「うおぉぉ。思ったより立派なサイズじゃないか。こんな環境で、よく育てられたなぁ」
『えへへ、なの』

 教会の裏手に、一本だけリンゴの木があった。
 実ったリンゴの数は多くはないが、それでも一つ一つがずっしりと重たい。空腹を満たすなら一つでも十分そうだ。

「いいか、子ユタ。これはお前の。これは俺の。で、こっちはお前の母ちゃんの。わかったか?」
「アグウゥゥゥ」

 子ユタが涎を垂らしながら見ているのは、唐揚げと春巻きだ。
 焼き鳥はビールのツマミとして買った。この唐揚げと春巻き、それからコロッケ、サラダ、おにぎりは晩飯として買ったもの。

「少しでも母ちゃんに栄養つけさせたいだろ? だから唐揚げと春巻きは母ちゃんに食べさせてやろうな?」
「ングァァァ。クゥ。クゥゥ」

 泣くなよ……。元はと言えば俺のなんだぞ。お前、焼き鳥食ったじゃないか!

「にん、げん……あなたの食料、大事……私、平気」
「母ユタ! 起きたのか」
「クアッ」

 目を覚ました母ユタが体を起こす。すぐに子ユタが駆け寄り、まるで肩を貸すようにして母の脇に潜り込んだ。
 でもなお前、体が小さすぎるから肩なんて貸せないから。

「食事のことは気にしなくていいって。ほら、こんな立派なリンゴがあるんだ。これ一つで満腹になるんだからさ」

 とはいえ、海苔はどうかなぁと悩んだ末、おにぎりは俺が食べることにした。

「ほら、これ食べて、少しでも血にしてくれ」
「……ありが、とう……」

 こんなんじゃ足りないのはわかってる。本当は血の滴る動物死体でもあればいいんだろうけど……いるかわからないし、いても俺じゃ狩れない。
 だからって俺は食べないで!!
 ま、まぁ、明日、何か考えるか。

「はぁ……仕方ないなぁもう。ほら、コロッケはお前にやるよ」
「クアッ! あぐあぐあぐっ」

 ひもじそうにして見ているから、コロッケは子ユタに譲ってやった。
 母ユタも子ユタも、リンゴを食べれると言うからそれもおすそ分け。正しくはもう一個収穫してきたんだけどな。

「明日からどうするかなぁ。動物でもいるなら、罠を作るっていう手もあるけど」
『動物? 動物は……いない、ですの。でも食べれるモンスター、いるですの』
「モ、モンスターかぁ……狩れるかなぁ」
「クアッ」

 ん? 子ユタのやつ、爪をカチカチ鳴らして……もしかして、俺出来ますアピール?

「もしかしてお前が狩を?」
「ククククク」

 鼻をフンスと鳴らして、その通りだと言わんばかりに胸を張る。そして仰け反り過ぎてこけた。
 バカかわいい奴。

「本当に大丈夫かぁ?」
「クアッ。クアッ」
「やらせて、あげて……小さな獲物、ならきっと、大丈夫よ」
「そ、そうか? まぁ母親であるあんたがそう言うなら。じゃ、明日頼むな……えっと、子ユタって呼ぶのも変だな。じゃあお前はユタだ。母ちゃんの方は、そうだなぁ……ユラでどう?」

 ユタラプトルに似てるし、ラプトルの「ラ」でユラだ。雌っぽいだろ。
 どうだと尋ねると、二頭は目を輝かせて俺を見つめた。

「クッ」
「ンクァーッ」

 ん? 何? 何々?
 なんでお前ら、光ってんの!?

『あっ……志導お兄ちゃん、ユタドラゴンと契約、しちゃったですの』
「え、契約!?」
『はいですの。従魔、契約です』
「いや待って。従魔って、テイマーみたいな感じ?」

 コクンと頷く土地神ニーナ。
 いやいや、俺テイマースキルとか取ってないし。なんでそうなる?
 もしかして名前を付けたからか?

『テイマー、じゃなくても契約はできるですの。でもそのためには、相手が承諾しないと、いけないです』
「つまりこの二頭は、承諾したから従魔になったってこと!?」
『ですです』

 マジか……。でも契約したからって、何か変わったことなんてない気がするけど。
 ま、いいか。

 食事を終えると、俺たちはそのまま眠りについた。
 明日からやらなきゃいけないことが山積みだ。
 衣食住――食と住は早めにどうにかしないと。ベッドとかさ……今日はもうくたくただし、石畳の上でも眠れそうだけど、今後もこれだと体が持たない。
 魔導装置で空気はなんとかなった。土はどうだ?
 明日解析眼で調べてみよう。
 それから……それか……ら……。
 あ、あの猫……どこいったのか、な……。





「クアァァァァッ!!」
「んなっ。何? え? ギャアァァァァ、き、恐竜――あ、ユタか」

 ビ、ビックリした。一瞬ここが異世界だってこと忘れて、普通に叫んでしまった。
 驚いたのは向こうも同じようで、後ろにごろんごろんと転がった。

「悪い悪いユタ。大丈夫か?」
『大変ですの!』
「うわぁっ。こ、今度はニーナか。どうしたんだよ、いったい」

 血相を変えた様子で、ニーナは眠っている俺の上に飛び込んできた。
 さすが神様というべきか、重さをまったく感じない。

 そのニーナが怯えた表情を浮かべた。

『モンスターですの。アリューケの町にモンスターが入ってきたですの!』
「え……えぇぇ!? モ、モンスターが!」
「守る……ユタ、いらっしゃい。敵を排除、するわよ」
「クックアァーッ」
「は、排除ってユラ。お前、まだふらふらじゃないかっ」

 解析眼では未だに貧血状態にあると表示されている。そんな体で無茶だ。
 俺が……俺……でも戦闘系スキルを取ってないし、逃げる事を前提にした身体能力強化しかない。
 クソ。バカやってないで何か一つでも戦闘スキルを取っておくべきだった。

 俺に出来ることは解析とクラフト。
 そうだ、何か武器をクラフトすれば――。

 その時、表の通りで音がした。それに反応してユタとユラが出ていく。

「お、おい待てって!」

 何の準備も出来ないまま二頭を追いかけると、そこにいたのはゲームでもおなじみのゴブリン。
 それが十数体いた。

「か、数は多いけど、雑魚、だよな?」
「シャアァァーッ」
「クアァーッ」

 ユラとユタが同時に威嚇するような声を出す。
 ゴブリンは一瞬ひるんだが、同時に。

「クッ」
「クアックアァーッ」
「ユラ、大丈夫か!? その体じゃやっぱり無茶なんだよっ」

 ガクっと崩れ落ちたユラ。その隙をゴブリンどもは見逃してはくれなかった。

「ゴギャァァッ」
「ゴブッゴブゥーッ」

 棍棒を振りかざし、何匹かが迫ってきた。
 その時俺が見たのは――雲の隙間から姿を現した月――をバックに舞う人影。

「伏せて!」

 凛とした女の声が、ほんのり肌寒い夜の風に乗って響いた。