『こっちなの、志導お兄ちゃん。この塔の中に、魔導装置、あるの』
「ほぼ町の中央だな」

 土地神ニーナに案内され、瓦礫を越えてやって来たのは町の中央にあった塔。
 四階建てのアパート程度の高さで、建物自体もそう大きくはない。てっぺんには避雷針のような長い棒が刺さっている。あそこからエネルギーを出すのかな?

「中に入ってみるか」
『暗いから気をつけてなの』

 灯りかぁ。何かないかと辺りを見渡してみるが……。

「瓦礫になってしまってる建物と、比較的残ってる建物の違いってなんだろう?」

 瓦礫と化してる建物は、正直、元々どんな形だったのかもわからないほど原型を留めていない。かと思えば壁の一部、屋根の一部が崩れ落ちただけで原型を留めているものもある。後者の方が圧倒的に少ないけど。

『保存魔法、と防御魔法、なの』
「え? 魔法で保っているのか? じゃ、その魔法を使った魔術師は」

 ニーナは首を振り『ずっとずっと昔に死んじゃった』と、悲しそうにポツリと漏らした。

「亡くなっても魔法は生きているのか……じゃあ、あの建物なら何か残ってるかな。灯りになりそうなものとか」
『あると思いの。ニーナは使えない、ですが』
「神様だもんな。必要ないからだろう。ちょっと見てみよう」

 一番近くにある原型を留めた家へと向かい、中へ入る。
 いやでも思ったよりは荒れてるな。完全に当時のまま保存ってわけにはいかないんだろう。
 それでも、数百年放置されたとは思えない程度ではある。床板はちょっと腐ってるけど。

「ランタンだ。油があれば……ん? 解析眼――」

【対象:魔導ランタン。オイルを必要としない代わりに、魔石が必要。魔石なしの状態です】

「魔導ランタン! へぇ、さすが魔法王朝だ。でも魔石って……」
『モンスターの中にあるですの。でもこの町にもいっぱい、あります』
「え、いっぱいある?」

 コクンと頷いたニーナが、俺の手を引く。
 向かったのはわりと近くで、これまた原型を留めた建物だった。
 その建物は、なんだかお店のように見えた。中には棚があって、その棚にあるわあるわ。床にもゴロゴロ落ちているのは赤や青、半透明な石だ。

「もしかしてこれが全部魔石?」
『なの。赤いのは火、青いのは水、これは光るですの』
「ランタンにこの半透明なのをセットすれば、灯りになるってことか?」
『です!』

 へぇ。便利なもんだ。じゃあさっそくセット――あ、解析眼が【サイズが合いません】だってさ。
 ははは――ってどうすんだよ! セットできないじゃん!
 こんな硬そうな石、どうやってカットすれば……お、万能クラフトだ!
 クラフト画面を開き、魔石と魔導ランタンを入れてみる。おぉ、入った入った。
 なんでもやってみるもんだな。

 すると魔導ランタン用の魔石にカットするか否かの選択肢が表示された。

「もちろん、カットする――と。え、もう出来た? 余った石もランタン用にカットしますか? もちろんしてくれ」
『出来た、ですの?』
「あぁ、予備の石も出来たよ。この赤いのとか青いのも使えるのかな?」
『装置、必要ですの。あれとか』

 ニーナが指さしたのはバーベキューなんかで火起こしに使う着火用ライターに似たものだ。
 コンビニやホームセンターで売ってるヤツより少し大きい気がする。
 それを手に取ると、また解析眼が反応した。
 
【対象:魔導着火装置。下部に魔石をセットしてトリガーを引くと、先端から火が出る】

 まんま着火用ライターじゃないか!
 よし、持って行こう。

 青いのは水って、どういうことなんだろう?
 青い魔石を拾い上げ解析眼を反応させると、なんともシンプルなものだった。
 専用の棒で叩くと、中に入れられた水が出てくる――と。
 その専用棒もここにあった。もちろん、持っていく。

「ここってお店?」
『なの。雑貨屋、さん』

 雑貨屋かぁ。異世界ファンタジーっぽい響きだよなぁ。
 まぁ、この世紀末臭漂う状況じゃ、ロマンもへったくれもないけど。
 ここも大昔は、大勢でにぎわう街だったんだろうな。

「よし。灯りも手に入ったし、改めて塔に行くか」





「さ、さすが異世界……修理に必要な素材はミスリルって……」

 塔の中にあった魔導装置は、一見すると不細工な溶鉱炉のようなものだった。
 大きさは軽自動車を縦にしたぐらいか。
 解析眼の結果、修理は可能。ただし必要素材がミスリル20キログラムとアメジスト10キログラム。この二種類だが、それをいいと捉えるか最悪と捉えるかは、手に入るかどうかで決まってしまう。

「ニ、ニーナ……さすがにミスリルとかアメジストとかってのは手に入らないよね?」
『あるですよ。こっち、こっちだよ志導お兄ちゃん』
「え、ま、ある!?」

 再び手を引かれて向かった先は、なんと……。

「待って。ここってゴミ捨て場じゃないのか!?」
『ゴミ、ではないですの。でも似てる? 小さくて加工しにくいの、いらない。でも使う人もいたですの。自由に、持って行って、どうぞって場所』
「ミスリルご自由にどうぞとかどんな世界だよ!? え、この世界ってミスリルは貴重じゃない?」
『貴重。古代魔法王朝があったこの辺りでしか、採掘されない、ですの。可能技術も、他の国にはないですから』

 つまり、今目の前にゴロゴロ転がっているミスリルを何かに加工して使えるように出来る技術が、実質、この世界にはもうない……てこと?
 でも俺の解析眼じゃ、修理出来るって出てるけど。
 ま、まぁやってみるしかないか。
 ゴロゴロ転がっているミスリルと紫色の水晶をクラフト画面に押し込む。
 なるほど。この万能クラフトには、素材になるアイテムを収めるインベントリ機能もあるんだな。
 十分な量を確保したらまた塔へ。

 さて、どうやって修理すればいいのか。
 魔導装置を見ながら考えていると、解析眼用のメッセージウィンドウが浮かんだ。

「なるほどね。修理したい物をインベントリに入れるか、それが出来ない場合は触ってればいいのか。で、クラフト作業画面を開けばよしっと。万能クラフト!」
『ドキドキ』
「お、出来る。出来るじゃないか! 作業画面に修理を行いますかってメッセージが出てる」
 
 思わず嬉しくなって手を叩くと、魔導装置から手を離したことでクラフト画面が閉じてしまった。
 おっと、いかんいかん。もう一度画面を開いてっと。
 
 メッセージへの返答は、もちろん【はい】だ。
 すると魔導装置とクラフト画面が光りだした。画面から細長い光が飛び出すと、それが魔導装置の壊れた箇所へと付着していく。
 最後にカットされたアメジストが魔導装置の制御盤のようなところへはめ込まれた。

「しゅ、修理完了? これで治ったのか?」
『起動するですの。そしたらわかります』
「だ、だな。うん……えっと、起動ボタンは……あ、このレバーか」

 解析眼が起動レバーを教えてくれる。
 ガコンっとレバーを下げると、音がして装置が部分的に光を灯し始めた。

『外に出てみるですっ』
「え、外に?」

 飛び出すニーナを追って外に出ると、塔のてっぺんにある避雷針からキラキラした光が放出されていた。

『やったですの~。成功ですの~。これで汚染された魔素を浄化出来るです』
「ほんとか! じゃ空気も綺麗になるってことか」
『はいです。この町の中だけですけど、二、三日で綺麗な空気になるです』

 はぁ、よかった。これで命の心配はひとまずなくなったな。
 とはいえ、まだまだ問題は山積みだ。
 目下の問題として最も重要なのは――

 ぐぅ~っと、俺の腹が鳴る。

「うん。食料問題だな。もう焼き鳥はないし」
『ご飯? ニーナが大事にしてたリンゴの木があるです!』
「え、リンゴ? 実ってるのかい?」
『はいっ。ニーナが大事にしてたです。汚染もされていないから、食べても平気ですの』

 助かった。リンゴだけとはいえ、数日はしのげるだろう。
 今日のところはリンゴをご馳走になるか。

「よし、じゃあ教会へもど――」

 その時、塔の横にある茂みから微かに音が聞こえた。
 ひっ。まさかモンスター!?

 慌てて落ちていた石を拾い上げ茂みに向かって構えると、そこから出てきたのはなんと!

「ね、猫……え?」

 白……いや銀色の毛並みをした猫が出てきた。

「にゃ……しど……ふにゃっ。にゃぁーん」

 しどふにゃ? 変な鳴き方をする猫だな。いや、あれは猫?
 逃げていった猫の後姿を見ていると、ニーナが俺の手を引っ張った。

『志導お兄ちゃん、もう暗くなるですの。早く帰るです』
「あ、あぁ。そうだな」

 東の空はもう暗く、それでも見上げた空に月はまだ出ていなかった。