赤い月の下で、半年間がひとつの世界になった

 大学2年の春、弓月の誕生日に初めて自分から写真を送った。
 最近で一番良く撮れていた、「日本のベンメリア」での夜桜と満月と瓦礫の一枚を。ちょっとシュールになったけど、まあいいだろう。画面越しに見える朽ちた校舎は、あの日と変わらない。

『誕生日おめでとう。また一緒に月見ような』

 弓月からの返信は、シンプルだった。

『ありがとう。絶対な』

 たったそれだけだ。でも、その「絶対な」という言葉が背中を押してくれた。

 *

 それから1か月後の5月の連休に、弓月からボイスメッセージが届いた。俺はイヤホンをつけて、それを何度もリピートする。

『サク、今日さ、アンコールワット行ってきたんだ。あの池、覚えてる? お前に見せた写真の。そこで月見てたら、お前のこと思い出して……月が綺麗なんだ……すごく。なんか、泣きそうになった。バカみたいだよな、俺』

 声が、少しだけ震えていた。

『でも、国は違っても、サクと同じ月を見てるって思ったら、なんか大丈夫な気がしたんだ。お前も……月見てる?』

 俺は、その夜、部屋の窓から満月を見上げながら、久しぶりに涙を流した。理由は分からないけど……いや、それはない。弓月と面と向かって話したくなっただけだ。ずっとその声が耳の奥で響いていたのだから。

 *

 そして大学2年の6月現在、20歳になった俺は、アンコールワット行きの航空券を買う準備を始めている。バイトと節約を頑張って、資金も貯まったし、今度は俺が、あいつを追いかける番だ。

 空には雲一つなくて、満月が白く輝いている。梅雨なのに珍しく晴れの日が続いたから、久しぶりに綺麗な月が見れて気分がいい。

 自室のベッドで寝そべって、スマートフォンで「シェムリアップ行き」のチケットを検索する。日付、金額、ルートを確認しながら、真剣に画面を見つめる。

 ――これで、本当に、次の赤い月は、あいつと一緒に見れるんだ。

 その瞬間、弓月からの新着メッセージ通知が表示されたから、慌てて確認する。

『誕生日おめでとう! 今、月見てる。サクも月見てる?』

 急いで返信を打ち込んだ。

『ありがと! 俺も、同じ月見てるぞ。待ってろ、次の赤い月の日には、そっち行くから』

 すぐ既読になり、「入力中……」という文字が点滅する。

 俺はチケットの購入ボタンに指をかけたまま、気持ち悪いくらいニヤニヤしていた。
 だって、弓月が俺の誕生日を、まだ覚えてるなんて思わなくて。普通に嬉しい!

 すると、弓月からのメッセージが届く。

『来月、日本行く。待ってろ』

 画面に表示されたその一行が、俺の世界に、夜明けみたいな一筋の眩い光を差し込んだ。

 俺はベッドから立ち上がり、窓を開けて外気を吸い込んだ。満月を見上げると、ひんやりとした夜風が気持ちいい。嬉しくて叫びそうなのを堪えて、落ち着いて返信した。

『待ってるよ、バカ』

 空の満月は、皆既月食の夜の燃えるような赤い月とは違う、静かな白さで輝いている。
 でも、同じ月だ。弓月が見ている月と、同じなんだ。

 ポケットの中で、空港でくれた弓月のお守りが、温かかった。

 あの半年間だけが、俺たちのひとつの世界だった。
 でも、その世界は終わりではなく、続いていく。
 同じ月を見ている限り、俺たちは繋がっている。


 了