スイートのバスルームは広々と開放的で、扉も仕切りもガラス、壁もガラス。日の光に照らされた大阪の街が一望できる。
…全然、落ち着かねぇ。
金持ちは露出願望でもあんのか?
シャワーと着替えを終わらせて部屋に戻ると、圭太も準備が完了していた。
髪もいつも通り整えられ、ワイシャツも品よくかっこよく着こなしている。
顔も体つきも綺麗だから、着るものなんて何でもいいんだろうな、コイツは。
「じゃ、行こっか」
「おう」
そこでやっとカバンからスマホを取り出し、充電が切れていることに気付く。
最悪だ。
「はい、伊織」
「…」
てっきり最寄り駅まで歩くもんだと思っていたら、ホテル前に止められた黒の高級車タクシーに乗るよう促される。
「どした?」
「…俺、お前にいくら払えばいいんだ?」
スイートルームの豪華な朝食に、送迎タクシー。
どこのVIPだよ。
「あはは!要らないよ、さ、早く乗って」
「いや、でも、」
圭太に半ば押し込まれるようにして、タクシーに乗る。
金持ちだとは知ってたけど、この数時間で思っていた以上だと痛感させられた。住む世界が違ぇ。
やはり少しの恐縮を感じながらも、カバンからモバイルバッテリーを取り出して、スマホに繋げる。
圭太は、といえば。俺とは反対に、当然といった顔で座席にゆったり腰掛け、優雅に窓の外を眺めている。
漂うお坊ちゃん感。
こいつ…、顔も良くてスタイルも良くて、おまけに金持ち。
なんで彼女できねぇんだろ。
テンションがウザいからか?
うん、そうかもしれねぇ。
今度、友人として助言してやった方がいいかもな。
手元のスマホに視線を戻すと、黒い画面には、赤いバッテリーマークが表示され、起動までにもう少しかかりそうだ。
「俺のスマホ死んでんだけど、グループラインに、千冬とかマキさんから何かメッセージ来てたか?」
そう問いかけると、圭太が俺のスマホを取り上げた。
「あ、何すんだよ」
「ねぇ伊織。お金は要らないけどさ、…もう少しだけ、俺といてよ」
取り返そうと伸ばした手を、優しく握られる。
「他の奴らなんて、どうでもいいじゃん」
静かな、低い声。
圭太の端正な顔が近付く。でも表情はどこか切なげ。
「…何、言ってんだよ、」
「…」
いつもサークル内のムードメーカーを進んで引き受けてる圭太から、「どうでもいい」なんて言葉が出るなんて、こっちが動揺するわ。
よく分かんねぇけど、なんか落ち込んでんのか?
「どうしたんだよ。仮にも部長だろ?しっかりしろよ」
圭太の頭を、軽くポンポンと叩く。
圭太は、なんだかんだ付き合いの長い、大切な友人だ。
今朝から謎の金持ちムーブかましてるけど、圭太が俺の知る圭太で、大切な友人であることに変わりはない。
落ち込んでるなら、励ましてやりたい。
そう思って、圭太に握られている手を、俺から握り返した。
「…圭太。千冬は『何もしない部長』なんていじってるけど、俺は、圭太がいるから、このサークルがすごく居心地いい雰囲気になってるって、思ってる」
「…」
「お前、本当は、映画なんてそんな観ねぇんだろ?なのに、俺と一緒にこのサークル入ってくれて、…その…、ありがと、な」
照れと羞恥で、顔がほんのり熱くなる。
改めてこんな風に話すの、すげぇ恥ずかしい。
「お前といると、…安心、するし、…毎日、楽しい…、しな…」
もう圭太の顔は見れていない。
でも、伝えるべきことは伝えてやった。
感謝しろ、圭太。
俺の友情の温かさに涙でもして、少しは元気を出しやがれ。
俺に手を握られたまま、全く反応のない圭太。
「おい、恥ずかしいだろ!何とか言えよ」
八つ当たり気味に、ムッとして圭太を睨むと、圭太はガクッと俯き、大きくため息をついた。
「はぁ〜〜〜。本当に、伊織は…」
そして顔を上げると、俺の手をそっと引き離し、俺の膝の上に返す。
「そういうこと言われるとさ、…無理じゃん」
「は?何が?」
「んーん、なんでも」
眉尻を下げながら、困ったように笑って、俺にスマホを渡す。
「伊織の恥ずかしい告白に免じて、今日は、このくらいにしといてあげる」
「おい、励ましてやっただけだろ、茶化すな」
今度は俺が、圭太に頭をグシャグシャに撫でられる。
温かい、大きな手。
「さーて、伊織が寝坊したせいで、あと半日しかないけどさ、まー、思う存分楽しもーね」
「ったく…、悪かったな」
白い歯を見せて爽やかに笑う圭太。
いつもの圭太に戻った。
ふざけたノリが多い奴だけど、根っこはすげぇいい奴だし。こいつもこいつで、悩みとかあるんだろうな。
まぁ、元気になったなら良かった。
圭太は楽しそうに、ユニバに着いたらアレに乗ろう、あそこに行こうと、話し出して安堵する。
いつものように適当に相槌を打っていたところで、スマホの画面が明るくなった。
俺は瞠目した。
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…何だこれ。

