壁際にあった岩。よく見ると石像?
 ここは異世界。モンスターがいて、岩が光っているってことは……。

「ゴーレムか!?」
「クワックワァァーッ」

 子ユタが怯えて俺の足にしがみつく。

「ちょっ。爪立てるな。爪っ、爪食い込んでる!!」
「ククゥ」

 は、放してくれたか。おぉ、いてぇ。あとでまたエリクサーのクラフトしとこ。
 でもその前にだ。

「ゴ、ゴーレムか?」
『ゴーレム……違う、の』
「え……ゴーレムが喋った!?」
「クワワァァァッ」
「痛いっ。痛いって子ユタ!」
『ゴーレム違う。ゴーレムじゃないのなのぉ』

 光っていた石像から、ぽわぁっと大きな光球が抜け出してきて俺の前で床に着地。
 その光球の中から、七、八歳の少女が出てきた。
 淡い緑がかった長い髪を、やや後ろでツインテールにした髪型。その髪より濃い、エメラルドグリーンの瞳。小さな女の子なのに、どこか神秘的に見える。

『ゴ、ゴーレム……』
「あっ。ごめんごめん。いや、岩が光るとは思わなかったしさ。ビックリして思わず言っちゃったんだ」
『……驚かせて、ごめん、なの。お礼、言いたくて』
「お礼? え、俺に?」

 そう尋ねると女の子は頬を染めて頷いた。

『お供え、ありがとうなの。それで、あなたの祈り、叶えてあげられた。叶えられて、よかったの』
「お供え……あぁ! じゃ、君が俺のポイントを受け取った土地神様!?」
『はい、なの』

 うわっ。まさかこんな小さな子だとは思わなかった。いや神様だし子供じゃないんだろうけど。

「お供えしたのに、結局俺のために神力を使ってくれたんですね。もしかしてお供え分使い切った?」
『ううん。平気、なの。今ので10ポイント、ぐらいだから』

 意外と少ないんだ。でもよかった。

「さっきのエリクサーはめちゃくちゃ助かった。でもやっぱり節約してくださいね」
『ん。ありがとう、なの。でも、これからもきっと、必要になる、です。ここは、人が生きていくには厳しい環境、だから』
「この町の様子も普通じゃないけど、空気は靄がかかってるし。この町でいったい何が?」
『町だけ、じゃないの。この世界そのものが……滅亡一歩手前、だったから』

 め、滅亡一歩手前!?
 そういや輪廻転生課の天使が言ってたな。何百年も暴れていた魔王がいて、最近倒されたって。
 じゃあ、この世界が滅亡しかけてたのって。

「魔王の仕業?」
『はい、です。ずっとずっと大昔に魔王が現れたです。そしてこの都市――古代魔法王朝を一番最初に狙った、です。そしてここは都市の防衛を担う、アリューケの町ですの』
「古代魔法王朝? なんか凄そうな場所だな。ってことは、ここは昔、大勢の魔法使いがいた?」

 土地神様はこくりと頷く。
 そんな都市でも魔王の脅威に勝てなかったのか。

「土地神様はずっとここに?」
『土地神は、離れられないの、です。ニーナは、ここを守るのが役目。だからずっと、ここにいる、です』
「そっか……ひとりでも頑張ってきたんだな。ニーナ」
『はわっ』

 土地神ニーナの頭を撫でてやる。
 一瞬体をビクんと震わせたニーナは、けれどその頭を俺に差し出し身を寄せた。

『ふわわぁぁぁ』
「あっ。土地神様に失礼だったかな? ごめん。なんか外見がその、子供だから。なんか撫でてやりたいなって思って」
『あっ……』

 撫でる手を止めると、ニーナは少し唇を尖らせたようにして俺を見上げた。
 これは……もっと撫でろってこと?

 そっと手を置くと、また身を委ねるようにして頭を差し出してきた。
 あ、うん。撫でろってことですね。

『ごめんなさい、ですの。ニーナがあなたを呼んだから、こんな汚染地域に来させてしまったです』
「汚染? え、ここって汚染された町なのか?」
『はい。で、でも町の外はもっと汚染されてるです。魔王のせいで、地上の六割は人類が暮らせない土地になったです、の。ここは辛うじて四割の地域だけど、あなたがお供えをしてくれなかったら数年後には……』

 そんな切羽詰まった状況だったのか、この世界って……。

『町には浄化エネルギーを出せる魔導装置があるですが、壊れてしまっていて。ニーナには治す技術がない、ですの。でもニーナがあなたを守るです! この町で、唯一の人だから。絶対守るです』
「あ、ありがとう。でも神力は大丈夫なのか? ……ん? 魔導装置?」
『あ、はい。町の中心にあって、魔法王朝全体を囲めるほどの結界をつくりだす装置があって、同時に汚染された魔素を浄化するエネルギーも出す、ですの。でも三百五十年前に壊れちゃって』

 壊れている。でもそれって、治せるってことでもあるんじゃ?
 俺の解析眼があれば、修理が可能かどうか、必要素材がなんなのか、それがわかる。
 そして素材がわかれば万能クラフトで治せる!

「土地神様、その魔導装置の場所に案内してくれますか?」
『え? い、いいです、けど……あの……』
「ん?」
『ニ、ニーナって……呼んで、欲しいですの』

 もじもじと手もみをする土地神様――いや、ニーナ。
 そしてまた唇を尖らし、俺のことを上目使いで見る。
 こんな顔されたら、嫌だとは言えないだろ!

「わかったよ、ニーナ。じゃ、俺のことも志導って呼んで欲しいな」
『志導……うん、志導お兄ちゃん』
「お、おに――はうっ」

 なんだこの妹属性。反則だろ。

「ンクァッ」
「ん? 子ユタ、お前も来たいのか?」
「クゥー」
「あぁ、でもダメだ。お前は留守番」
『お、お留守番、かわいそうなの』

 おっと、ニーナは子ユタの味方か。でもダメだ。
 だって子ユタがこっちに来れば――。

「眠ってるかーちゃんは誰が守るんだ?」
「クッ」

 気付いたのか、子ユタは眠っている母親の顔を見る。
 息遣いはさっきよりも落ち着いてるし、命に別状はないだろう。解析眼でもそう出ている。
 ただ極度の貧血状態――とも書いてあった。

「お前が守らなくて、誰が守るんだ? 男子だろ、子ユタ。男なら母ちゃんをしっかり守ってやれ」

 死んだ俺の母親は、守ってやる価値のない人だった。
 でも世の中の母親が全てそうじゃない。むしろ価値ある母親の方が多いはずだ。
 子ユタは人間を見るのはきっと初めてだったはず。それなのに初対面の人間をどうにかして母親の元へ連れて行こうとした。
 それは子ユタによって母親が、守る価値のある存在だったからだ。

「クゥ……ガウッ」

 元気よく頷いた子ユタは、母親の傍まで行ってデンっと仁王立ちする。
 ぷっ。可愛い奴だな。

「じゃ、行って来るよ」
『行って来るですの。こっち、こっちだよ志導お兄ちゃん』
 
 俺はニーナに手を引かれ教会を出る。
 荒廃した景色の中、遠くの空は黒ずんだ紫色の靄がかかって霞んで見える。

 解析眼――
【空気の状態:汚染レベル3。長時間の生命活動に対して支障をきたす】
【汚染された土地。ここで育った作物は魔素に犯され、繰り返し摂取することで死に至る危険性もある】

 もうなんか、危険とかいうレベルじゃないんですけど?
 これ、魔導装置を修理できなかったら、異世界ライフ詰むんじゃ?

 でも逆に修理出来て、魔素を浄化出来るっていうエネルギーが放出されれば……ワンチャン、この世界を変えられるかもしれない!?