。

「だから知らねぇよ。お前の勘違いだろ」

コイツほどの目立つ容姿の奴、知り合ってたら絶対に印象に残ってるはずだ。
俺の答えを聞いて、蓮はどこか寂しげに長いまつ毛を伏せ、視線を逸らす。
何だよ、俺が悪いのか?

「でも、やっぱいい!あの時の俺、カッコ悪かったし!」
「?」
「これから知ってもらう!」

パッと顔を上げて、俺に笑顔を見せる。
よく分かんねぇが、コイツの中で何かが解決したらしい。
そして、ニコニコの笑顔で、元気よく続けた。

「俺、映画は、あんま観ない!」
「………」

マジで何なんだ、コイツ。









この世界的に有名な恐竜映画を、なんと新旧シリーズの、いずれも一度も見たことがないという蓮に、俺はストーリーと見どころを解説してやる。

「…そこで、ティラノサウルスの咆哮が入るんだよ!」
「うんうん」
「ここはマジで鳥肌もんだからな?…、おい、前進め」
「うん」

すげぇ聞いてくれる。
すげぇ聞いてくれるのはいいが、進行方向を向く俺の前に手すりを持って立ち塞がるのは、やめてほしい。あと、やたら近い。どんどん近づいてきてる気さえする。これがコイツの距離感なのか?
列が進むたびに、前向け、進め、と言ってやらないと、コイツは俺を巻き込んだまま列を止めそうだ。

「…どうだ?面白い映画だろ?」
「うん!面白いし、伊織さんが、たくさん話してくれて嬉しい!もっと聴きたい!」
「…」

なんか想定してた感想とズレてるところがある気もするけど、まあいいか。
コイツのコミュニケーションは、ちょっと独特。でも、慣れてきた。
それに、俺の趣味の話を、こんなに楽しそうに聞いてくれる人間は貴重だ。

「あ、千冬からも聞いただろうけど、映画同好会は、大体月2で部室で映画観てんだよ。次から蓮も来んだろ?この映画観てみるか?」
「…、うん」

さっきまでのニコニコが一瞬曇る。
なんだ?

そこでまた列が進む。

「おい、お前いい加減前向け」

腕を掴んで、体の向きを変えてやる。
やたら近い上に、俺より高い位置にある顔を見上げる姿勢のせいで、首が痛くなってきた。
普通に並べ、普通に。

並び始めて1時間程。まだあるな。
俺に強制的に前を向かされた蓮は、そのまま俺たちの前に並ぶカップルの後ろ姿をじっと見た。
待機列でいちゃつくカップル。
あんまり見てやるなよ。

蓮は、また振り返ると、俺の背後に回って肩に手を置いた。
そのまま耳元に顔を寄せて、小声で話す。

「伊織さん、前の2人、大学生かな?」
「あ?…あー、そうかもな」
「手、繋いでるよ」
「…そうだな」

手も繋いでるし、なんなら彼女の方が彼氏の肩にもたれかかって、完全に2人の世界に入ってる。
見てるこっちは恥ずかしいけど、デートで浮かれてんだろ。
そっとしといてやれよ。

「買い物じゃなくて、アトラクション待ちなら、手繋いでも恥ずかしくない?」
「…???」

頭の中にハテナマークが浮かぶ。
蓮の意味不明な問いに気を取られていると、肩に置かれていた手が腕を滑り、俺の手の甲に、手のひらが這う。
するりと、指も絡められる。

は?何してんの?
前のカップルの真似か?

「おい、放せ。俺らがやるのはおかしいだろ」
「…」

俺の抗議を無視して、ぎゅっと握った手を、俺の体の前で組み、後ろから抱きつくような格好になる。

前のカップルも、ここまではやってねぇぞ。

「おい、やめろ」
「…」

蓮の拘束する力が強まる。
耳元に、蓮の息遣いを感じる。
背中に、腕に、指の間に、蓮の高めの体温が移る。意外に逞しい筋肉があることも、トクトク鳴る鼓動も、布越しに伝わってくる。

「…やだ」

耳元で囁かれた切なげな声に、背筋がぞわっとする。
耳が、熱い。

「っ、やだって、お前、」
「俺…、ずっと、ここにいたい」

吐息を含んだ囁きは、どこか甘さを伴っていて、一瞬、抵抗する力を弱めてしまう。

「ここ、って…、待機列にか?」
「…」

言ってることは、マジで意味わかんねぇけど。


「とにかくっ、放せっ!」
「あっ」

思い切り身を捩って、腕の拘束を振り払って抜け出す。
まだ少し、体が熱い。

「デート中の人間をからかうな。ほら、進んだぞ」
「からかってない!」
「うるせぇ、早く歩け」
「う…」

やっぱりこの異次元イケメンの、異次元コミュニケーションは難解。
コイツと分かりあうのは、恐竜と分かりあうより難しいかもしれねぇ。