「見つめてねぇわ!」
言いながら隣に座り込み、文句の一つでも言ってやろうとその顔を見て、ふと気づく。その綺麗な瞳の下が、隈で黒くなっていた。
「寝てないの?」
やはり、疲れが溜まっているのだろうか。心配になって問えば、織人は視線を下げた。
「…寝てる。つか、寝てた」
「そうじゃなくて、夜だよ。バイト?」
「夜遊び」
「嘘つけ。お前がバイト掛け持ってんの知ってんだぞ。しかも、一つは年齢偽ってるだろ」
まさか朝方まで働いていたのかと問い詰めようとすれば、まるでそれを察したように、織人は顔を背けたまま、煩わしそうにくしゃくしゃと頭を掻いた。
「あんたには関係ないだろ」
「ないわけないだろ」
「何それ、先生だから?」
鼻で笑ったかと思えば不意に顔を覗き込まれ、槙は思わず言葉に詰まった。
幼い頃の織人の瞳がそれと重なる。教師だから、その答えは変わらないけど、それだけではない。織人は槙にとって、大事な弟のような存在だ。
「…先生だからだし、お前とはもう親戚みたいなもんだろ?」
困ったように笑えば、織人はその真意を突き止めようとするかのように、じっと見つめてきた。槙も負けじと笑ってやれば、やがて納得したのか、それとも諦めたのか、織人は溜め息を吐くと、再びごろりと寝転がってしまった。
「おいー、寝るなって!」
「俺の勝手じゃん、担任でもないからあんたの査定に響かないだろ?」
「そういう問題じゃないんだって」
まったくと、後ろ手をついて、槙は溜め息を吐いた。
「てかさ、学校来てんなら教室に行けよ、日数足んなくなるよ」
「五限には出る」
「本当かー?授業に出なかったら、学校に寝に来ただけじゃん」
「もう、分かったから戻って仕事しろよ」
「言うことだけ一丁前だな、お前は」
言いながら、槙は目を閉じる織人の顔を見つめた。
織人は授業をサボりがちだが、槙の授業にはいつもちゃんと出ていた。なのに、それが今日は違った。もしかしたら何かあったのかと、具合でも悪いんじゃないかと心配だったのだ。
「なぁ、なんで俺の授業出てくんなかったの?」
織人の顔を上から覗き込んで尋ねると、その瞳がゆっくりと開かれた。
「…桜が咲いてたから」
「は?」
想像もしなかった返答に、その意味が分からないでいると、不意に首の後ろに手を置かれ、そのまま真下へと引き寄せられた。
「え、」
驚いたのも束の間、槙は更なる衝撃に、大きな瞳を更に見開いた。触れ合う唇の柔らかな感触、視界いっぱいに整った織人の顔がある。
柔らかな温もりがそっと離れると、槙を見上げる織人が、勝ち誇ったように笑みを浮かべた。
「いい気味」
「…は?」
呆然とする槙を無視し、織人は体を起こすと鞄を持ち、そのまま屋上の入り口へと向かってしまう。
「…え、ちょ、おいこら織人!お、おおお前なんて事してんだよ!」
「何って、キスくらい初めてでもなし、怒るなよ」
「そ、そういう事じゃないだろ!」
「俺の気持ちに気づかない、あんたが悪い」
真っ直ぐと言い放たれ、その言葉の意味に気づいた時、槙はかっと頬を赤らめた。
「お、お前の気持ちは、」
「好きとか、そんな簡単なもんじゃないからな」
「…え?」
「いい加減、鬱陶しいんだよ」
それだけ言うと、織人は屋上を出て行ってしまった。


