桜と星と初こいと




「やだー、泣かないでよ、(まき)ちゃん。俺は男の涙にはぐっとこないんだから」
「大体の男はぐっとこないだろ」

恋矢(れんや)のからかい口調に、咲良(さくら)がおかしな事を言ってるなと笑えば、恋矢は「いやいや」と、肩を竦めた。

「いるでしょ、槙ちゃんバカな奴が一人さ」

その一言で、皆は納得してしまう。槙は、おずおずと口を開いた。もしかしたら恋矢は、織人(おりと)の事を話題に出しやすいようにしてくれたのかもしれない。

「あの…織人、は?どうしてる…?」

恐る恐るといった槙の様子に、恋矢は表情を緩め、槙の傍らに腰を下ろした。龍貴(たつき)はまだ怖い顔をしたままチャーハンをかきこみつつ、恋矢に場所を譲った。

「あいつは相変わらずだよ、補習もちゃんと受けに来てるし、バイトも出てるしさ」
「…そっか」

その事に、槙はほっとした。槙が謹慎となってから、織人は口で反論しない代わりに、態度で抗議の意志を示そうとしてか、暫く学校には来なかったという。補習を受けに来るようになったのも、恋矢達の説得のおかげだろう。

「そういや、学校の裏サイトどうなった?」

咲良の質問に、恋矢は緩く首を振った。

「あの書き込みがあったサイトは無くなったけど、他のサイトがどうせ立ち上がると思ってさ、生徒にも協力して貰って見てはいるけど、それっぽい書き込みは、今の所は無いっぽいんだよね」
「書き込みした犯人には、行き着かないか」
「ハッカーでもいれば分かるのかもね。でも、ただの教師と生徒じゃここまでだよ」

肩を竦める恋矢に、槙は申し訳なく眉を下げた。

「ごめんな、忙しいのにこんな事させて。生徒にも謝っといて、それに、もう探さなくて良いからさ」

すると、すっかりチャーハンを平らげた龍貴が、再び膝を立てて声を上げた。

「駄目っすよ、坊っちゃん!犯人野放しにするつもりっすか!」
「これ以上やっても見つからないよ。それに、俺は学校に行ってないんだし、その人の目的は達成されたんじゃない?そしたら、もう何もアクションは起こさないんじゃないか?」

「だから、もういいんだよ」と言う槙に、龍貴は不服そうにしながらも、納得はしたのか腰を落ち着けた。

「他の教師は、槙ちゃんの事なんか言ってる?」
「信じられないとか言ってるけど、裏じゃどう思ってるか…生徒の方がよっぽど槙ちゃんの事心配してるよ。手芸部と演劇部は特に」
「あいつら…」

生徒達の顔が浮かび、槙は胸が熱くなった。決して良い教師だったとは言えない、こんな事になってしまっては尚更だ。それでも思ってくれる生徒がいる事に、なんて自分は恵まれてるんだろうと、涙が出そうだった。

「顧問の問題も安心して。手芸部は他の先生が見てくれる事になったし、演劇部は、当分は俺が見とくから」
「ありがとう、カズ。世話かける」
「良いの良いの。これで暫くは教頭には何も言われないだろうしね」
「槙ちゃんより、カズの方がよっぽど問題ありそうだな」
「仕方ないよ、咲良君。生徒がそれを望むんだから」
「うわー…」

胸を張ってにこりと微笑む恋矢に、思いっきり苦い顔をする咲良。やいのやいのと言い合う二人を見ながら、槙は少しだけ安心して、目の前のチャーハンに手を伸ばした。

「あ、でもさ、補習受けてくれるのは良いんだけど、織人の奴、ちょっと働きすぎなんだよな」
「え?」
「さっきクローバー覗いて店主に聞いてきたけど、休み返上であちこちで働いてるらしいって。俺が何言ったって聞きゃしないから、困ったもんだよ」

苦笑い肩を竦める恋矢に、槙は眉を下げ力なく笑む。
「やっぱり槙ちゃんじゃなきゃ」、そう言われているような気がして、この状態でもそれを言ってくれる仲間達には感謝しかないが、もう槙は、織人には会わない方が良いと思っていた。織人に会う資格なんて無い、ここで顔を合わせたら、またおかしな噂を立てられたらと思えば、会える筈がない。

辛いのは、自分だけ。織人だって、その内、自分の事なんて忘れてしまう筈だ。

槙は笑顔の裏に悲しみを押し込め、友人達の楽しげな会話にそっと気持ちを癒していた。