「うまい!」
「そらどうも」
織人の作るご飯は、いつも美味しい。織人が作ってくれたのは、野菜がたっぷり入った豆乳うどんだった。
ローテーブルを前に二人で座り、対面の織人は炭酸飲料を飲みながら、満足そうに槙の様子を見つめている。
槙は食べる事が好きなので、いつもかきこむように食べてしまう。そんな槙に織人は笑いながら、「もっと落ち着いて食えよ」と言うので、これではどっちが年上か分からなかった。
「織人は、料理の才能があるよな」
「才能って程じゃないよ。母さんが出来ないからやってただけだし」
小さな頃からシングルマザーの家庭で育った織人は、母の負担を少しでも減らそうと、幼い頃から率先して家事に取り組んでいた。それを知っている槙は、自分ではやりたくても出来ない事を懸命にこなす織人を、偉いなといつも感心していた。それに感化され、槙も手伝いを申し出たが、余計に部屋が散らかったので、それからは傍観を決め込んでいる。
「いやでも、本当に。あの店で働き始めてから、もっと上手くなった。プロみたい」
「プロの下でレシピ通りに作ってるからだろ」
「それでもさ!こりゃ、良いお嫁さんになれちゃうな」
「うわ、そういう事言うのかよ」
「はは、冗談冗談」
「ここに、婿として来るならいいけどね」
「は…」
「冗談じゃないけど、これは」
思わず固まる槙に、織人はしたり顔だ。槙はさすがに戸惑い、苦し紛れに苦々しく織人を見上げた。
「…どこでそういうの覚えてくんの」
「あんたの事が好きって言っただろ」
真っ直ぐな言葉に、槙は織人の顔なんて見ていられず、まだうどんの残る器に視線を落とした。
「…昔は、だろ」
「だったらキスなんかするかよ」
やっぱりそうなのかと、動揺からうどんを掴み損ね、槙はぐるぐると箸でうどんをかき混ぜた。
だが、織人は何故こうも、怯む事も恥ずかしがる事もなく、好きだと言えるのだろう。
槙がちら、と織人の様子を窺うように視線を上げれば、織人が柔らかに微笑むので、槙は再び俯いてうどんをかき混ぜる事となった。
まさか、人の反応を見て楽しんでるんじゃないだろうな、と勘繰りたくなったが、それすら問い詰める余裕もない。だって、織人のあんな顔、今まで見た事があっただろうか。
「…鬱陶しいって言ったじゃん」
「それはあんたにムカついてるから」
「何なんだよお前は!意味わかんねぇよ!」
戸惑いやら困惑やらで、頭は完全にキャパオーバーだ。槙がテーブルを叩きつける勢いで顔を上げれば、織人は怯みもせず、ただその顔に少しだけ寂しそうな影を作った。
「だろうね、風呂入ってくる」
その織人の表情の真意を読めずにいれば、織人はさっさとこの話を終わらせて立ち上がってしまった。
「…は?泊まんの?」
「帰るの面倒だし」
「ならお母さんに連絡して…あ、俺が連絡した方が良いかな」
「別に良いよ、わかってるだろうし」
「心配するだろ。織人ん家は仲良しなんだから」
「うっせ」
織人は少し顔を赤くして、隣の部屋から自分用の衣服を持ってくると、さっさと風呂場へ向かってしまった。しょっちゅう来てるので、織人の物が槙の家には大体揃っている。二部屋の内、一部屋は、最早織人の部屋となっていた。
「…あんな顔してたら、可愛いんだけどな」
織人が風呂に入ってしまうと、槙は肩を落とし、再びうどんと向き合った。優しい味わいは、ほっとする温度を持って、槙を体の中から満たしていく。
最後はいつもと変わらないやり取りになった事に安堵したが、織人はやはり本気なのだろうか。
だとしても、槙には織人の思いを受け入れてやる事なんて出来なかった。
性別や立場以前に、槙はもう、恋をしないと決めているからだ。


